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第四十七章「シノンの絆」【14】

玄関の扉を重く静かに叩くと、中からユスデノが出てきました。

ラスゼンの目的がなんであるかを知っている彼は、どこか厳しい顔つきでした。

ユスデノに促されると、ラスゼンは黙って中へ入りました。

扉がばたんと閉められると、ラスゼンは直ぐ様こう言いました。

「ユスデノ、あんたが何を考えているか、
それは俺には分からねえ。

だが、このままでは間違った判決が下されてしまう。

いや、もう出たも同然か。

とにかく、あの調書は間違ってる。

今すぐに作り直さなくちゃならん。

認めてもらうぞ?」

するとユスデノは小さくため息をつきました。

「オッタからも同じように聞いたが、どうにも納得できん。

あれの、どこが気に入らんのだ?」

「むしろどこを気に入ればいいのか、教えてもらいたいな。

スロンゼルって野郎は、大罪人なんかじゃねえ。

今日実際に会って話をしたから分かる。

あいつがチーレイを超える悪党になんか、
なるはずねえだろ?!」

「昨日お前には話したはずだ。

奴の見かけに騙されるな、と。」

「騙されてなんかいねえよ。

どうしてあいつをそんなに悪党にしたがるんだ?!

それに、そもそも俺が気に入らないのは、あの調書だ。

あんな物で、正しい裁判が行われると思うのか?」

「どこがいけない?

嘘は書いていないぞ。」

「相手の話した内容は全て記せと俺に命じたじゃねえか。

だったらどうして、スロンゼルの過去を書かなかったんだ?

あれだって、奴を判断するための立派な材料になるってのに。」

ユスデノは椅子に座り、テーブルを挟んで立ったままのラスゼンと向かい合い
ました。

ランプの炎がちらちらと揺れています。

「何を聞いた?」

「ほんの一部だ。

だが、全てだ。」

「…そうか。

それで、お前は奴に何を言った?」

「何も言ってない。

言えるものか。」

「だったら、なおさら分かるはずだ。

お前が見たのは、奴の本性ではない。

あれこそが奴の嘘だ。

人の同情を買い、根は善人なのだと信じ込ませるためのものだ。」

ラスゼンはテーブルを両手で、ばん、と叩きました。

「何を証拠に言ってる?

まさか推測だけで、あいつを追い込むつもりなのか?

そんなの、ユスデノじゃねえ!」

「万が一、お前の言う通りに俺らしくなかったとしよう。

だがそれは、スロンゼルという男の中に秘められている
悪意が原因だ。

放っておけば、全ての人間が不幸になる。」

「話を飛躍させ過ぎだ。

法を悪用して私怨を晴らそうなど、間違ってる。」




「とにかく、俺は調書を修正する気は無いし、
お前が作り直す事も認めない。

お前の調査を待ってる子供たちには、ありのままを伝えてみろ。

スロンゼルへの思いも変わり、諦めるはずだ。」


もはや彼は特殊遊撃隊の隊長ユスデノではなくなっている、ラスゼンは感じま
した。

冷静な判断ができなくなっているのでは、とも。

幼き頃、兄はぶつけようのない憎しみを自らの体に刻みつけていた事をラスゼ
ンは思い出しました。

ユスデノの意思が強固なものである事は、ラスゼンにも分かっています。

一度提出した調書を作り直すためには、作成した人物の許可が必要なのです。

それ無くしては、オキベも受理してくれないのです。

最後は追い出されるようにユスデノの家を後にしました。

不思議とあれだけ言い合ったにもかかわらず、殴り合いにはなりませんでした。

「ほら見ろ、俺は大人になったんだ。

ユスデノの気持ちも分かるんだ。

腕力だけで問題を解決しようだなんて幼稚な真似、
いつまでもやってられるか。」


そうやって一人つぶやくラスゼンでしたが、ユスデノの言い分に納得した訳で
はありません。

正しい事をしていないユスデノに、ますます不信感を募らせるばかりです。

ただ、これ以上どこを調べればいいのか、行き詰っているのも確かでした。

翌朝、ラスゼンはいつもより早く駐屯所へ向かいました。

とにかく時間が惜しいのです。そこで彼は再びリアンを呼び、良い案は無いか
と尋ねました。

もちろん、ユスデノがあの調書を作るに至った動機は伏せてあります。

「時間が無いなら、まずは作る努力をしてはいかがでしょう?

