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第四十八章「底なしの呪縛」【14】

「まあ、しかし、なあに、たったの十年ですよ。

無実の私に課せられるのは、どうせその程度でしょ?」
      
「たった十年とは言うが、被告人の年齢から考えると、
随分年寄りに近付くと思われるが?」

スロンゼルは高笑いです。

「構いませんよ。

それから一つ言っておきますが、これは
結末なんかじゃないんですよ。

ましてや、私は夢見る愚か者でもありません。

町の掲示板に張り紙をして、
“スロンゼルの部下になり、リグ・バーグを牛耳ろう!”などと、
今から盗賊を募集しようとしてる、そう思われておいでですか?」

「ぬう…?!」

「これまで大人しいふりはしていたが、その間に部下を集め
各地に配置してあるんです。

例え私が刑務所に送られたとしても、そいつらが
私の為に働いてくれます。

十年後、晴れて自由の身となった頃には、この国が
再び
盗賊の楽園となっていますよ。

いや、そうか、そこまで待たなくとも、部下に
刑務所を襲撃させればいいのですね。」


後になり、スロンゼルは自分がどうしてここまでの大芝居を打てたのか、何度
思い返しても信じられませんでした。

ただ、その時は息子の求めるままに従おうと、それだけを考えていたようです。

その証拠にユスデノはずっと黙っていた、これは彼の思い通りになったからだ
とスロンゼルは考えていました。

彼のこの発言の後、裁判長カシリューは副裁判官たちと共に、長い協議に入り
ました。

その間、被告人席のスロンゼルと証人台のユスデノが目を合わせる事はありま
せんでした。

レグリドムがそわそわし始めました。

待たせるにも程があると感じていたのです。

彼も場合によっては協議が長くなる時がありますが、ここまでではありませ
ん。

傍聴席の人々もざわつき始めました。

別室に入ったレグリドムたちが何を話し合っているのか、あれこれと憶測が飛
び交いました。

サッテリは、ユスデノとスロンゼルを交互に見比べています。

このような親子の姿を、彼は見た事がありません。

レグリドムは膝の上に拳を置き、しかめっ面をしています。

こういった流れになる場合、言えるのは一つだけです。

通常下される判決内容ではない、という事です。

少なくとも十年などではない、彼はそう確信していました。




元々カシリューは盗賊に厳しい裁判官なので、分かってはいるのですが。

そしてついに、カシリューが裁判室に戻ってきたのです。

彼は傍聴席の人々を黙らせました。

それから、えへん、と一度咳払いをしました。

「協議を随分と長引かせてしまった事、お詫びしよう。」


神妙な声で謝罪しました。

「被告人スロンゼルよ、これよりお前に判決を言い渡す。

しっかりと聞きなさい。」


スロンゼルは深々と頭を下げました。

元に戻った、そう感じる人は少なくありませんでした。

「この判決を下すにあたり、我々が思い悩んだのは、
そういった判例が皆無であるという事であった。

すなわち、未だ罪に値する行為を犯していない者に対して、
罰を与えて良いものかどうか。

もちろん、被告人の発言だけを理由にしたのではない。

本来彼の言葉は、単なる世迷い言として片付けてしまう
ところだろう。

被告人の存在が大いなる不安となったのは、やはり
ユスデノ隊長の調書があったからである。

ご存知の通り、彼の率いる特殊遊撃隊は、
あの“猛き烈火”に勝利したのだ。

盗賊団をこの国から排除しようと命を懸ける姿勢には感服する。

彼の意見なら、と私を含め他の裁判官も同意したのだ。」


穿った見方をすれば、いい訳とも思えるカシリューの口上でした。

それは彼が今日一番といえるほどの汗を、額から噴出させていた
様子からも推察できます。

ラスゼンは両膝を地面につき、目と口を大きく開けています。

サッテリも立ち尽くすばかりです。

「どうしてだ、よりによって、どうしてそんな判決を…!」


ヤッヴとレシモスも同じ気持ちでした。

「スロンゼルさん、どうしてそんな嘘をついたんだ?

