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第七章「古森騒動」【6】

「すごい!じゃあコリー村のみんなは喜んでたんだね!」
「そうだとも。それよりキオ、今度はお前の話を聞かせてくれないか。シノンのお母さんを助けたんだろ?」
「う、うん。」

キオは迷いました。父に長のことを言うべきかどうか。今にして思えば、キオはゴルに野犬についての話をしたり、また聞いたりしたことはありませんでした。だからゴルが野犬に対してどう思っているかがわからず、長のことを信じてくれるかも不安でした。
「どうしたんだ?」

キオはくっと顔を上げました。
「お父さん、あのね…」
キオは始めから話し出しました。ミロアを病院へ連れて行ったこと、途中真っ暗になった古森で長に助けてもらったこと、長の声が聞こえたこと、軍隊が来たら野犬たちが殺されてしまうこと、そして長を探して夜中に古森に入ったが長に追い返されてしまったこと、全てです。ゴルには信じがたい内容もありました。道案内とか、長に怒られたとか、それはキオがそう感じているだけに過ぎないのかもしれません。でも、キオの目を見て、息子は嘘はついていないとゴルは思いました。
「偶然かもしれないが長の後を付いていったら森を出られたのだから、それは長に感謝しなくちゃいけないな。」
「偶然じゃないよ、目が合ったんだ。」
「わかった、わかった。それと、そうだな…きっと長はキオが古森で危ない目に遭わないように追い返したんじゃないかな。例えばキオの言うとおりに野犬が人を襲わないとしても、森の中には危険なことはいっぱいある。長はキオのことを心配したのかもしれないな。」
「僕、長が殺されるなんていやだよ。どうしたらいいの?」

ゴルは困りました。古森で人の死体がいくつも見つかっていることはゴルも聞いています。もしそのことで軍隊が出てきたらゴルにも止められません。
「もう一度、長に会って話してみたほうがいいのかな?」
ゴルには犬が人の話を理解できるとは思えませんでした。ましてや犬が人の言葉を離すなんてとても考えられません。そしてそのためにキオがまた長を探して夜の森に入っていくことが心配でした。皮肉なものです、前はあんなに夜や森を怖がっていたというのに、今ではキオはそこへ自ら向かっていくようになりました。かといってこれ以上キオを夜の森へ行かせるわけには行かないのです。
「長は賢い犬なんだろ?だったら、軍隊がやってきて自分の身の危険を感じた時は、自分から森を出て行くんじゃないのかな。お父さんはそう思うよ。それから、もう夜中に古森に行ってはいけないよ。出ないとまた長に怒られてしまうからね。」

結局、キオの不安は解消されないままでした。日が沈み、外では雨が降り出しました。マシュル家は夕食を取り、それが終わるとそろそろ子供たちの寝る時間になりました。その時、雨音に混じって玄関の扉を叩く音がしました。
「ゴル、俺だ。グレニーだ。ちょっとここを開けてくれ。」

グレニーはルイルの父親です。ゴルは鍵を外して扉を開けました。雨に濡れたグレニーは真剣な面持ちで家の中へ足を踏み入れました。
「まずいことになった。ディスマンさんのところのヒャトンじいさんが帰ってきていないんだ。」
「ヒャトンじいさんが?彼はどこに行ったんだ?」
「それが、ラムラス村らしいんだ。おそらく古森を通って…」

キオは激しく動揺しました。悪い予感がしてなりませんでした。

           

「ヒャトンじいさんは自分の薬をもらうためにラムラス村のメリソン先生のところへ行ったんだが、この時間になっても一向に戻ってくる気配が無いそうだ。」
「ラムラス村へ行ったのはいつごろなんだ?!」
「ディスマン氏の昼食の後だ。じいさん本人は夕方までには戻るといって出かけたそうだ。」
ヒャトンじいさんが帰ってこないという知らせは瞬く間に村人みんなの知るところになりました。
「ひょっとしたら古森で野犬に襲われたんじゃないかと思うんだが…」

ゴルはキオをちらっと見ました。キオは瞬きもせずゴルを見ています。
「グレニー、憶測でめったなことを言うもんじゃない。何か事情がラムラス村に残っているのかもしれんぞ。」
「しかし何の知らせも無いというのはおかしいぞ。」

ヒャトンじいさんはこの村でディスマン氏が一番信頼している人物です。例えばゴルの言う通りにラムラス村に残らざるをえない理由があったにせよ、ディスマン氏に連絡をしないということなど考えられないのです。

