第十三章「初陣」【1】
どんよりと曇ったフェリノア王国の空の下、草がまばらにしか生えていない地平を走る二頭の馬がいます。馬にはそれぞれ一人ずつ男が乗っていました。一人はヤスブ・ワイゼルン、もう一人はレゴノートン・ノートニアスです。彼らは勇敢なバド国の騎士です。彼らがフェリノア王国を駆け抜けているのには理由がありました。彼らと共に旅をしてきたイオニーネ・デイロウという女性を追っているのです。彼女はフェリノア兵に連れ去られ、フェリノアの本城へ移送されているのです。なぜ、そうなってしまったのか。元々は祖国バドを救うためでした。フェリノア兵が連れ去ろうとしていたのは、実のところマレア・サグという十六歳の少女でした。イオニーネはマレアの身代わりとなったのです。もちろんフェリノア兵はそのことを知りません。もしもその事が彼らにばれてしまったら、イオニーネはどんな目に遭うかわかりません。そうなる前に、ヤスブとレゴノートンの二人は彼女を救い出そうとしているのです。レゴノートンは彼女の事を愛しています。結婚の申し込みもしました。その彼に対し、イオニーネの返事は無事にバドへ帰ることができたら結婚をするというものでした。しかしイオニーネはレゴノートンに結婚を申し込まれる前から、マレアの身代わりにフェリノアへ行く事がわかっていたのです。無事に祖国へたどり着く事はありえないとわかっていてのことだったのです。それがレゴノートンには悲しくありました。何しろ遠まわしに断られたのですから。だから彼はイオニーネを無事に救い出し、あらためて結婚の約束を交わすつもりでいるのです。一方ヤスブは彼女に対して大きな罪を背負っていました。彼女をマレアの身代わりにさせようと企んだのはヤスブだったのです。始めからそのつもりでイオニーネを旅の一員に加えたのです。ヤスブはそうすることがバドを救う事になるのだとイオニーネを説き伏せ、彼女もまたそれを信じました。始めはそのことを知っていたのはヤスブとイオニーネの二人だけでした。しかしその計画はやがてノドモスに、スロンゼルに、トーレンに知られる事となりました。計画が発覚した事はかえって都合がよくなったとヤスブはその時思いました。しかしそれは結果的にノドモスを死に追いやる事になるのです。そうしてようやくヤスブはこの計画そのものが間違いだったと気づくのです。だから彼はレゴノートンといっしょにイオニーネを救おうとフェリノアの大地を走っているのです。しかしレゴノートンはこの計画を知らなかったため、ヤスブに腹を立てました。二人は今こうして共にいるのですが、ヤスブはレゴノートンとの間に深い溝があると感じていました。レゴノートンはあれから一度もヤスブと口をききません。彼は一人よりも二人のほうがイオニーネを救うのに有利だと思っているからヤスブといっしょにいるだけなのです。ヤスブも黙って彼に付いていくだけでした。
二人はやがてさびれた村に入りました。イオニーネを連れた一行の足取りを掴むためでした。二人はこの村に一軒だけある宿屋へ向かいました。ここでレゴノートンは有力な情報を手にすることができました。四日ほど前、一人の女を連れた十数名の兵士が村に立ち寄ったというのです。レゴノートンはそれがイオニーネだと確信しました。さらに詳しく聞くと、その一行は次に北東の褐塩樹の町を目指すという事もわかりました。レゴノートンは急いで馬に飛び乗り、褐塩樹の町を目指しました。ヤスブもあとから続きます。太陽がヤスブたちの頭上を越えました。そして夕方が近づいたころ、二人は褐塩樹の町にたどり着きました。レゴノートンは宿屋や酒場などを片っ端から回り、イオニーネの事を聞いてみました。ところが、そのような集団を見たという情報は一つも手に入りませんでした。足取りがぷっつりと途切れてしまいました。これまでは一本道だった事と目撃証言を頼りに何とか彼らを見失わずにすんだのですが、これからは道は何本にも別れているので、どこへ向かえばいいのか見当もつきません。レゴノートンはがっくりと疲れ、酒場のカウンターでうなだれていました。知らないうちにヤスブの姿も消えてしまっていました。どこへ行ったのでしょう。ひょっとして帰ってしまったのでしょうか。あれだけ恨み憎んだ相手なのに、急にいなくなられると心細くなってしまいます。こんな事ならもっと話し合っておけばよかったと後悔しました。イオニーネを救うためならこの命をも懸けると意気込んでいた彼でしたが、今はただ疲れていました。少しだけ、ほんの少しだけ、もう帰ってしまおうかという考えが彼の脳裏をかすめました。
その時、彼の隣にどかっとヤスブが座りました。彼は店主に強い酒を二つ注文しました。レゴノートンはなぜか後ろめたくて顔を上げられません。泣きたいほど、ほっとしているのに。
「この町の東側にもう一本細い道があり、そこからさらに東のほうに小屋が建っている。小屋には老人が一人で住んでいた。」
ふいにヤスブが話し始めました。レゴノートンはうなだれたまま聞き耳を立てています。
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