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第四十九章「スノとスゼ」【2】

「どうかしら?

ひょっとして、全てを受け入れる覚悟があったのかもしれないわ。

ねえ、確かめたくならない、お父様の本心を?

ここであれこれ想像を語り合った所で、何も始まらないんだし。」


ラスゼンは、はあ、と息を吐きました。

「ああ、そうだな。

お前と話して、今、聞いてみたいと思ったよ。」


するとコフィナはラスゼンの右手を自分の両手でしっかりと握りしめました。

「だったら、今から言う事をよく聞いて。

お父様が、もし嘘をついて大悪党を騙ろうとしているなら、
とても悲しい事だわ。

ユスデノ様はその事に気がついていないのよ。

得する人なんて誰もいない、心が傷付くだけだわ。」

「お前の言う通りだ。

でも、今さらどうにもならない。

俺に出来るのは、処刑をこの街で…」

「そうね、それは是が非でも叶えてもらわなくちゃ。

お父様の本心を確かめる、最後の機会になるかもしれないんだから。」

「正直に話してくれるだろうか、心配だ。

どうやって聞き出せばいいんだ?」

コフィナは静かに微笑んでみせました。

「方法があるのよ。」

「方法?

何をする気だ?」

「そう、方法は一つだけよ。」




落ち着きと少しの元気を取り戻したラスゼンは、チゴネスの屋敷へ向かいまし
た。

もちろん、スロンゼルの一件を頼むためです。

チゴネスの書斎で、二人きりです。

ラスゼンから話を聞いたチゴネスは、もう一度言うように命じました。

ただ、ラスゼンは同じように願い出るだけです。

「本当に、そのような真似をするつもりか?」


信じられないといった様子で、チゴネスは尋ねました。

「はい、お許しを頂ければ。

この街で処刑を行うのは、チゴネス様も気が咎めましょうが、
ぜひにお願いしたい所存であります。」

「どうしても、そうしなければならんのだな。

しかし、その意図は?」

「ユスデノに、自分のした事を最後まで見届けさせたいのです。」

チゴネスは、眉間にしわを寄せました。

「ふむ。

お前たちの溝は、とてつもなく深いものになってしまったようだな。」

チゴネスは長椅子に体を投げ出しました。

目の前のテーブルに両足を乗せ、手を組んであれこれと呟いています。

「いいや、違うか。

お前は兄を思いやるからこそ、そこまでしようというのだろうな。」

「本心を話すのはチゴネス様だけです。

どうか、お聞き入れ願いたい。」


ふと、ラスゼンは笑みを漏らしました。

「チゴネス様と俺の初対面は、大変失礼なものでしたな。」


チゴネスも、思い出したように笑います。

「ふふ、あの時は、なんとも厄介な男が来たものだと呆れたよ。

挙句の果てに説教までされてしまったな、あれは時々夢に出てくる。」


ラスゼンは恐縮するように頭を下げました。

「だが、そんな俺をチゴネス様はこの街に受け入れてくれた。

だからこそ、俺はチゴネス様になら全てを話せる。

ユスデノの他に、ここまで信頼できるのはチゴネス様だけだ。」


普段なら、世辞など受け付けぬチゴネスでしたが、今日だけは素直に嬉しく思
いました。

「まあ、難しい話ではないだろう。

ユスデノがいるこの街で行うというのであれば、裁判所も
二つ返事で許可を出すだろうからな。」

「その際、そしてその後も、チゴネス様には多大な迷惑を
おかけします。」

「案ずるな、ラスゼンよ。

しかと引き受けた、お前の最後の願い。」




一夜が明けました。スロンゼルの処刑は明日の朝です。

リグ・テーテの貴族ヴェクレス家当主チゴネスは、馬車を走らせ、リグ・ウ
トートへ向かいました。

目的はもちろん、ラスゼンの頼みを叶えるためです。

そのためなら、自尊心を捨てて何度でも頭を下げるつもりでいます。

その頃チゴネスの息子サッテリは、街にあるいくつかの広場を見て回っていま
した。

嫌な役回りだとため息をつきながら。

スロンゼル斬首の為の処刑台を設置する場所を探しているのです。

まだ正式決定した訳ではありませんが、決まってから探すよりも、先手を打っ
ておこうという訳です。

これまでにも、父チゴネスからはあれこれ雑用を言いつけられた事があります。

しかし、今回のような仕事は初めてでした。

スロンゼルと面識はありませんが、気分の良いはずがありません。

処刑場所を求めるにあたり、国が定めている、いくつかの条件を満たさなけれ
ばなりません。

まずは見通しが良い事。

盗賊を処刑する場合、仲間が助けに来ないとも限らないのです。

建物や木々の影に隠れ、こっそりと近付かれては厄介です。

特にスロンゼルにおいては、仲間がいると公言しているのです。

かなりの人数が集まるかもしれない、政府の警戒意識は非常に高くなっていま
す。

それならば、テーテよりウトートで行えば良いのではないか、サッテリならず
とも誰もがそう考えます。

第四十九章「スノとスゼ」【1】

今日の裁判の様子をサッテリが伝えると、チゴネスは憮然とした表情になりま