例えば、裁判の日程を延期してもらうとか。

難しいかもしれませんが、上手くいけば儲けものです。

やってみる価値はあると思います。」

「なるほど、一日でも延びれば大きなゆとりとなるな。

しかし、ただ頼んでも無理だろう。

レグリドムやオキベを説得できるだけの材料が欲しい。」

動機はラスゼンの中では、はっきりとしています。

でも、それを証明するためのものがありません。

すると、リアンがラスゼンに顔を近付けてきました。

「ミレオンに話を聞きましょう。

ユスデノ様がスロンゼルから調書を取った時、
同席していたのはあいつですから。

もっと詳しい情報が手に入るはずです。」


途端に、ラスゼンの表情が輝きました。

「お前は頭の切れる奴だ。

全ては取調室で始まっているはずだものな。

俺がそんなのを思いつく頃には、スロンゼルの裁判は
とっくに終わってるぜ。」

第四十七章「シノンの絆」【13】

スロンゼルに同情するはずだと思ったのです。

「それは残念な話だな。

俺は何も聞いていなかった。

ユスデノは忙しかったんだろう。」

「隊長という役職は、どこでも忙しいものさ。

でも、彼もとてもいい人だ。

私の子供たちを気にかけてくれていたよ。

もしもそれらしき話を聞いたら、私に教えてくれるとも
約束してくれたんだ。」

ユスデノは厳しい男だが薄情ではない、今の言葉に不思議はありません。

ただ、スロンゼルを重罪人に仕立て上げようとしているのに、本人には優しく
接しています。

ユスデノはそんなやり方はしない、ラスゼンは混乱してしまいました。

スロンゼルの過去と自分のそれが結び付きさえすれば、一気に解決するのです
が。

ところが、その時は唐突に訪れます。

「あんたはどこに住んでいたんだ、ここから近いのか?」

「近いとはいえないな。

リグ・ロショという町だ。」

「…ロショ?」

「知ってるのか?」

「いや…」

同じ町です。幼い頃、自分が住んでいたのと同じ町の名です。

「スノとスゼ、それが子供たちの名前なんだ。」


ばしっ、ばしっ、と強烈な光を浴びせられたかのように、ラスゼンはめまいを
起こしました。

ユスデノの行動の理由が判明したと同時に、その凄まじい悪意にラスゼンは押
しつぶされそうになりました。

彼は不意に立ち上がろうとしました。

しかし腰を浮かせる事が出来ず、オッタに助けてもらってようやく立てたので
す。

立ち眩みでも起こしたのだろうかと、リアンは特に気にしませんでした。

「俺は、あんたの力になる。

…ならなきゃ、いけねえ。」

「ありがとう、ラスゼン殿。

そう言ってもらえるだけで、心が救われるようだよ。」

笑みをこぼすスロンゼルに背を向け、ラスゼンはよたよたと歩き始めました。

リアンが彼の体を支えようとしますが、“大丈夫だ”とその手を押しのけられ
ました。

その手の力が強かった事に、リアンは普段のラスゼンとは違うと気付きました。

「少し休まれてはいかがですか?」

「いいや、時間が無い。

テーテへ戻るぞ。」


いつの間にか日が暮れようとしていました。二人は松明を用意し、リグ・ウ
トートを後にします。

夕日は雲に隠され、辺りは視界が悪くなっています。

テーテに戻り、ユスデノに何と言えば良いのか、ラスゼンは胸が張り裂けそ
うでした。

松明の明かりが二つ、南へ下りていきました。




ラスゼンとリアンがリグ・テーテに帰りついた時は、すっかり夜も更けていま
した。

昼間の賑やかさは消え、街は暗闇に支配されています。

特殊遊撃隊の駐屯所も、夜の当番を任された少年兵がいるばかりで、建物の中
は静まり返っていました。

ラスゼンの帰りを待っていたのはオッタだけで、ユスデノは既に帰宅した後で
した。

「ユスデノ様にラスゼン様の言葉は伝えました。」

「それで、何と言っていた?」

「はい、ユスデノ様はこう言いました、