国を牛耳るだなんて、スロンゼルさんに出来っこないのに!」

「俺たち、マスグさんやマレアになんて言えばいいんだよ?!

任せろなんて大見得切ったのに…」


後日面会ぐらいはできるだろうというサッテリの言葉も、
慰めにはなりませんでした。

自分とて、ウィレオにどう説明するか、悩みは尽きません。

黙り込んでいたラスゼンが声を絞り出しました。

「刑の執行は、いつ?」


その問いに答えるだけでも辛そうなサッテリです。

「これも早急です。

刑の執行は明後日。

場所は未定だが…その、…斬首のようです…」




この知らせをヤッヴから伝え聞かされたロリョートとセッツァも、初めは信じ
ようとしませんでした。

レシモスは扉の傍で固まっています。

ロリョートは笑い飛ばし、セッツァは“下らない冗談はやめろ”と一喝しまし
た。

でも、笑い話でも嘘でもありません。

ついにはレシモスも赤い顔で本当だと真剣に語ると、ロリョートたちも
“なぜ?”と絶句しました。

さらに、刑の執行が明後日だと聞かされると、いよいよここで大人しくしてい
る訳にはいかなくなったようです。

立ち上がったセッツァは次のようにい言いました。

「ヤッヴ、剣を買って、ここへ持ってこい。

目立たないようにするんだぞ。」

「セッツァさん、剣なんて、どうする気だよ?」

第四十八章「底なしの呪縛」【13】

「おい、余計な話をするな。

裁判長、本題へ戻ってください。

時間の無駄ではありませんか。」

止めたのはユスデノです。

スロンゼルの告白を、ここへ来てなぜ止めるのか、レグリドムは疑問に思いま
した。

スロンゼルが泣き出した理由を、ユスデノは悟ったはずです。

目の前の青年が息子である事を、彼は知ってしまったのです。

知らないままでいてくれた方が、ユスデノには都合が良かったでしょう。

少なくとも、判決が下されるその瞬間までは。

ラスゼンが真実をスロンゼルに明かさないだろうという確信を持っていたので
しょう。

ユスデノの仕打ちを知った父親が苦しむだろうから、伝えるはずがないと。

私怨である事をカシリューに知られるのは、判決に大きな影響を与える、ユス
デノはそれを避けたいと考えているに違いない、とも。

しかしその思惑とは裏腹な方向へ進んでいました。

「いいや、非常に興味深い。

スロンゼルよ、言いたい事があるなら続けよ。」

演技とは思えぬ泣き方と過去の話、未来の大盗賊にはおよそ似つかわしくあり
ません。

カシリューは本心から興味を持ったのです。

「大戦の混乱の中、子供二人だけで生きていくのは至難の業です。

恐らくは、二人とも死んでしまったでしょう。

少なくとも、スロンゼルの息子は死んだのです。

もしも、万が一どこかで生き長らえているとしても、
私の息子ではありません。

生まれ変わり、別の人生を歩んでいるはずです。

妻や子供たちは、この世界のどこにも存在しません。」

「それを今の今まで耐え忍んできたのに、
不意に決壊してしまったという訳だな。」

「人は、この世のほとんどの人は、真面目に慎ましく生きている。」

「まこと、その通りよ。」

「それなのに、戦争が起きた。

一部の人間が自分勝手に始めた事。」

「…む?」

「罪のない人間が巻き込まれ、
戦争を始めた連中は高みの見物。」

「何を言っておるか、スロンゼル?」

「人が小さな幸せを守りたいと思っても、馬鹿者共が壊してしまう。

まるで意味が無い。」

「本件に関係ない事は言わなくてよろしい。

聞いておるか、被告人?!」

「だったら、そんな世の中、こっちから壊してしまおう、
そう思った訳ですよ。」

「…むむ?」


法廷が凍りつきました。

スロンゼルの声が変わっていました。

穏やかだったものが、低く暗くなったのです。




「現在、人々に恐れられていた大盗賊団は、
皆敗れていったと聞きます。

私が殺したチーレイも、その頭領が一人。

この国の盗賊は、ばらばらになっています。

権利と自由を奪われ、消滅しかかっているのです。

まとめあげる者が誰一人いない。

では、誰が彼らを束ねれば良いのか?

