第十三章「初陣」【10】
シノンの小さな体が宙を舞い、見事シーツの中へ落ちました。また気を失いそうなシノンを引っ張り降ろし、再びシーツが広げられました。しかしウィレオは目覚めません。キオは床に転がっていた椅子を窓の下まで持ってきました。それからウィレオを背負いましたが、やはり体がよろめいてしまいます。ドクも心配そうにしています。
行けるか?
「大丈夫。」
なら急げ。もう時間がないぞ。
炎は彼らを取り囲むように燃え広がっています。恐る恐る椅子に上がり、窓から飛び降りる地点を確認しました。
「姫は無事か?!」
キオの後ろにウィレオの顔が見え、ユスデノは焦った声を上げました。キオは落ち着いて頷き、それがユスデノを平常心に戻したのです。
「来い、キオ!」
ウィレオの重みがキオの体を痺れさせました。
思い切り、行け!
ドクの後押しでキオはシーツに向かって真っ逆さまに落ちていきました。ばさっと音がして、キオとウィレオはシーツに受け止められました。キオはしっかりとウィレオを抱えて離しませんでした。
「大丈夫か?!」
「ウィレオ姫は気絶したままです。それにまだドクが…」
その瞬間、彼らの頭上がかあっと熱く輝きました。キオたちが飛び降りた窓から激しい炎が噴き出したのです。すぐに真っ黒な煙が吐き出され、窓の辺りは何も見えなくなってしまいました。
「ドク…」
「いったい誰なんだ、ドクとは?」
ドクが犬であることをわかっていないユスデノは、炎に巻き込まれたであろう彼を気の毒に思いました。
「おい、何であんなところに…」
大馬車の屋根の上にいる男性の一人が何かを見つけたようです。彼が指差したのは金の大馬車を挟んだ、白花・赤蜜・黒蜂館の向かいにある旅館の屋根の上でした。そこに目を向けたキオはほっとした笑顔を浮かべました。同じようにユスデノもそちらに視線を投げましたが、彼はあっ気に取られました。
「どうなってる、あいつは…?」
「ドクです、僕の友達です。」
向かいの旅館の屋根に立っているのはドクでした。彼の体は炎に焦げることも黒煙に汚れることもありませんでした。その白い体を輝かせ、驚く人々を見下ろしていました。
「お前たちはまったく、どれだけ俺を驚かせるんだ?」
すぐにウィレオは病院へ運ばれましたが、命に別状は無くみんなを安心させました。シノンも同じくケガ一つありませんでした。白花・赤蜜・黒蜂館は焼け落ち、金の大馬車もぼろぼろになりましたが、犠牲者は一人も出ませんでした。ただ後のインザの証言によれば、あの“鳥”にはオーゲが乗っていたようで、彼が無事であるとはとうてい考えられません。そしてこの南星領の姫君を救った少年と犬の事は、偉大なるアーロイ市で瞬く間にうわさとなって伝えられたのでした。
偉大なるアーロイ市を見下ろすようにそびえる小高い丘の上から下りてきた数人の者たちは、“鳥”を飛ばした集団でした。彼らは“鳥”が役目を果たすのを見届け、隠れていた洞窟を塞いでから急いで下りてきたのです。ところがその途中、彼らの周りで笛の大きな音が鳴り響きました。彼らが脚を止めて警戒すると、その行く手を阻むように特殊遊撃隊の面々が姿を現しました。その先頭にはユスデノ、少し下がってインザ、彼に隠れるようにソマがいました。
「お前たちをウィレオ姫襲撃の犯人として拘束する。おとなしくしろ!」
ユスデノがそう言い放つと、集団の中から一人の女が出てきました。見る限り十四、五歳の娘のようです。インザにはあの女のように見えましたが、そうでないようにも見えました。娘は怯えた目をしていました。
「お待ちください。私たちはただリグ・テーテのチゴネスに頼まれただけなのです。どうかお見逃しください。」
哀願する彼女を見据え、ユスデノはこう言いました。
「残念だったな。チゴネスの息子サッテリは改めてウィレオと結婚する事を約束した。チゴネスはお前たちに人殺しを頼んだ覚えはないと言っている。金のために人の命を奪おうとしたお前たちをかばってくれる者は誰もいないぞ。」
その途端、女の顔ががらりと変わりました。それがインザの見た女の顔でした。その顔はもう娘とは呼べず、三十歳を越えているように思われました。
「あのじじいめ…裏切りやがったね…!」
忌々しいとばかりに歪んだその顔は、ユスデノさえも目を見張りました。
「お前たちは…“流浪の民”なのか?」
「だったら…どうなんだい?」
「古森の地下に隠れていたのもお前たちなのだろう?!」
「古森?さあ、知らないねえ…ばらばらになっちまってるからねえ、私たちは。おおかた別の奴らだろうよ。」
「他にもいるのか?!」
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