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第四十八章「底なしの呪縛」【12】

サッテリが優しく背中を押すと、ラスゼンはよろよろとおぼつかない足取りで
廊下の向こうへ消えていきました。

裁判の日程を延期するよう頼んでくれないか、とラスゼンに言われたのは昨日
の事でした。

しかしその後の政府との関係を考えると、サッテリの父チゴネスも動く事が出
来なかったのです。

当のサッテリとて、傍聴席に座っているだけで、何もできません。

「無力なのは、君だけではないよ。

権力を持っているはずのヴェクレス家でさえ、この様なのだもの。」

既に見えなくなっているラスゼンの後ろ姿に、サッテリはそう語りかけるので
した。



真っ白に輝いていた太陽が、やや黄色っぽくなった頃、裁判所の正面玄関から
人がぞろぞろと出てきました。

それは貴族や役人や軍人、いずれもスロンゼルの裁判を傍聴していた人々です。

がやがやと興奮冷めやらぬ様子の者が多く見受けられます。

建物の壁にもたれ眠ってしまっていたヤッヴとレシモスも、騒々しさに目を覚
ましました。

「どうしたんだろ、人が一杯だ。」

「馬鹿、終わったんだよ、裁判が。」


ふとレシモスが指をさしました。彼らからもう少し離れた所に、ラスゼンが
座っています。

何も気付いていないような彼の元へ歩み寄ったヤッヴは、膝を地面に落して声
をかけました。

呆然としていたラスゼンは、ああ、と生返事をして立ち上がりました。

「大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だ。

もうすぐサッテリ様も出てくるだろう。

どんな判決が下ったのか、教えてもらわなくては、な。」


長ければ二十年は会えない、ラスゼンにもその覚悟はできていました。

このもやもやを抱えて、またユスデノとどんな顔をして任務をこなしていけば
よいのか、それも不安に感じていました。

彼らより先に正面入口へ近付いていたレシモスは、嫌な予感に襲われました。

人々が裁判の感想を口にしているのが聞こえたからです。

「いやはや、それにしてもカシリュー様には恐れ入った。

あのお人よしを絵にかいたような男から本性を引きだすとは。」

「本当だな。

しかも将来を見越して、あそこまで厳しくするなんて。」

「何しろ、これから大悪党になるかもしれないという推測だけだのに。

まさか、だよ。」

「それにしても、どうしてあの男は急に泣き出したのだろう?」


そこかしこから、同じような内容の会話が交わされています。

あらかた傍聴人が出払った後、とぼとぼとサッテリが歩いてきました。

近くに立っていたラスゼンの前を一旦通り過ぎ、それから足を止めました。

「サッテリ様、判決は?」


ラスゼンの両隣りには、ヤッヴとレシモスが不安げな表情で答えを待っていま
す。

二人がスロンゼルの仲間だと知り、ますます話しづらくなったようです。

サッテリは斜め下に視線を落したまま、こう言いました。

「信じられません。

どうしてあんな事になってしまったのか。」




大裁判室。

そこにいた人の全てが、スロンゼルの泣きやむのを待つしかありませんでした。

涙と鼻水でぐしょぐしょになった彼の顔を見ても、笑う者は一人もいませんで
した。

彼が泣く理由に気が付いたのは、サッテリとレグリドムだけでした。

他の者には見当もつきません。

サッテリが盗み見ていたのは、ユスデノの様子です。

しかし、またため息をつく結果となるのです。

ユスデノの表情はどこか冷たく、白けたようで、寒々しいものを感じさせまし
た。

いくら憎んでいるとはいえ、父親があれほど泣いているというのに、感情をお
くびにも現さないユスデノこそ悲しい存在だと思わずにはいられないサッテリ
でした。

その一方で、レグリドムは一筋の光明を見ていました。

これで裁判の流れが変わるのではないかと。

全てを悟ったスロンゼルが真相を明かせば、ユスデノの主張通りには進まなく
なるはずです。

カシリューとて、これほど多くの傍聴人の前でごり押しができようはずもな
く、方針転換せざるを得ないと思われました。

ようやくスロンゼルは呼吸を整え、濡れた目を手で拭いました。

「落ち着いたかね、被告人?」

「どうも、取り乱してしまいました。

申し訳ない。」

「ここにいる全ての者の疑問を代表して尋ねよう。

どうして今、お前は泣いたのだ?」

「二十年ほど溜め込んでいたものを吐きだす事が出来たからでしょう。」


殊の他、スロンゼルの表情は憑き物が落ちたかのように晴れ晴れとしていました。

「私は罪深い人間です。

ここにいる誰よりも。

自分の息子に大きな傷を与えてしまいました。

私は正真正銘の、大悪党です。」

「息子だと…いったい、何の話かね?」

それは調書に記されていない事実です。

「私は大戦の折、金に目がくらんで家族を捨てました。

そのせいで妻は殺され、息子たちは行方不明となったのです。」

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