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第四十八章「底なしの呪縛」【11】

「チーレイなら、殺されても良かったと?」

「いいえ、決してそういう訳では…」

「被告は、たとえ相手が盗賊でも殺してはいけない、
そのようなことを申しておるな?」

「ええ、もちろん、その通りです。

ただ、その罪は人としてやってはいけないという事で、
法律で罰せられる事ではないと…」

「ふむ、よかろう。

実際にチーレイ殺害を罪に問う事など出来ん。

横道にそれてしまったな。」


カシリューは意地悪そうに笑いました。




「チーレイだけだと、本当にそうか?!」


続いてスロンゼルに投げかけたユスデノの声は憎しみに揺れていました。

カシリューでさえも驚いたように、彼へと目を向けました。

「貴様によって三人の者が人生を狂わされた。

一人は死に、二人は死んだも同然だ。

それでも殺していないと言えるか?!」

ユスデノが言わんとしている事は、スロンゼルにもすぐに伝わってきました。

でも、それをどうしてユスデノが責め立てているのか、それは分かりません。

「妻と子供の事を言っているのだな?

だが、ここはそれを悔いる場所ではないのではないか?」

「場所が変われば都合よく忘れるのか。

いい加減で情けない奴だ。」


その事までここで糾弾するのかと、レグリドムは腕を組んでユスデノを睨みつ
けました。

たとえこの裁判自体が彼の復讐の場だとしても、それを法廷で口にするのは許
されない、そう憤りを感じたのです。

「待ってくれ。

私の息子二人が死んだも同然だって?

どうしてそんな事が分かるんだ?

あんたは何か知っているのか?

だったら教えてくれ、スノとスゼは…」


ここでスロンゼルの口が止まりました。

口を開けたまま、ユスデノをじっと見つめています。

サッテリが身を乗り出しました。スロンゼルの口から、ぼそぼそと聞き取れぬ
声が漏れたからです。

ユスデノは、すっと視線を外しました。

その時です、傍聴人席と廊下を結ぶ扉が勢いよく開け放たれ、ラスゼンが入っ
てきました。

ユスデノが裁判所に入ったと聞かされ、後先考えずに飛び込んできたのです。

彼は証人台に立つユスデノを見つけました。

「ユスデノ、何をやってる?!

そこまでして追い詰めたいのか?!」


ラスゼンの大声が響きました。

室内にいる警備兵が彼の前へ集まり、廊下から追っかけてきた兵士も彼の背後
へ駆けつけました。

するとユスデノは彼にこう言いました。




「ラスゼン、お前こそ何しに来た?

お前がここへ入る資格は無い。

さっさと出て行け。」


七、八名の兵士がラスゼンを外へ連れ出そうとしますが、彼は必死に踏ん張り
ます。

「許されるのか、こんな事が!

俺たちはこんな事の為に生まれ変わろうとしたのか!

ユスデノ!!」


兵士たちに引っ張られ押し込まれ、ラスゼンは徐々に廊下へ体が出てしまいそ
うになります。

「ええい、放せ!

話をさせろ、ユスデノ!」


しがみつく兵士を振り払おうともがく中、ラスゼンはこちらを見つめるスロン
ゼルの姿に気がつきました。

途端、ラスゼンの体から力が抜けてしまいます。

スロンゼルの顔がくしゃくしゃに歪んでいたからです。

彼は一気に廊下へ連れ出されてしまいました。

気付かれてしまった、ラスゼンはそう思いました。

裁判室の扉は閉められ、再び静寂が戻りました。

その静けさを破ったのはスロンゼルです。

彼は泣き始めました。人目もはばからず、嗚咽を漏らしたのです。

しばらく待っても泣きやむどころか、次第に彼の声は大きくなり、皆を戸惑わ
せる羽目となりました。

その様子を尻目にサッテリは傍聴席を抜け出し、廊下へ出てきました。

ラスゼンは廊下の床に座り込んでいます。

取り囲む兵士もうんざりした様子です。

スロンゼルの鳴き声はここまで響いており、ラスゼンはうなだれたまま聞いて
いました。

「私はリグ・テーテのチゴネス・ヴェクレスの二男サッテリです。

彼は特殊遊撃隊の副隊長ラスゼンで、私の友人です。

決して怪しい者ではありません。

此度の彼の行動は法廷を侮辱するあるまじき行為ですが、法を
守ろうとした事が裏目に出てしまったのです。

悪意はありません、許してやってください。」


サッテリはラスゼンを取り巻く兵士たちに頭を下げ、事なきを得ました。

「無茶をしたね?」

彼はラスゼンの肩を叩き、立たせました。

「分かっちまったみたいなんだ、全部。」

「そうだね。」

「こんな事なら、もっと早く俺の口から知らせてやるべきだった。

俺は無力なだけじゃなく、やるべき事さえ見失ってた。」

「あまり自分を責めないように。

あなたが懸命にお父上を救おうとする姿は、
ちゃんと見ていましたから。

とにかく、外で待ってて下さい。

裁判の内容については、後で私が話してあげますから。」

第四十八章「底なしの呪縛」【10】

「しょうがないさ。

ありのままを伝えるしかないんだ。」

「俺たち、結局何もできなかったよな。

ロリョートさんたちに食い物を持っていくぐらいで。」

「よくよく考えてみれば、俺たちに何ができるっていうんだ?