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第七章「古森騒動」【5】

その日の夜のことです。家のみんなが寝静まってから、キオはこっそりとベッドを抜けて部屋の窓から外へ出ました。手には松明を持っています。目立ってはいけないのでまだ火はつけていません。夜空には月が大きく浮かんでいました。キオは月明かりを頼りに村を走り抜け、古森の入り口で火種石を使って松明に火を灯しました。本当なら、夜に森に入るなんて事は大人でもあまりしません。キオにとってみても数日前までは考えられないことでした。しかも一人で。松明を掲げて森の中へ入ったキオは、そのまま森の奥へと進んで行きました。もう夜も森も怖いなんて言ってられませんでした。森の中は静かです。パティンの言うように、長は他の野犬たちといっしょに古森を出て行ってしまったのでしょうか。それを確かめるまで、彼は長に会うことをあきらめられません。森の中は風の音も無く、松明の火が燃える、ぱちぱちといった音が聞こえるだけでした。あまり視界が利かない分、キオは耳に神経を集中させました。一瞬、何か別の音が聞こえたような気がしました。キオはその方向を松明で照らしてみました。でも、何も見えません。すると今度は少し違う方向からがさっと落ち葉を踏みしめる音がはっきりと聞こえました。近づいてきている、キオはそう思いました。でも、彼は何か胸騒ぎを覚えました。足音は徐々に大きく、そしてたくさん聞こえてきました。ただ、姿はまるで見えません。松明で照らしても、その先には暗闇が広がっているだけです。彼はおぼろげに、犬じゃないかもしれない、と感じました。
「誰?」

キオは思い切って声を出しました。足音がぴたっと止まりました。
「誰かいるの?長なの?!」

でも返事は無く、何かの気配を感じつつも、キオは再び静寂に包まれました。すると、足音のした方とは反対の方から何か近づく音が聞こえてきました。それは先ほど聞こえた足音とは違い、小刻みで軽やかでした。キオはそちらに目を向けました。突然、暗闇の中から白い塊が飛び出してきました。キオは驚いて後ろに飛びのき、尻餅をつきました。キオにはそれがすぐ長だとわかりました。長はふわっとキオの横を飛び越えました。そして、先ほど足音のしていた暗闇に向かって威嚇するような低い声で唸りました。それからすぐに見えない気配が消えました。キオは立ち上がって長を見ました。その後姿は大きくて、この前見たときよりももっと白く透き通っているかのようで、松明の火に照らされたその体は輝いて見えました。

キオは声も無く長を見つめました。すると、長はゆっくりと顔を後ろに向けました。でも、その顔は怒っていました。いえ、顔だけではなく、全身に怒りをまとっているかのようでした。その白い毛並みは逆立ち、顔を低く下げ、キオに対しても唸っているのです。
「ねえ長、聞いて。僕、長に会いたくて…」

長は口の端を引き上げ、牙をむき出しにしました。今にも飛び掛らんばかりです。
「長、今大変なんだ。長や仲間の犬たちも殺されちゃうかもしれないんだ…」
長はキオにじりっと詰めてきます。キオが一歩後ろに下がると、長は一歩前に出ました。
「やめて…」

そして長は一回大きく吼えました。キオはわあっといいながらくるっと回って逃げ出しました。そのまま一目散に森を出て村に戻り、自分の家のベッドに飛び込みました。ベッドにもぐったキオは悲しくなりました。せっかく助けてあげようとしているのに、長はその気持ちをわかってくれません。キオは毛布を頭からかぶりました。

          

それから数日が過ぎました。学校の帰り道、キオは森へ行こうと言わなくなっていました。あまり元気もありません。パティンがどうしたのか尋ねても、何でもないと答えるだけです。ルイルにもどうしたらいいのかわかりません。キオはとぼとぼと家へ帰ってしまいました。パティンとルイルは顔を近づけてささやきました。
「どうしたんだろう、何かあったのかな?」
「家でしかられたんじゃないのか?森にばっかり行ってるから。」
「やっぱり、森に行ってることがばれるとしかられるのかな…?」
「パティン、お前言ってないだろうな?」
「い、言ってないよ。言うわけないじゃないか。」

キオが家の扉を開けると、そこにはゴルの姿がありました。
「お父さん、帰ってたの?!」
「ああ、ついさっき帰ってきたところだ。コリー村の作業が大体終わったから、俺もようやくお役御免と言うわけだ。」
コリー村は火事の前とほぼ同じ状態に近づいていました。これで無事に作物を育てることができそうです。コリー村の人々は白森や赤土の人々にとても感謝しました。