“話しがあるなら、俺の家へ来い”と。」

「分かった。
ご苦労だったな、オッタ。

お前は夜勤だったな、しばらく休んでから任務に戻れ。

リアンも、今日は終わりだ。帰って寝ろ。」

「ラスゼン様…」


リアンが恐る恐る口を開きました。

「どうかユスデノ隊長とは冷静な話し合いを。」

ラスゼンはリアンの頭をぽんぽんと二回叩きました。

「分かってるさ、喧嘩をしに行くつもりじゃない。

これでも俺は所帯持ちだ。

落ち着きが出てきたって、街でも評判だぜ?」

誰が言っているのだろうかとリアンは心の中で疑いました。

でも、ラスゼンを止める事などできないと、彼は知っています。

「そんなに心配そうな顔をするなよ。

ユスデノとは生まれた時からの付き合いだ。

これまでだって多少意見が食い違っても、結局は上手く
折り合いをつけてきたんだ。

だから大丈夫だ。」


ラスゼンは片目をつぶってみせました。

でも、このおどけ方がまた心配を募らせるのです。

リアンは、宿舎に戻る前に伝言を届けてくれ、とラスゼンに頼まれました。

妻のコフィナに、“遅くなる”と。

正門前でリアンはラスゼンを見送りました。

暗闇に消えていく副隊長の後ろ姿を、言いしれぬ不安に駆られながら見守る
リアンでした。

今夜は月が雲に隠れていましたが、ユスデノ宅への道筋は建ち並ぶ民家の窓
から漏れる明かりがあれば、迷う事などありません。

隊長の家とはいっても、大きさや外観は目立つほどではなく、両隣を民家に
挟まれ、ひっそりとたたずんでいます。

ただ、リグ・テーテに移ってきた当時、ユスデノは一目でこの家を気に入っ
たのです。

どうやら、幼少時に住んでいた家に似ているという理由のようです。

ラスゼンには全く覚えがありませんが。

第四十七章「シノンの絆」【12】

手続きというほどのものをせずとも、ラスゼンたちは奥へ通してもらいました。

チゴネスの私設軍隊である影響力は、まだ削ぎ落とされていないようです。

独房の並ぶ通路は、暗く冷たいものでした。

“山羊と牧場”における捕り物劇以来の、スロンゼルとの対面です。

もっとも、その時は一言も言葉を交わしていません。

直接話をしたユスデノの判断が実は正しいのかもしれない、そんな思いもかす
かに浮かぶラスゼンです。

「ここの居心地はどうだ、スロンゼル?」


この裁判所での対面は、囚人のいる牢獄まで赴き、鉄格子の扉越しに話をする
のです。

「まあまあだよ。

あんたの事は覚えてる。

かなり強いらしいな?」

「大した事はねえよ。

俺はラスゼンだ。」


店にいた時よりも疲れたようなスロンゼルを見るにつけ、果たしてチーレイを
超えるほどの悪党になるのだろうかと、ラスゼンは改めて疑問を抱きました。

「あんたのお仲間たちが心配しているようだぜ。」

「そうか…あの子たちが…」


スロンゼルはため息を吐き、肩を落としました。

「あんたの裁判は明後日になるらしい。」

「さっさと終わらせてほしいものだ。」

「懲役刑が確定すれば、別の街にある刑務所に移される。

その前に、仲間とは一度位面会が出来るはずだ。

俺からも頼んでおいてやろう。」

「ありがとう。

特殊遊撃隊は、皆いい人ばかりだな。

インザやソマも優しい子たちだ。」


スロンゼルはほっとした笑みを漏らしました。

それから、彼は思い出したようにこう尋ねました。

「それで、ロリョートとセッツァはどうなったんだ?」

ラスゼンは、少し答えにくそうです。

「驚かないで聞いてくれ。

二人の裁判は既に終わり、昨夜のうちに釈放されたんだ。」

「なんと、それはまあ…驚くなという方が無理だな。

だとすると、私もすぐに出られるのだろうか?」

スロンゼルの言葉は予想できていたため、ラスゼンは胸の内を表情に出さない
よう努めました。

「かもしれないな。

それより、あんた自身、こうして牢屋に入れられた事への
不満はあるか?