それは私しかいないでしょう。」

傍聴席からざわめきが起きています。

いよいよ悪党が本性を現したのだと。

あの涙の後で人が変わってしまった、皆がそう思いました。

その時ユスデノは目を見開き、床のどこか一点を見つめ、微動だにしませんで
した。

それはほんの一時でしたが、サッテリは見逃しませんでした。

「権利だの自由だの、そんなもの盗賊には
元々認められてなどおらん。

消滅、大いに結構。

この世に必要のないもの、それが盗賊だ。

しかし被告人よ、これでお前の本音が聞けたわけだな。」


くっ、くっ、くっ、とスロンゼルは愉快げに肩を揺らしています。

「私は金に目が無くてね。

それが私の根っこでしてね。

ただ、いかにも卑しいと思ったので、それは胸の奥に閉じ込め、
まっとうな人間として生きてこようとしていたのですよ。

しかし、ちまちま働いて得られる金など、たかが知れています。

そうなると、自分の稼げる以上の金を鼻先にぶら下げられたら、
理性も何も吹っ飛んでしまって。

家族の事なんかも、どうでもよくなってしまいましたよ。」


そう言って自慢げに笑いました。

ありもしない破滅への道を自ら作り、スロンゼルはその上を歩み始めていま
した。

冷静な者が見れば、それが演技かどうかなど、すぐに判別できるのです。

でも、裁判室にいた者の中では、それはごく一部に限られました。

相対しているカシリューでさえも、スロンゼルの変貌ぶりに飲み込まれてい
るのです。

「悔やんでも後の祭りだったというのだな。

こうなったのは戦争の責任だと逆恨みし、
それを起こした人々を許さぬようだ。

お前はこれから国中の盗賊を率い、世の中を壊し、
莫大な財産を手に入れようと目論んでいる。

だが所詮は絵空事、お前は捕まってしまったのだぞ?

