最近のトラックバック

« 2015年2月 | トップページ | 2015年4月 »

第四十八章「底なしの呪縛」【8】

元気よく言ったソマは笑顔で部屋を出て行き、インザとリアンも続きました。

廊下の奥へ消えていく彼らを見送った後、ラスゼンはこう言いました。

「俺たちには、守るべきものが山ほどあるんだな。

この街、市民、俺はコフィナも、そしてあいつらも
守らなくちゃいけねえ。

ユスデノ、あんたも同じじゃねえのか?

純粋に俺たちを心配してくれるあいつらに、胸を張れるのか?

今のあんたは、自分の事しか考えちゃいない。

自分の恨みを晴らすために、人の信頼を裏切ってる。

それでも特殊遊撃隊の隊長か?

そんな奴が、リアンやインザやソマや他の皆を
本当に守れるのか?」


すると、ユスデノは自らがまとっていた鎧を脱ぎ捨てました。

剣も床に転がり、彼は肌着だけの姿になったのです。

「ラスゼン、説教をしている暇があるなら、俺を斬れ。

やはり、それしか方法は無いぞ?」




ラスゼンが帰宅した頃、食卓にはたくさんの料理が並べられていました。

最近疲れているようなラスゼンの為、コフィナが腕によりをかけたのです。

でも、出迎えた彼女は、夫が死にそうな表情をしている事に大層驚きました。

朝、出掛けて行った時よりもはるかに疲れ切った様子で椅子に腰かけたラスゼ
ンは、独り言でも呟くかのように、コフィナに全てを明かします。

彼女の表情も凍りつきました。

「裁判は明日だ。

延期は無理だった。

俺には何もできなかった。

自分の兄貴が父親を無実の罪で刑務所に放り込もうとしているのを
止められなかった。

多くの人が俺に協力し、助言をくれ、心配もしてくれた。

だのに、結果を変える事が出来なかったんだ。

ユスデノの暴走をみすみす許してしまった。

俺にもっと勇気があれば、できたかもしれない。

俺は無能だ。

何もできない、木偶の坊だ。」

コフィナはラスゼンの手を取りました。

心なしか、いつもより冷たく感じられました。

大切なものを失ってしまう恐怖におびえている夫へ、どんな言葉をかけてやれ
ばよいのか、彼女にも分かりませんでした。

消えていくのは偉大なる兄の誇り高き姿。



 無情にも時は流れて行き、新しい太陽が顔を覗かせました。

ロリョートたちにも、ヤッヴたちにも、ウィレオやネラ、ラスゼンにも、スロ
ンゼルにも、そしてユスデノにも、等しく朝が訪れました。

絵具で塗りつぶしたような青すぎる空は人の心に何も与えず、ただ雲一つなく
太陽が照らしているだけと思わせるものでした。

いよいよ裁判が始まります。

牢獄から出されたスロンゼルは裁判室へ連れていかれました。

本日彼を担当するカシリューは、普段は首都リグ・エ・バーグに常駐する裁判
官です。

盗賊に対して特に厳しい判決を下すことで有名です。




そのカシリューが、どうしてここへ来たのか、それはラスゼンの知人であるレ
グリドム裁判官にも不可解な事でした。

一階にある大裁判室の傍聴席に座れるのは役人や正規軍の軍人、貴族だけです。

普段はあまり人の入らないこの場所ですが、今日だけは盛況です。

地方議会の議長や、某騎士団長まで野次馬と化していました。

これも有名人のカシリューが来ているからなのだろうとレグリドムは思いまし
た。

彼はふと、傍聴席に居並ぶ人々の中に、サッテリ・ヴェクレスの姿を見ました。

リグ・テーテの実権を握るチゴネスの息子ですから、顔ぐらいは知っています。

ただ、元々冴えない顔だとは知っていても、今日のサッテリはさらに憂いた表
情のようにレグリドムには思われました。

つまり、彼も知っているのではないかと、そう考えたのです。

特殊遊撃隊は正規軍ではないので、ユスデノやラスゼンが傍聴席に座る事は許
されません。

だからと言ってチゴネスの跡継ぎがこのような裁判の場に現れるのは不自然で
す。

一連の事情を知った上で来ていると想像でき、ラスゼンたちがどれほど信頼さ
れているかが分かります。

主従関係以上のものを感じるのです。

集まった人々がどよめきました。

カシリューが入廷したのです。

彼はレグリドムより十五は年上で、頭髪は真っ白でした。

ただ、眉毛だけは真っ黒で、目の力は年齢を感じさせません。

むすっとした表情は終始変わることなく、普段からこういう顔なのだろうと思
わせました。

カシリューのたたずまいが傍聴席のざわつきをすぐに止め、空気を張りつめさ
せました。

彼の席はスロンゼルのそれより高い位置にあり、裁判官に見下ろされる被告人
は重い威圧感を受ける事となります。

「これより、盗賊スロンゼルの裁判を行う。」


カシリューの隣にいる副裁判官が、裁判の開始を告げました。

異様な雰囲気に彼も緊張したのか、声がやや裏返りました。

“大裁判室”と書かれた札が掲げられた両開きの扉の前では、物書きが数人待
機していました。

このように大掛かりな裁判は珍しく、国民も興味を持つだろうと、紙とペンを
手に聞き耳を立てているのです。

記された内容は本や新聞に姿を変え、人々の目に触れる事となるのです。

「本日審議するは、被告人が近い将来、国家を揺るがす
大盗賊となり得るか否かである。」


耳に入ってきた言葉をスロンゼルが理解するまで、ゆっくりと五つまで数えら
れたでしょう。

「私が…大盗賊?」

ふと顔を上げたスロンゼルは、初めてカシリューと目を合わせました。

天下に名を轟かす裁判官の迫力に押されたスロンゼルは後ずさります。

« 2015年2月 | トップページ | 2015年4月 »

2018年10月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
無料ブログはココログ