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第十三章「初陣」【12】

それからシノンの病室へ行くと、彼女は元気な姿を見せてくれました。もしかしたら二度と母親と会えなくなっていたかもしれないのに、彼女はウィレオを助けようとしたのです。
「あなたって、何て無茶な人なの。」
「お父さんにも叱られたわ。でも、友達を助けようとした事はちょっとだけ褒めてくれたの。」
「そうね、シノン…あなたのおかげで助かったわ。」
「私は何もできなかったわ。あなたを助けたのはキオなのよ。」
「キオだって、友達のあなたがいるから来てくれたのよ。やっぱり、あなたのおかげだわ。」
「キオは誰が困ってても助けてくれるわ。パティンはどうだかわからないけど。」
「パティンもあなたを助けるために頑張ってくれたじゃない。」

炎の中に取り残された彼女たちを救うため、金の大馬車を使おうと提案したのはパティンでした。彼はまず一人で馬車の元へ走りました。ここを警備していた少年兵の姿は見当たりません。パティン一人でこの大馬車を動かす事は無理でした。そこへワイミーから話を聞いたルイルが駆けつけました。ですが、やはりルイルでもこれだけ多くの馬を操るには手間取ってしまいます。そして二人の元へ馬を飛ばしてインザが現れたのです。始めにインザはこの二人が大馬車に何か悪さでもしようとしているのだと思いました。しかし事情を聞き、インザも協力することになりました。インザはたった一人で多くの馬を見事に御し、白花・赤蜜・黒蜂館まで大馬車を走らせてきたのです。途中で見かけた少年兵たちにも協力を仰ぎ、急ぎマットを集めて屋根にくくりつけたというわけです。
「誰だって一人で何でもできたりしないのよ。でもみんなで力を合わせればなんだってできるわ。」
「そうかしら?」
「そうよ。だから素直にパティンのことを認めてあげなさいよ。」

シノンが口を尖らせているのは、自分を追って火の海に飛び込んできたのがパティンではなかったということ。ウィレオの言う事もわからなくはないのですが、やはりどうにも気に入らないのでした。ウィレオはミロアに会った事をシノンには言いませんでした。シノンだって苦しい事を胸に秘めて必死にこらえているのだとわかったからです。みんなは体を張って命がけで自分を救ってくれたのに、それを忘れてわがままを言ってはいけないのだとウィレオは思いました。ミロアの事についてはシノンが自分から言わない限り、ウィレオも知らぬ振りをすることにしました。姫様の思いを知ってか知らずか、ワイミーは彼女にそっと寄り添いました。

    

インザとソマの二人は、大至急ラスゼンの元へ向かいました。ウィレオの身に降りかかった災難の詳細を知らせるべく。二人がリグ・テーテに到着したのは真夜中でしたが、ラスゼンは寝室から飛び起きてきて話を聞きました。事件の顛末まで聞き終えると、ラスゼンはいきなり立ち上がってチゴネスの寝室へ歩いていきました。彼がこの屋敷で怒り狂った事はインザも聞いていたので、ラスゼンが何かするのではないかと後を追いました。
「チゴネス様…」
一方自分の寝室で眠っていたチゴネスは、自分を呼ぶ声を聞いて目を覚ましました。すりガラスの筒に入ったろうそくの明かりがぼんやりと灯っているだけで、部屋は暗く誰の姿も見えません。夢でも見たのかともう一度寝ようとしました。
「チゴネス様ぁ…」

ブルッと寒気をおぼえて窓のほうへ目を向けると、そこには人が立っているではありませんか。窓から差し込む月明かりのせいでその者の姿は真っ黒な影となり、顔はわかりません。
「誰だ…」
「おわかりでしょう、チゴネス様。」

そう、チゴネスにはそれが誰か、ちゃんとわかっていたのです。震えの止まらない体が自分の身に迫っている危機を教えてくれています。
「ムルテア…ムルテア、こんな時間に…どうやって入ってきた?!」
「そんな事を知ったところで、腹の足しにもなりゃしませんよ。」

人を呼ぼうにも、体が言う事をききません。まるでベッドの上に鎖で縛り付けられてしまったようです。
「何の…用だ…?」
「何の用ですって?!ずいぶんと冷たい事をおっしゃるじゃありませんか。こっちは命がけであなた様との約束を果たそうとしたのに。」

チゴネスは自身の短刀を枕もとの引き出しにしまってあるのですが、それを手にすることさえできません。一言、一言、声を絞り出すように話すのが精一杯でした。
「お前はいったい何をしたのだ?…ま、まさか…まさか…」
「今となってはそれもどうでもいい事。今肝心なのはあなた様の心変わり、私への裏切り…!」
ムルテアの影は憎悪の塊と化していました。
「金か、金が欲しいのか?!だったら…」
「お黙りなさいな。お金などでは私の心はもう慰められやしません。私が欲しいのはあなた様の命だけ…!!」

黒い影の中に白い光がきらめきました。影の腕が上がった時、その手に握られていたのは血の色をした短剣でした。

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