ただのガキだぜ。」

「挫折だね。」

「そんなの、今までだってあったろ。

それに、これからだって山ほどあるぜ、きっと。」


そんな彼らの耳に馬の蹄の音が聞こえてきました。

振り返ると、彼らは焦るように立ち上がりました。

ラスゼンが来たのです。

彼は立ち尽くすヤッヴたちに気付くと、優しく声をかけました。

「スロンゼルの事が心配か?」

「あ、うん、いや、はい。

そりゃあ、そうだよ。

スロンゼルさんはいつも俺たちに美味い料理を
作ってくれてたんだ。

なくてはならない仲間だったんだ。」

「どうしてこうなっちゃったのか分からないけど、とにかく
スロンゼルさんに最後まで付き合うよ。」

「スロンゼルは幸せ者だな。

お前たちのような仲間だいるのだから。」


それに引き換え、と喉まで出かかりましたが、ラスゼンは飲み込みました。

「ラスゼンさんもいい人だよ。

盗賊の為にここまで来てくれるなんて。」

レシモスの無邪気な発言が胸に刺さります。

真相を彼らに伝えられない自分が歯がゆいのです。

それに、ユスデノがリグ・テーテにいない事もラスゼンには気がかりでした。

彼もここへ来ているかと思ったのですが、違うようだと辺りを見渡していまし
た。

「そう言えば、ユスデノさんも来てくれたんだっけ。」

「何?」

「そうそう、怖い顔してたよな?

俺たちにも気づかなかったみたいだし。」

「それで、ユスデノはどこへ行ったんだ?」


そう尋ねるラスゼンの顔は、とても険しいものになっていました。

ですから、ヤッヴとレシモスは何かいけない事を口にしてしまったのかと恐縮
しました。

そして言葉を発する事も出来ず、指だけでユスデノの行き先を示したのです。

それは、裁判所でした。

「中へ…?

馬鹿な…!」




特殊遊撃隊が“猛き烈火”を倒した事は首都にまで知られている程で、この地
域の役人や軍人なら、さらに多くの者が知っているはずです。

それほど大きな功績なのです。

その隊長であるユスデノが証人として出廷してきたので、人々はますます注目
しました。

「スロンゼルは大変危険な男です。」


これがユスデノの第一声でした。

一拍おいて、彼は続けました。

「先ほど、カシリュー様が読まれた調書の通り、スロンゼルは
奸計を巡らしてチーレイを捕え、これを殺しました。

彼は決して苦しめられている人々の為とか、正義の鉄槌を
振りかざした訳ではありません。

あくまでも個人的な利益の為、そのためなら、あのチーレイで
さえも仕留めてしまえるほどの能力を携えた人物なのです。」


まるで、別人の声でした。

取調室で、息子たちの事を聞いてくれたユスデノ隊長とは別人だ、スロンゼル
にはそう思えて仕方がありません。

騙されたのか、何か考えがあっての事か、騙されたのか、騙されたのか…ぐる
ぐると黒い渦に巻き込まれていくようでした。

「この風貌には、私ですら善人と信じ込んでしまう所でした。

スロンゼルの中に巣食うのは、得体の知れぬ化け物です。

そのかぎ爪は、女子供をも容赦なく引き裂いてしまうでしょう。

私にはそれが手に取るように分かるのです。

スロンゼル率いる大盗賊団が、リグ・バーグを蝕んでいく様が。

こ奴を野放しにしておく事は、せっかく終わりかけている盗賊の
時代を、再び呼び起す危険を見逃してしまうのと同じ事です。」


証人と言いつつ、これが全て推測であるのは、傍聴席の人々にも分かっていま
す。

ただ、国家の敵とも言うべき“猛き烈火”を討伐した男の言葉なら、と疑いを
持つ者はほとんどいなかったのです。

真実を知るサッテリやレグリドムを除いては。

裁判官カシリューはスロンゼルに問いかけました。

「どうかな、被告人よ?

ユスデノ隊長の証言は、お前の本性をずばり言い当てておるのでは
ないかな?

