第七章「古森騒動」【1】
翌日、デムはミロアとシノンをつれて“偉大なるアーロイ”市へ向かいました。彼は今までのことを二人に謝り、これからはまじめになると誓いました。サグ家親子を見送り、三人の子供たちはルドとアッケといっしょに白森の村へ帰りました。ルドはキオたちに森に入るぞ、大丈夫かなどと冗談交じりに脅かしましたが、昨日のことを思えば朝の古森など何でもありません。パティンはまだ少し眠たそうで、ルイルは兄のアッケに昨晩のことを得意気に語っています。キオはルドと話をしながら森の木々の間をうかがっています。彼は長の姿を探していました。長はキオたちを食べるどころか、助けてくれました。その時の長の姿が彼の脳裏に焼きついています。長の体は大きく真っ白で、走る姿はシノンの言うとおり飛んでいるようでした。地面を蹴って手足を伸ばした時、長の体は確かに浮いていて、そのまま真っすぐ前に進んでいったのです。でも、ルドはキオの話を信じようとはしませんでした。
「野犬が道案内をしたなんて話、聞いたことが無いよ。キオは夢でも見たんだな。」
「そんなことないよ。ルイルもパティンも、シノンだって見たんだから、夢なんかじゃないよ。」
「そうか、わかったぞ。みんな夜の森が怖くてそんな幻が見えたんだ。野犬がただ走ってるだけなのに、怖いからそんな化け物じみたことをしているように見えたんだ、そうに違いないよ。」
アッケがぽんと手を叩きました。
「思い出したぞ、確か『クンナと呪術師』って童話にそんなのがあったよな。森を案内してもらったんだよ。あれは猫だったけど。」
「長は化け物なんかじゃないよ。それにもう森も野犬も怖くないんだからね。」
でも結局ルドには信じてもらえませんでした。野犬が人を襲って食べたりしないなんて話も、ルドは端っから信じていませんでした。
「お兄ちゃんは野犬が人を食べるところを見たことがあるの?!」
「見たことは無いけど、獣に食べられた跡のある死体が見つかったのは事実なんだ。古森には野犬のほかには草しか食べない小さな動物ばかりだから、犯人は野犬に決まってるよ。」
「そんな死体が見つかったなんて話、聞いたことが無いよ。お兄ちゃんは夢でも見たんだよ。」
キオはさっきのルドを真似しました。ルドは少しむっとしました。
「その話はラムラス村で聞いたんだ。森とか山の中とかで死体が見つかったらみんなそっちへ運ばれることになってるからな。それに一人や二人の話じゃないぞ、毎年大勢の人が古森で死んでるんだ。」
「そんな風に死んじゃった人、本当にいるの?」
「白森の村ではいないな。白森の人間は夜に古森に入るような馬鹿な真似はしないけど、旅をしている人やラムラス村の人は野犬なんてお構い無しに入っちゃうんだよな。そして野犬に食べられるんだ。だからラムラス村じゃあ、領主様に掛け合って何とかしてもらうように頼んだって話だぜ。」
「何とかって何?何をするの?!」
キオの声が大きくなり、パティンが驚いて目を覚ましました。
「大声出すなよ。おそらく軍隊がやってきて、野犬狩りをするんじゃないのかな。」
「野犬狩りってどういうこと?犬たちを殺しちゃうの?!」
「そりゃそうさ、殺さなきゃ意味ないよ。生かしておいたらまた人を襲うんだから。」
キオ派もう兄の話を聞きたくありませんでした。でもルドの話には続きがありました。
「領主様に頼んだのはおととしの中ごろなのに、今まで一度だって兵隊どころか、領主様のところから使いの者一人も来やしない。どうせこんな田舎の人間が死んだってどうでもいいと思ってるんだよ、カロエン様は。」
カロエンは南星領の領主です。白森の村やラムラス村もこの南星領に属しています。何か村で問題が起こり、それが村だけでは解決できない時は領主様に相談することになっています。だからよほど大きな問題でない限りはそこの住民だけで取り組まなければならないのです。キオの顔が青くなりました。ルドはキオをちょっと脅すだけのつもりだったようですが、キオには深刻な話にしか聞こえませんでした。今は誰も来ていなくても、いつか軍隊がやってきたら野犬たちは皆殺しにあうのです。それはもちろん長も含めてです。
「で、でも本当に野犬がやったのかどうか判らないのに野犬狩りをしても意味無いと思うけど。」
キオの様子を見かねたパティンが口を挟みました。でもルドとキオに注目され、彼は視線を足元へ向けました。
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