これが現実であり、結末だ。」


するとスロンゼルは、床に唾を吐きました。法廷を侮辱する行為に、カシ
リューは眉をひそめます。

「本当にねぇ、連れの者がへまをやらかしまして。

盗賊だ、なんて名乗ってしまうなんて。

実に馬鹿げてる。」


落胆した表情を見せたのも束の間、彼はまたすぐ不敵な笑みを浮かべました。

第四十八章「底なしの呪縛」【12】

サッテリが優しく背中を押すと、ラスゼンはよろよろとおぼつかない足取りで
廊下の向こうへ消えていきました。

裁判の日程を延期するよう頼んでくれないか、とラスゼンに言われたのは昨日
の事でした。

しかしその後の政府との関係を考えると、サッテリの父チゴネスも動く事が出
来なかったのです。

当のサッテリとて、傍聴席に座っているだけで、何もできません。

「無力なのは、君だけではないよ。

権力を持っているはずのヴェクレス家でさえ、この様なのだもの。」

既に見えなくなっているラスゼンの後ろ姿に、サッテリはそう語りかけるので
した。



真っ白に輝いていた太陽が、やや黄色っぽくなった頃、裁判所の正面玄関から
人がぞろぞろと出てきました。

それは貴族や役人や軍人、いずれもスロンゼルの裁判を傍聴していた人々です。

がやがやと興奮冷めやらぬ様子の者が多く見受けられます。

建物の壁にもたれ眠ってしまっていたヤッヴとレシモスも、騒々しさに目を覚
ましました。

「どうしたんだろ、人が一杯だ。」

「馬鹿、終わったんだよ、裁判が。」


ふとレシモスが指をさしました。彼らからもう少し離れた所に、ラスゼンが
座っています。

何も気付いていないような彼の元へ歩み寄ったヤッヴは、膝を地面に落して声
をかけました。

呆然としていたラスゼンは、ああ、と生返事をして立ち上がりました。

「大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だ。

もうすぐサッテリ様も出てくるだろう。

どんな判決が下ったのか、教えてもらわなくては、な。」


長ければ二十年は会えない、ラスゼンにもその覚悟はできていました。

このもやもやを抱えて、またユスデノとどんな顔をして任務をこなしていけば
よいのか、それも不安に感じていました。

彼らより先に正面入口へ近付いていたレシモスは、嫌な予感に襲われました。

人々が裁判の感想を口にしているのが聞こえたからです。

「いやはや、それにしてもカシリュー様には恐れ入った。

あのお人よしを絵にかいたような男から本性を引きだすとは。」

「本当だな。

しかも将来を見越して、あそこまで厳しくするなんて。」

「何しろ、これから大悪党になるかもしれないという推測だけだのに。

まさか、だよ。」

「それにしても、どうしてあの男は急に泣き出したのだろう?」


そこかしこから、同じような内容の会話が交わされています。

あらかた傍聴人が出払った後、とぼとぼとサッテリが歩いてきました。

近くに立っていたラスゼンの前を一旦通り過ぎ、それから足を止めました。

「サッテリ様、判決は?」


ラスゼンの両隣りには、ヤッヴとレシモスが不安げな表情で答えを待っていま
す。

二人がスロンゼルの仲間だと知り、ますます話しづらくなったようです。

サッテリは斜め下に視線を落したまま、こう言いました。

「信じられません。

どうしてあんな事になってしまったのか。」




大裁判室。

そこにいた人の全てが、スロンゼルの泣きやむのを待つしかありませんでした。

涙と鼻水でぐしょぐしょになった彼の顔を見ても、笑う者は一人もいませんで
した。

彼が泣く理由に気が付いたのは、サッテリとレグリドムだけでした。

他の者には見当もつきません。

サッテリが盗み見ていたのは、ユスデノの様子です。

しかし、またため息をつく結果となるのです。

ユスデノの表情はどこか冷たく、白けたようで、寒々しいものを感じさせまし
た。

いくら憎んでいるとはいえ、父親があれほど泣いているというのに、感情をお
くびにも現さないユスデノこそ悲しい存在だと思わずにはいられないサッテリ
でした。

その一方で、レグリドムは一筋の光明を見ていました。

これで裁判の流れが変わるのではないかと。

全てを悟ったスロンゼルが真相を明かせば、ユスデノの主張通りには進まなく
なるはずです。

カシリューとて、これほど多くの傍聴人の前でごり押しができようはずもな
く、方針転換せざるを得ないと思われました。

ようやくスロンゼルは呼吸を整え、濡れた目を手で拭いました。

「落ち着いたかね、被告人?」

「どうも、取り乱してしまいました。

申し訳ない。」

「ここにいる全ての者の疑問を代表して尋ねよう。

どうして今、お前は泣いたのだ?」

「二十年ほど溜め込んでいたものを吐きだす事が出来たからでしょう。」


殊の他、スロンゼルの表情は憑き物が落ちたかのように晴れ晴れとしていました。

「私は罪深い人間です。

ここにいる誰よりも。

自分の息子に大きな傷を与えてしまいました。

私は正真正銘の、大悪党です。」

「息子だと…いったい、何の話かね?」

それは調書に記されていない事実です。

「私は大戦の折、金に目がくらんで家族を捨てました。

そのせいで妻は殺され、息子たちは行方不明となったのです。」

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