ロリョートやセッツァと比べ、あんたは盗賊らしくない。

どうして自分が、とか思わないか?」

「うむ。

無いといえば嘘になるが、仕方が無いとも思う。

私もそれだけの罪を犯したのだから。」


観念している態度に偽りは無いようでした。

それゆえに、気の毒に思う気持ちも芽生えてきます。

それがスロンゼルの計算通りなら、確かに大した悪党なのですが。




「あんたが自分で犯した罪の中で、
最も許されないものは何だと思う?」

「チーレイだろう。

私は卑怯だった。

縛られて身動きの取れない彼女を刺し殺したんだ。」


間髪入れずにスロンゼルは、そう答えました。

彼の脳裏には、胸から血を流しながらぐったりとするチーレイの姿が焼き付い
ています。

「あんたはそれを罪だと認識しているようだが、
実際は良い事をしたんだ。

少なくとも、世間からはそう評価されるべきだ。

だから、自分をそんなに責める必要はないぜ。」

「皆はそうやって励ましてくれるが、
やはり人を殺してはいけない。

たとえ相手がどんなに悪い奴であっても…」


ラスゼンはスロンゼルと同じように、ひんやりと冷たい床に腰を下ろし、胡坐
をかきました。

なぜだか自分でも分かりませんが、自責の念に苛まれている男の話をもっと聞
きたいと思ったのです。

「いや、もう一つあった。

これはチーレイを殺した事より、もっと重い罪だ。

法律では裁けない、たちの悪いものだよ。」

「どんな罪だ?」

「ユスデノという隊長にも話したが、私のせいで家族は
ばらばらになってしまった。」


ラスゼンには初耳でした。

ユスデノの調書には、そんな内容は一つも記されていませんでした。

今回の件には関係ないかもしれませんが、取り調べ中の会話は全て記録すべき
であると、ユスデノ自身が口にしていました。

ラスゼンは無性に知りたいという欲求に駆られました。

「詳しく聞かせてくれ、その話を。」


これは長くなりそうだと、リアンは床に腰を下ろしました。

スロンゼルはとつとつと語り始めます。

自分から徴兵に志願し、家族を残して出征しました。

その後、彼の家があった町は戦場になったらしく、彼の店も焼け落ちてしまい
ました。

そしておそらくは、妻は子供たちを連れて彼女の実家に戻ろうとして、その途
中で殺されてしまったのだろう、と。

子供たちの行方は掴めぬままです。

自分の生い立ちと全く同じだ、ラスゼンもそう思いました。

だからユスデノは話さなかったのだろうかと彼は考えました。

しかし、それはむしろ逆だろうと否定します。

第四十七章「シノンの絆」【11】

「なるほど、だからロリョートとセッツァは
その日のうちに出てこれたんだな。

じゃあ、スロンゼルは?」

「二人を何事も無かったように釈放したのだから、代わりの
その大悪党には厳しい裁判が待っているぞ。

それもユスデノ君は了解済みだ。」


オッタとリアンは顔を見合わせ、話についていけないと首を振りました。

「それで、あんたはその通りにしたって言うのか、
よく調べもしないで?」


オキベが少々むっとしたのは言うまでもありません。

「調べるのは、そっちの仕事だろう?

既に調書を作ったんだ、調べは終わったと解釈して何が悪い。

ユスデノ君はこの調書を片手に、スロンゼルは
チーレイを超える大悪党になるに違いない、
そう熱弁をふるっていたぞ。」

「馬鹿な、こんな推測だらけの調書で人の罪を
決めてしまうのか?