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第七章「古森騒動」【4】

キオはきっと強い子になれるはず、そう予感するシアでした。そして古森に着いたキオたちは、早速野犬たちを探し始めました。ところが、探すといっても実際どうやって探したらいいのかわかりません。何か良い考えが無いか三人は思案しました。始めに口を開いたのはルイルです。
「犬って賢いんだろ。だったら呼んだらその辺から出てくるんじゃないか?」
「呼ぶって、どうやって呼ぶの?」
「そりゃ当然“野犬やーい”とか“おーい、野犬”しかないだろ。」

パティンは鼻で笑いました。
「それはちょっとおかしいんじゃない?野犬はきっと“野犬”と呼ばれてるなんて知らないはずだよ。」
「パティンはいつもあれはだめこれもだめって言うだけだな。たまには自分でいい案を出してみろよ。」
「いい案っていっても、“おーい”とか“やーい”とか…」
「それじゃあ俺の言ったままじゃんか!大したことも言えないのに口を挟むなよ。」

パティンはちょっとむくれました。見かねたキオがこう言いました。
「ねえ、けんかしながらじゃ見つかるものも見つからないよ。“野犬やーい”でも“おーい”でもいいから、とにかく大声で呼ぼうよ。そうしたらひょっとして出てきてくれるかもしれないよ。」
「あの…出てきたらどうすればいいの?」
パティンの素朴な質問は、キオをぴたっと凍りつかせました。そこまでは考えていなかったのです。キオはただ長に会いたい、それだけだったのです。
「と、とにかく見つけたら僕に知らせて!」

それから彼らは大声で野犬を呼びながら森の中を歩き回りました。それでも一向に野犬の姿を見つけることができません。そのうちに辺りが少し暗くなってきました。
「もう帰ろうよ。そろそろ夜になっちゃうよ。」
「パティンとルイルは先に帰っていいよ。僕はもうちょっとだけ探してから帰るから。」
「え…!だめだよ、いっしょに帰ろうよ。真っ暗になったら帰れなくなっちゃうよ。」
「その前には帰るから大丈夫だよ。」
「今日のところはあきらめて帰ろうぜ、キオ。」
「でも…」
「暗くなったらまた長が出てきてくれると思ってるの?」

パティンの指摘にキオはどきっとしました。
「やっぱり、明るいうちは出てきてくれないと思うんだ。だから少しでも暗くなったら出てきてくれるような気がするんだよ。」
これにはルイルがあきれました。
「本当にそんなこと考えてるのか?出て来るかどうかわからないのに。もし出てこなかったらどうする気なんだよ?!ここに泊まるのか?松明だって無いんだぞ!」

結局二人に説得される形で、キオもいっしょに帰りました。キオは心の中では、真っ暗になったら必ず出てきてくれるはずだと信じていました。今度からは念のために松明を持ってこようと思いました。とにかく見つかるまで探そうと決意するキオでした。それから毎日、彼らは古森で野犬を探し続けました。学校が休みの日などは一日中森の中にいました。それでも、野犬の姿どころか、鳴き声すらも聞こえてこないのです。パティンとルイルは既にあきらめかけていました。
「こんなに探しているのに見つからないなんて、どうなってるんだ?」
「ひょっとしたら古森にはいないのかもしれないね。例えば、別の森に引っ越したとか…」
「犬が引っ越すなんて話、聞いたこと無いぜ。」
「例えばなんだから怒らないでよ。」
「じゃあ、他にも例えばって話しあるんだろ?言ってみろよ。」
「そんなに急には出てこないけど…人が怖いとか。」
「犬は人間を怖がったりしないよ。」
パティンの推測にキオが反論しました。
「でも、軍隊が来たら野犬はみんな殺されちゃうんでしょ?犬は賢いんだから自分たちに危害を加える人間がいることも知ってるはずだよ。だから怖いって思ってるかもしれないよ。」
「そんな…」

森を見渡しても、動物の気配すら感じられません。
「でもさ、もし引っ越したんならいいんじゃないか?それで軍隊に殺されることもなくなったわけだし。なあ、キオ?」
確かにルイルの言うとおりです。でも、キオには長がいなくなったなんて信じられませんでした。いえ、信じたくありませんでした。

