第十三章「初陣」【15】
一番驚いているシノンを筆頭に、みんなが凍りついたように固まっています。
「だ、だめよ、ワイミー。そんな事を言っちゃ…」
「今日のワイミーはいつもと違うわね。変よ…」
「変なのはあなたよ、ウィレオ。」
病室の外ではユスデノが静かにこのやり取りを伺っていました。もしもカロエンがワイミーに対して不快感を露わにしたら、その時は彼女を助けてやらねばならないと思っていました。
「どうしてもっと甘えないの?わがままを言ってもいいのよ、お父様に、お母様に、お姉さまたちに。結婚したらこれまでみたいには会えなくなってしまうわ。言いたい事があるのに黙ってリグ・バーグへ行ってしまうつもりなの?!」
「ワイミー。」
彼女の名を呼んだのはサマナでした。低く落ち着いた声でした。ワイミーとサマナの間に割って入ったのはシノンです。
「お待ちください、奥方様。この子ったら今日はどうにもおかしくて。いつもはこんなんじゃないんですけど、たまにこうなってしまうの。だから…」
「いいのよ、シノン。わかっているわ。」
母に目で合図をされたノセアは、お付きの者の名を呼びました。お付きの者たちは二人で何か大きな箱を運んできました。その箱のふたを開けてから、お付きの者たちは下がっていきました。そしてサマナはその箱の中からある物を取り出しました。それを見てウィレオは息を呑みました。彼女の目の前に掲げられた物、それは真っ白なドレスでした。
「これをあなたに、と思って作っていたの。服飾職人に任せておけばもっと早く完成したのでしょうけど、私はどうしても自分の手で作りたくてこんなに時間がかかってしまったの。」
「私に、白いドレスを…?」
その白く輝くドレスは袖の無いロングドレスです。胸元は大きく開いていて、その周りにはこれも真っ白な宝石がふんだんに散りばめられていました。シノンとワイミーはこれまで見たどんなドレスよりもきれいだと思い、目を見張りました。最高のドレスを作るには、まず素材が必要です。手触り、光沢、伸縮性、どれが欠けてもいけません。そのような生地はマセノア国内ではめったにお目にかかれず、隣の国のバドニアから取り寄せたのです。その生地に満足したサマナは、早速型取りから自分で始めました。奥方からドレスを飾る宝石をと乞われ、カロエンも動きました。美しい生地にも負けない白さの宝石をと、カロエンはマセノアの東の隣国、コルスまで自ら買い付けに赴きました。そこにはさらに東の国・ティティオから入ってきた、海で取れるという白い宝石があるのです。カロエンはその宝石を持って、急ぎサマナの元へ戻りました。カロエンが留守の間、領主の職務をやりくりしたのは姉のターニムとノセアです。彼女たちは共に家族をもつ身でありながら、歳の離れた愛しい妹のため、故郷でその手腕を発揮したのです。彼らが今日までウィレオのところへ来てやれなかったのは、ひとえにこのドレスを完成させるためだったのです。
「ウィレオ、寂しい思いをさせてしまって悪かったわね。本当にごめんなさい。」
「私、一人でいるのが嫌だったわ。誰もいない所でおかしくなってしまいそうだったの。私…私、き、嫌われているんだと思ってた…」
声を詰まらせ、鼻をすするウィレオを、ターニムが優しく抱き寄せます。
「バカなお姫様ね。この何日もの間、みんなあなたの事だけを考えて働いていたのよ。あなたが隣の国へ行ってしまうのは私たちも寂しいのよ。だからできるだけの事をしてあげようと思ったのよ。」
立ち尽くすシノンとワイミーの前に、サマナが跪きました。
「ごめんなさい、奥方様。私ったらとんでもない失礼な事を言ってしまって…」
「いいのよ、あなたの言う通りなのだから。本当なら私もウィレオといっしょにいるべきだったの。でも、ウィレオにはどうしても白いドレスを着せてあげたいと思ったのよ。この子は小さい頃は白いドレスが大好きで、毎日のように着ていたわ。でも、ちょっとしたすれ違いが原因で黒いドレスしか着ないようになってしまったの。きっと自信を失ってしまったのね。だからもう一度白いドレスを着て自信を取り戻して欲しかったのよ。」
すでに涙が止まらなくなっていたウィレオの横にカロエンが座りました。
「サッテリとの結婚を決めたとき、お前には少し早いかもしれないと思ったのは事実だ。しかし、リグ・テーテのチゴネス殿は大変立派な人格者で、その息子サッテリも同様だと思った。ここだけの話、ターニムとノセアが嫁いだ先は経済的に決して楽ではなく、二人ともとても苦労している。お前にはそんな思いをさせたくなかった。お前に幸せになってもらいたい、それが私の幸せであり、その決断は間違っていないと信じているよ。」
シノンとワイミーが見ているのに、ウィレオは声を上げて泣き出しました。体中が温かくてたまりませんでした。
ちなみに、ウィレオが嫌っていた白花・赤蜜・黒蜂館の名前の由来は、カロエンの祖父アーロイの自伝に記されている祖父自身の言葉によるものです。白い花はマセノアの最北部にのみ群生する、“霜払い”という霜に負けない強い花を指しています。赤い蜜は東部、コルスとの国境付近によく見られる“健やかなる”という意味の名の花から採れる蜜のこと。この赤い蜜は酸味が強く、これを毎日食している人々は長生きするといわれています。最後の黒蜂は南星領の隣、大天領で最も多く生息する大きな蜂の事です。この蜂は自分の巣を守るため、違う種類の蜂や別の虫を相手にたとえ一匹になっても最後まで戦う雄々しい蜂。
「白花のごとく咲き誇り、赤密のごとく健やかなれ、さすれば黒蜂のごとく勇敢たりうるであろう。」
アーロイは若者の頃、マセノアの各地を放浪したといわれています。そこで見つけた自然の産物を称え、この言葉を残しました。ですから決してウィレオが思っているような、カロエンの三姉妹のことを例えた名前ではないのです。
「ねえ、ちょっと待ってよ。それじゃあ私が赤いってこと?どうして私が赤い顔なのよ、ウィレオ!」
そう言ってノセアは顔を真っ赤にして怒り、みんなの笑を誘っていました。
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