どうしてあんたは疑わなかったんだ?」

ユスデノがこんな真似をするなど、もちろんラスゼンには記憶がありません。

何かがいつもと違う、彼は確信しました。

でも、それはユスデノ自身に問いたださねばならず、今はこの状況を止めねば
なりません。

「オキベ殿、頼みがある。

全てをやり直したい。

調書も作り直し、釈放した二人の裁判も
略式ではなく行ってくれ。

そしてスロンゼルも、推測ではなく事実のみを元に
判断するよう願いたい。」

しかしオキベは、うんと言いません。

「既に二人には判決を下した。

自由の身となった彼らは、どこかへ逃げてしまっただろう。」

「分かっている。

それはこちらで何とかする。」

「そんな簡単な話ではないぞ?」


するとリアンが口を挟んできました。

「二人の仲間が、まだテーテに残っています。

彼らを監視しておけば、ひょっとして連絡を取ったり
するかもしれません。

彼らはずいぶん、盗賊たちの事を心配していたようですから、
何も知らないとは思えません。

最悪、彼らを駐屯所に引っ張ってでも、聞きだすまでです。」

「ふうむ…」


オキベは自分の唇を舌でぺろりとひと舐めしました。

「本当にやる気かね?」


オキベの眼の奥が、きらりと光ったようにラスゼンには感じられました。

「何が言いたい?」

「何とかする、で罪状や刑罰をころころ変えるなど、
前代未聞だ。

極めて重大な過失責任が問われる。

それは、あなたやユスデノ隊長だけの問題ではとどまらない。

親元のチゴネス・ヴェクレス殿にまで及ぶ、という事だ。」




「馬鹿な、それしきの事でチゴネス様が責められたりするものか。」

「かつてはな。

かつて、とは貴族階級が絶大な権力を握っていた頃の話だ。

だが、今は事情が違う。

政府がその立場を逆転しているのだ。

それは国王も認めておられる。

貴族の身勝手な振る舞いは、政府が黙っていないだろう。

あなたの提案を強引に推し進めれば、責任をチゴネス殿に
押し付けるに決まってる。

そして、彼の権力は少しずつ削ぎ落されていくのだ。」


リグ・テーテを治めているのは市長のエセット、というのは建前で、実際はほ
とんどの権限を握るチゴネスが治めているといってもいいでしょう。

政府としては面白い訳がなく、全権を市長に与えたい所です。

ですから、チゴネスの上げ足を取り、彼から徐々にでも権力を奪っていこうと
企んでいるのです。

今回の件も、いい口実とされてしまうでしょう。

「決断するかね?」

「いや、その…ちょっと待ってくれ。

本当に、チゴネス様は…その、何だ、狙われているのか?」

「リグ・バーグにいる全ての貴族が対象だ、
チゴネス殿ももちろん含まれる。

残念だが、貴族が幅を利かせていた時代も終わる。

盗賊の時代が終焉を迎えるのと同様に、な。」


そんな話を聞かされては、うかつなことはできなくなりました。

リグ・テーテに市長が誕生した時点で、ラスゼンも違和感を覚えてはいました。

しかしそれはあくまでも形式的なもので、いつまでもヴェクレス家の治世が続
くものと信じていたのです。

しかし実際に政府は動いているようです。

こうなるとユスデノに言われるまでも無く、恩人であるチゴネスに迷惑はかけ
られません。

リアンとオッタも、何となくラスゼンの迷いを悟りました。

「この件は、辞めておくかね?」

「いや、これでお終い、という訳にはいかん。

真相は追究したい。

スロンゼルには会えるのか?」

「調査を続けるのか。

まあ、今日明日なら大丈夫だろう、裁判所に頼んでみるといい。

だが、どうしてもやるなら、明日中に終わらせないと、
間に合わんぞ。」


言われなくとも分かっている、そんな思いを胸に、ラスゼンは裁判所へ戻りま
した。

途中、ラスゼンは思いついたようにオッタの方を向きました。

「テーテへ、先に戻ってくれ。

ユスデノに、俺の言葉を伝えるんだ。」


調書を作り直す、それがユスデノに伝えるべき言葉です。

オッタは急いで馬にまたがり、リグ・テーテを目指しました。

リアンは黙って彼の後を追います。

第四十七章「シノンの絆」【10】

盗賊たちを捕えた夜、ユスデノがラスゼンの家へやってきて、スロンゼルが
チーレイを殺したと教えてくれたのです。

はた、とラスゼンはあの夜の記憶の中へ引き戻されました。

ユスデノのあれは、何だったのか。

ラスゼン自身には、チーレイが死んだという事実が話の主題だと感じられまし
た。

母親の仇である者の死は、他のどんな事がらよりも彼の心に深く刻まれました。

でも、ユスデノが語っていた言葉一つ一つを思い返してみると、彼が訴えてい
たのは、スロンゼルが悪人だという事だったのではないか、そう思えてきたの
です。

「…ゼン様…ラスゼン様!」


リアンに名を幾度も呼ばれ、ラスゼンは我に帰りました。

目の前には、さらに目つきの険しくなったレグリドムがいました。

すっかり彼の話を聞き流してしまっていたのです。

「失礼した。

自分に落ち度が無かったかと思い返していたのだ。

ひょっとしたら、スロンゼルに関しては、俺の見込み違いが
あったかもしれない。

できれば、ユスデノの作った調書を確認させてもらいたいんだが、
できるか?