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第七章「古森騒動」【3】

「おお、そうかね。犬は元々賢いんだが、その中でも長は頭抜けて賢いという話を聞いたことがあるからなぁ。」
「ヒャトンさんは僕の話を信じてくれるの?」
「もちろんさ。長は他の犬とは違う。何か特別な力を持っている、私はそう思うね。」

ヒャトンさんはそういってウインクしました。長のことを褒められたのが、キオは自分のことのようにうれしく思いました。
「ヒャトンさん、野犬たちが軍隊に殺されちゃうって、本当なの?」
ヒャトンじいさんは驚きました。
「誰からそんな話を聞いたんだね?」
「お兄ちゃんから…」

キオはルドから聞いた話をそのまま彼に話しました。
「ふうむ、なるほど。それはあっても不思議じゃない話だな。しかし軍隊が簡単に動くということも無いだろうて。何か動きがあったらディスマン様のところにも情報が入るだろうし。」

ヒャトンじいさんの話を聞いて、キオは少しだけ安心しました。でも、それは完全に否定された言葉ではありません。ルイルとパティンは黙ってキオの様子を見ていました。どうして彼がこんなに野犬のことを気にかけるのか、それが二人にはよくわかりませんでした。ヒャトンじいさんの部屋を出て、セーロとツォノに別れを告げて、彼らはディスマン氏の邸宅を後にしました。帰りの道すがら、ルイルはこんな事を言いました。
「明日から古森に行って野犬を探そうぜ、キオ。」

キオはえっという顔をしてルイルを見ました。
「昨日の白い犬のことが心配なんだろ?だったら探してみればいいじゃないか。」

会いたいと思うだけでは何も始まらない、探すという行動を起こさなければ。キオは自分のすべき事がはっきりとわかって、目の前が明るくなったような気がしました。
「当然パティンも手伝うよな?」
どうしてわざわざ野犬を探しに何て行かなくちゃならないのか、野犬はやっぱり自分たちを食べてしまうんじゃないか、そんな考えがパティンの頭の中を駆け巡りました。でも、今は友の心配を取り除いてあげる時なのです。
「い、いいよ…ちょっと怖いけど。」
「よし、決まりだ!明日から捜索活動開始だ。」
「あ、でもちょっと待って…シノンの農園の仕事がまだ残ってるんだけど。」

せっかく気分が盛り上がったところに水を差され、ルイルはうんざりした表情でパティンをにらみました。
「ああ、ああ、そうだな。うんうん、パティンの言う通りだよ。まずシノンの農園の仕事を終わらせて、それから長を探しに行こうぜ。」

         

翌日から彼らは大忙しでした。日の出と共に目を覚まし、子供三人だけですが、シノンの農園で作業をしました。彼らには別の大事な目的があり、そのためにもこの農園での作業を一日でも早く終わらせる必要がありました。ですから、彼らは学校に行くまでの間、大人顔負けの働きをしました。ありがたいことに、彼らが学校に行っている間、隣の農園からノークさんが手伝いに来てくれました。彼はディスマン氏に頼まれてやってきたのです。でも彼はもともとデムを手伝おうと思っていたので、喜んで引き受けてくれました。
「前に俺から助けてやると言ったんだが断られちまってね。よそ様に助けてもらわなくってもちゃんとやっていけるとさ。そうは言われたが、その後も何かと気にはかけていたんだ。だが間が悪いことに、ミロアが倒れた時には俺もコリー村に行ってしまってたんだよなぁ。何もしてやれなくて残念だったよ。ただ今回はディスマン氏じきじきのご依頼があったんだ。それならデムにも文句はあるまい。」
そう言ってノークはこの後、デムが帰ってくるまでの間の作業等々、全てを彼が責任を持って執り行うということになりました。キオたちも学校が終わってからノークを手伝い、その二日後には冬を迎える前の作業がとうとう終わりました。そして翌日、キオたちはさらに早起きをして古森へ向かいました。そのことを聞いて一番驚いたのはキオの母・シアです。始め彼女は自分の息子が言ったことを真に受けることができませんでした。キオが古森へ行くことをようやく理解できた時、実はうれしくて笑ってしまいそうでした。でも彼の真剣なまなざしを見て、笑ってはいけないと必死にこらえたのです。
「まさかあの子が自分から古森に行くと言うなんて…」
後にシアはゴルに対してそう話しました。ゴルが白森の丘へキオを連れて行ったことは間違っていなかったということです。

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