した。

何もできなかった自分に納得がいかないのです。

この知らせは当然ウィレオにももたらされました。

彼女自身も責任を感じ、ひどく落ち込んでいました。

ユスデノを心変わりさせるどころか、ネラまでも傷付ける結果を招いてしまっ
たからです。

親友の姉であるマレアにも顔向けができません。

こんなふがいない自分を見たら、シノンは何と言うだろう、それが心配でした。




いつの間にか、ラスゼンは自分の家の前に立っていました。

中へ入るでもなく、ただ玄関の前に立ち尽くしていたのです。

道行く人も、特殊遊撃隊副隊長の姿に首をかしげています。

夫婦喧嘩でもしたのかと。

たまたま買い物から帰ってきたコフィナが彼を見つけ、慌てて駆け寄りました。

二回ほど彼女に名を呼ばれ、ラスゼンはようやく我に帰りました。

顔色が真っ白のラスゼンを家の中へ押し込み、コフィナは扉に鍵をかけました。

とんでもない事態が起きたのだと、彼女は直感していたのです。

ラスゼンはテーブルを前にして立ち尽くすままでした。

「判決が出たのね?」


コフィナの問いに、ラスゼンは唇を震わせました。

小さな声が途切れ途切れに彼の口から出てくるのですが、ほとんど聞き取れま
せん。

大きな声が彼の代名詞でもあるのに。

覚悟はできていたはず、なのにどうしてここまで打ちひしがれるのか、コフィ
ナは違和感を覚えました。

「どうしたの、何があったの?」


彼女はラスゼンの口元に耳を寄せました。

「ユスデノは…殺すのだ…自分の父親を…」

「!」

「罪など無い。

父さんは罪など犯していない。

金の為に俺たちや母さんを捨てたと、それが事実だったとしても、
母さんが殺されたのは父さんのせいではない。

逆恨みの挙句、裁きを人の手に委ねるなど、断じてあってはならん。

自分の手を汚さず、人に殺させても、結果は同じ。

ユスデノは人殺しだ。」


コフィナはラスゼンを落ち着かせるため椅子に座らせ、温めた牛乳を飲ませま
した。

それでも、しばらくは彼の震えが止まる事はありませんでした。

心底凍えているようです。

それからしばらくして、ラスゼンはようやく詳細を語り始めました。

スロンゼルの斬首が決まった事、その裁判にはユスデノも証人として出席して
いた事。

ラスゼンは断言しました。

全てはユスデノが仕組んだのだ、と。

コフィナは淡々と夫の話を聞いています。

最初の取り調べでスロンゼルが父親だと悟ったユスデノは調書に嘘を書き連
ね、一人の悪党を作り上げました。

彼は“猛き烈火”を討伐したという自分の功績を武器に政府へ働き掛け、盗賊
に厳しい罰を与える裁判官カシリューをリグ・トーとまで呼びよせる事にも成
功しました。

「まさか、そこまで?」

「俺には分かる、ユスデノの事なら何でも…」


一緒に捕えた盗賊二人をすぐに釈放させたのも、スロンゼル一人が諸悪の根源
だと印象づかせるためです。

もちろん、これらはラスゼンの推測も混じっていますが。

結果、判決は禁固十年などという生易しいものではなく、刑罰としては最高
の、死刑となったのです。

さらにコフィナは、ラスゼンの決意を知りました。

チゴネスにある事を頼むつもりなのです。

「父の処刑をこの街で行ってもらうよう裁判所に進言してほしい、
そう話してみるつもりだ。」

「ラスゼン…どうして?」

「テーテでそのような事をするなら、この街の警備を担当する
我が隊も当然参加せねばならん。

隊長ならば、処刑台に最も近い場所にいなければならん。

必ず処刑の光景を目にする事となる。

父親の首が落とされる所を。

せめてそれだけでも、ユスデノの脳裏に焼き付けなくちゃならんと
思ってる。

コフィナ、俺は間違っているか?」

「いいえ。」


コフィナは首を横に振りました。

「あなたは間違っていないわ。

だって、あなたもユスデノ様と同じようにそこにいて、
同じ光景を目にするつもりなのよね。

お兄さんと同じ責め苦を背負うつもりなのよね、
これからのために。

誰が何と言ったって、私はあなたの決断を信じるわ。

大丈夫、私も処刑場へ行って、あなたの傍にいるから。」




ラスゼンは両手で顔を覆いました。

「コフィナ、俺は父親が死ぬ事より、ユスデノの方が心配だ。

そんなの、どうかしてるよな?

でも、いきなり現れた父親ってのにも実感がわかないんだ。

それよりも、ユスデノはこれで本当に満足なのかどうか、
そればかりが頭の中をぐるぐる回ってる。

どうすればいいか分からないから、チゴネス様の所に
真っすぐ行けなかったんだ。」


夫の迷いがコフィナにも伝わります。

「ねえ、お父様は本当に大悪党だと思ってる?

私はね、こう思うの。

罪滅ぼしの為に、そんな事を言ったんじゃないかって。」

「もしそうなら、父さんは馬鹿だぜ。

首を斬られるために嘘をついたようなもんだからな。

今頃、後悔してるんじゃないか。」

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