いや、決して疑っている訳ではないんだ。

どこで俺とユスデノ間に見解の相違が生まれたか、
それを確かめたいだけだ。」


憮然とした表情のレグリドムでしたが、それでも答えてくれました。

「ここには無い。

まだ役所の軍人が持っておる。

そこに保管してある。」

「軍兵部だな、行ってみよう。」


さらにレグリドムは便せんを一枚取り出し、ラスゼンに調書を見せてやるよう
にと、一筆したためてくれたのです。

「色々とすまん、レグリドム殿。

心から感謝する。」

「先ほども言ったが、スロンゼルの裁判は明後日、
朝一番から始める。

何かあるなら、急げよ。」

レグリドムの表情はやや和らいでいました。

ラスゼンはリアンとオッタを引き連れ、裁判所を出ました。




盗賊などの囚人が一時収容される独房を持つ裁判所は、街の外れにあるので
す。

役所は街の中心部に位置しています。

威厳を見せつけるような建物は、裁判所より一つ高い五階建てでした。

この中に、正規軍兵士の詰め所である軍兵部があるのです。

レグリドムのくれた推薦状の効果は抜群で、ラスゼンたちはすぐに二階へ通さ
れ、お目当ての調書を目にする事が出来ました。

ここでの担当は正規軍のオキベです。

彼は戦場に出るような類ではなく、机の前で書類を整理することに生きがいを
感じるといった男です。

レグリドムからの許可があるとはいえ、オキベはラスゼンたちを逐一監視して
いました。

正規軍に所属する彼は、私設軍隊の特殊襲撃隊を格下扱いしているのです。

オッタはそれが気に入らないようですが、リアンはラスゼンの隣で懸命に調書
を覗きこんでいます。

調書の内容に、ラスゼンは困惑しました。

やはり、どう読んでも一番の悪人はスロンゼルなのです。

この調書を読めば、誰もがそう思い込まされてしまうでしょう。

チーレイを殺したという事は、“猛き烈火”の頭領を退治したという事なのに。

「今回はよほどの事なのだろうね。」


そうぽつりとつぶやいたのは、それまで黙っていたオキベでした。

「それはどういう意味だ?

何かいつもと違っていたのか?」


オキベは少し目を見開きました。

「君は副隊長なのに、何も知らないのか?

君の所の隊長は、特別な取引をしていったんだよ。」

「特別な取引?

何だそれは?」

「我々の負担を軽くするために協力してくれた、
といえば良いかな。

昨日ユスデノ君は裁判所に盗賊三人を預けた後、
ここへ来てこう言ったんだ。

ロリョートとセッツァの二人は盗賊といえど名ばかりで、
正規軍の手を煩わせるほどではない。

だから正式な裁判を行わずに、釈放してしまえばどうか、
とね。」

「裁判を行わない?

そんな事が許されるのか?」

「もちろん、違法行為だ。

特に、盗賊をそのまま自由にするなんてね。

だけど、考えてみたまえ。

裁判一つするのに、いくらかかると思う?