先ほどは否定したようだが、それは忘れよう。

そして今一度、自分の口から告白する機会を与える。

被告は、リグ・バーグを揺るがす悪党になり得るか否かを。」

裁判室内の空気をスロンゼルも感じ取りました。

このままでは国家に反逆する大悪党に仕立て上げられてしまうと。

しかし、なぜ自分なのか、とも。

「ユスデノ隊長があんな事を言うなんて、信じられません。

でも、私の答えは変わりません。

真っ赤な嘘です。

確かに私は盗賊団に身を置いていたが、務めはただの料理人だ。

来る日も来る日も腹をすかせた仲間たちに飯を作っていた。

本当にそれだけなんです。人を殺したのもチーレイだけなんです。」

第四十八章「底なしの呪縛」【9】

「被告は、かの盗賊団“猛き烈火”の頭領チーレイを
その手で仕留めた猛者である。」


再び傍聴席がどよめきました。

チーレイの姿を知る者はほとんどいません。

襲われれば皆殺しになってしまうからです。

少なくとも、そう信じられてきました。

ですから、人々の噂の中で生き、恐怖を与え続けてきた“猛き烈火”の頭領が
死んだだけでも驚きなのです。

しかも、そのチーレイを倒した人物が被告人席にいる、人々は大いに興味を駆
られました。

一体何者だろうかと。

カシリューを見に来ただけの野次馬的な者も数多くいましたが、今やその眼は
スロンゼルにも向けられていました。

彼の風貌に殺気など感じられないと思いつつも。

ならばいったいどうやって、チーレイの息の根を止めたのか。

この段階においては、スロンゼル自身にというよりは、やはりそちらの話を聞
きたいというのが本心でしょう。




彼らの期待の応えようとしたのか、カシリューは書類を片手に語り始めました。

ユスデノが作成した調書です。

「チーレイという女盗賊は、同性を嫌う性分であった。

特に、若い女性に対して異常なまでの憎しみを抱いていた。

手下を男ばかりにしていたのも、無関係ではない。

スロンゼルは、それを利用したのである。

まず彼は小さな村を襲い、名も知らぬ若い娘を拉致した。

元々は自らの慰み者としてさらったのだが、チーレイが近くに
いる事を知るや、娘を囮にしておびき寄せようと企んだのだ。

チーレイはまんまとスロンゼルの計略にはまり、
捕えられてしまった。

そして、見せしめであるかの如く、チーレイの首をはね、
野にさらしたのだ。

これが武勇伝と呼ぶにふさわしいであろうか?」

「なんと…」

「恐ろしい…」


傍聴席の役人らしき塊から、怯えたようなざわめきが聞こえました。

「そんな馬鹿な、違います。

確かに私はチーレイを殺した。

だが、村を襲ったり、見知らぬ娘をさらうなど、
まるででたらめです。

一体どこの誰が、そんな作り話を?!」


さすがにスロンゼルも黙ってはいられません。

のしかかってくるカシリューの圧力にもめげず、彼は反論しました。

「いきなり襲ってきたのはチーレイの方なんです。

私の仲間は抵抗し、何とか返り討ちにしました。

そんな中、ふとしたはずみで私はチーレイを気絶させた。

だから、捕まえる事が出来たんです。」


カシリューはしかめっ面のまま、鼻で笑いました。

「天下に名高い盗賊団の頭領が、ふとしたはずみごときで
捕まるはずもない。

それに、これは被告人が口にした話ではないか。

私は調書を読み上げただけだぞ?」

「そんなもの、誰かが捻じ曲げた嘘の調書です。

特殊遊撃隊のユスデノ隊長に聞いてください、
彼なら全てを知っているはずですから!」


激しい剣幕のスロンゼルを、カシリューはじっと見つめました。

傍聴席の人々は、固唾を飲んで見守っています。

サッテリも口の中がからからでした。

カシリューの読み上げた調書の内容がそのまま通ってしまったら、なるほどス
ロンゼルは非道な悪人という事になってしまいます。

そしてカシリューは次のように言いました。

「ふむ、よかろう。

少々早いが、この調書を作った者を証人として呼んである。

被告人の言う、全てを知る者であるぞ。

証人を、これへ。」


カシリューが座る左側に別の扉があり、そこから一人の男が入ってきました。

それがユスデノであるのは言うまでもなく、スロンゼルは目を見開き、サッテ
リは“そこまでするか”と呟き、レグリドムはため息をつきながら首を左右に
振りました。

「被告人、お主の望み通りだ。

特殊遊撃隊が隊長ユスデノ殿から真実を聞くがよい。」


自体を飲み込めるはずもないスロンゼルは、証人台に立つユスデノを凝視しま
した。

二人の間にだけ、先ほどまでとは違う緊張感が流れていました。




裁判所の玄関前には、ヤッヴとレシモスが地べたに座り、判決が出るのを待っ
ていました。

もはや楽観できないのは、この少年たちでさえ分かっています。ど

うしてなのかは、結局知らされぬままでした。

スロンゼルの処分が決まったら、それを持ってロリョートたちと共にマレアの
後を追う予定です。

だから、スロンゼルとはもうすぐ、本当にお別れなのです。

小枝で地面に落書きをしながら、レシモスがぽつりとつぶやきました。

「マレアに何て言えばいいんだろう?

任せておけ、なんて調子いい事言っておいて。」

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