裁判官を雇う費用だって馬鹿にならないんだよ。

予算の申請は我々軍兵部がしなくちゃならない、
役所の方にね。

費用が高額になった書類を見た時の、あの役人の
嫌そうな顔ったら、夢にまで出てくるほどだ。」


オキベはさも忌々しそうな表情になりました。

彼は彼で、頭の上がらない存在が身近にいるようで、彼も大変なのだなと
リアンは思いました。

「名うてでも名ばかりの盗賊でも、十年の刑になるなら同じで、
手続きも面倒だ。

書類を山のように作成しなくちゃならん。

裁判もせずに釈放となれば、こんなに楽な事は無い。

それでも大丈夫だと、ユスデノ君は太鼓判を押してくれたんだ。

特殊遊撃隊も、ようやく我々に協力してくれるようになったと、
ありがたく話を受けたという訳だ。」

第四十七章「シノンの絆」【9】

ロリョートは南側の壁、セッツァは西側の壁です。

ロリョートは床に直接座り、セッツァは窓のすぐそばの椅子に座っていました。

窓から日差しが降り注いでいるせいか、ここの雰囲気は思ったほど悪くない、
そう感じるマレアでした。

予定になかった二人の来訪に、ロリョートは何があったのかと警戒しました。

マレアは、ウィレオと対面した経緯を順を追って話し、この場を離れて一足先
にマセノアへ向かうと告げました。

そういう事なら、とロリョートとセッツァも異議を唱える事なく、マレアたち
を送り出すのでした。

この時、ロリョートは元よりセッツァにも、とげとげしい雰囲気は感じられま
せんでした。

マスグも安心して旅立てるというものです。

リグ・テーテで捕まった日を境に、彼らの溝も少々埋められたのかもしれない
とマレアは思いました。

そしてマレアとマスグは再び東を向き、マセノアを目指しました。




 リグ・テーテではラスゼンが腕を組み、考え込んでいました。

オデリン学校より戻ってきたユスデノから、捕えた盗賊三人のうち、二人がす
ぐに釈放されたと聞かされたからです。

ちなみに、マレアやヤッヴ、レシモスの存在についても初めて知りました。

子供たちの事はいいとして、盗賊が投獄されたその日に自由になるなど、聞い
た事がありません。

「あまり深く考えるな。

盗賊たちの事は、既に裁判所へ引き渡したのだから、俺たちが
どうこう言う話でもない。

適当にやっておけばいい。」

「いいや、それはいけねえ。

話が話だ、ウィレオに頼まれるまでもなく、調べなくちゃ
ならないよな。

いいぜ、この件は俺が責任を持って引き受ける。」


ラスゼンは胸を張りました。

ですが、ユスデノの表情はやはり晴れぬままです。

「そうか。

だが、いつもみたいに無茶に突っ込むなよ。

俺たちのような私設軍隊は、政府に好かれている訳じゃない。

向こうはいつでも上げ足を取ろうと躍起になってるんだからな。」

「分かってるよ、それ位。

チゴネス様に迷惑がかからんよう、気を遣えばいいんだろ?」


リグ・バーグ政府が自分たちの縄張りから貴族階級を排除しようとしている
今、チゴネスがリグ・テーテに置いた特殊遊撃隊もまた、厄介者なのです。

これ以上政府に嫌われるような真似をすると、チゴネスともども、ユスデノた
ちも取り返しのつかない事態に追い込まれてしまうでしょう。

それを踏まえたうえでラスゼンが自らの助手として選んだのは、リアンとオッ
タです。

少年兵の中では年長者であるリアンは慎重派で、オッタは馬の早駆けを得意と
しています。

二人とも、ラスゼンに選ばれたことで、気持ちが高揚しているようです。

ラスゼンたちは、ともかくリグ・ウトートへ急ぎました。

ユスデノからの注意は肝に銘じているものの、正面からぶつからなければ始ま
らない、そう考えたラスゼンは裁判所で話を聞く事にしたのです。




ロリョートたちの件を担当したのは、レグリドムというリグ・ウトート常駐の
裁判官です。

レグリドムは盗賊に関する裁判の経験が豊富で、ラスゼンとも面識がありまし
た。

裁判所は四階建てで、一階と二階に大小合わせて五つの裁判室があります。

三階は倉庫、四階に裁判官の書室があります。

担当がレグリドムと知った故、なおさらラスゼンは不思議に思いました。

今回の件、手違いがあったとは考えられません。

リアンとオッタを扉の近くに立たせ、ラスゼンはレグリドムと向き合って座り
ました。

「部下まで連れてくるとは、一人で手に負えぬ話なのか?」


まるで心当たりもなさそうなレグリドムの態度に、ますます不信感が募ります。

ラスゼンからの話を聞いた彼は、少々首をひねりました。

「ロリョートとセッツァの二人は、盗賊と言いつつ卵も卵、
悪事の一つも働いておらんと聞いておるぞ?」

「いや、そんなはずは…」

「もう一人、スロンゼルという男の裁判は、明後日に行われる予定だ。

第一裁判室でやるぞ。

何しろ他の二人に比べて、我が国の脅威となりうる存在だからだ。

一番罪が軽いとは、到底納得できん話だ。」

口をぽかんと開けたのはラスゼンです。

マスグから聞いた話とは、まるで違うからです。

「待ってくれ、ロリョートとセッツァ、つまり既に釈放された
二人は、筋金入りの盗賊だぞ?

スロンゼルがあの二人より罪が重いとは、それこそ信じられん。」


ぎろり、とレグリドムはラスゼンを睨みつけました。

その程度で臆する彼ではありませんが、反論が過ぎたのかと考えました。

「まあ、その、俺もスロンゼルという男とは
“山羊と牧場”という店で一度会っただけだ。

だから、どんな人物までかは想像の域を出ないよな。

ロリョートとセッツァに対しても、然りだ。」

「取り調べをしたのはユスデノとなっておるではないか。

同じ隊にいるくせに、何も聞いておらんのか?」

確かに、彼には覚えがありました。

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