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第七章「古森騒動」【2】

「だって、もし犯人が野犬じゃなかったら、野犬がいなくなった後でも死んじゃう人が出るってことでしょ?もしそうだったら野犬がかわいそう…」
「俺のせいじゃないぞ、そんなの。文句があるならラムラス村の連中に言えばいいんだ!」
ルドが少し怒った声を出したので、パティンは小さくなりました。
「ラムラス村の人に言えば、野犬狩りはなくなるの?」
「そんなこと知るもんか。もういいから黙ってろよ。」

ルドはそれ以上キオの話を聞く気はないようでした。ルイルはいつの間にかアッケに体を預けて眠っていました。パティンは心配そうにキオの様子をうかがっています。キオの頭の中は野犬たち、特に長のことでいっぱいになりました。とにかくもう一度長に会いたいと、彼は強く思うのでした。

            

白森の村に帰ってきたキオたちを出迎えたのは、彼らの母親でした。父親たちはまだコリー村から帰っていないようです。パティンの家には母親と祖母しか残っておらず、だから彼を迎えに来る者がいなかったのです。キオはシアに抱きしめられました。彼女は何も言いませんが、キオはなんとなく悪いことをした、という気持ちになってしまいました。
「心配かけてごめんなさい、お母さん。」
シアは彼を抱きしめたまま首を横に振りました。
「謝ることなんて無いわ、あなたはとてもいい事をしたんだから。シノンのお母さんを助けてあげたんですもの。お母さん、とてもうれしいのよ。お父さんが帰ってきたら一番に教えてあげなきゃ。」
「お父さん、怒らないかな?」
「怒るもんですか!きっとあなたのことを褒めてくれるわ。よくやった、えらいぞってね。」

キオは何だかむずがゆくなりました。子供たちはめいめいの家に帰っていきました。
「そういえば、ヒャトンさんはどうなったの?腰が痛いって言ってたんだけど。」
「ヒャトンさんなら大丈夫よ。腰はたまに痛くなるからしょうがないんだって。しばらく休めばよくなるって言ってたわよ。心配なら後でお見舞いにでも行ってらっしゃいな。」
「うん。」
「ディスマンさんにもちゃんとお礼を言うのよ。馬車を貸してくださったんですからね。」
「うん、わかった。ちゃんと言うよ。」

昼を過ぎてからキオたち三人は、馬車を返すためにディスマン氏の邸宅へ向かいました。屋敷に着くと家政婦のセーロが笑顔で出迎えてくれました。
「まあ、小さな英雄様たちのお帰りだわ!あなたたち、無事に仕事を成し遂げたのね。ルドから話は聞いてるわ。ディスマン様もたいそうほっとしていらっしゃるのよ。さあ、みんな中へ入って。」
三人はセーロに促されるまま屋敷の中へ入りました。キオはセーロに尋ねました。
「あの、ヒャトンさんの腰の具合はいかがですか?」
セーロは明るく微笑みました。
「心配いらないわ。いつものことなのよ。今は自分の寝室で動けずにいるけどね。」

それからキオたちはセーロに案内されて二階に上がり、ディスマン氏の書斎に通されました。三人の姿を見たディスマン氏は顔をほころばせました。それから三人は昨日のことを詳しくディスマン氏に語って聞かせました。長に道案内されたことを除いて、彼らは全て話しました。
「なるほど、“偉大なるアーロイ”市の病院ならミロアをしっかりと治療してくれることだろう。デムとシノンもしばらく向こうで暮らせばいい。彼の農園の事は誰か他の者に任せるとしよう。」

ディスマン氏に労をねぎらわれ、三人は書斎を後にしました。一階へ下りて来た三人はヒャトンじいさんの部屋へ向かいました。彼はベッドに横になっていて、顔だけを三人に向けてにっこりとしました。そこで三人はヒャトンじいさんにも昨日のことを話しました。ヒャトンじいさんは話を聞きながら、笑ったり、驚いたり、表情をころころと変えながら彼らの話に聞き入りました。
「残念だよ。本当なら私も野犬の姿を拝めるところだったんだなぁ。」
「だめだね。大人は馬車を速く走らせることができるから、暗くなって野犬が出てくる前に森を出ちゃうよ。」
「おお、それもそうだ。ではどっちにしても私は野犬に出逢うことはできなかったか。」
「ヒャトンさんは野犬に会いたかったの?」
「そうともさ!私は別にあいつらを怖いとは思ってないからねぇ。私にはあいつらが悪いことをするなんてとても思えないんだよ。」

そこでキオは思い切ってヒャトンじいさんに長の話をしました。彼の後を付いていったら森を抜けられたことをヒャトンじいさんに話したのです。

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第七章「古森騒動」【1】

翌日、デムはミロアとシノンをつれて“偉大なるアーロイ”市へ向かいました。彼は今までのことを二人に謝り、これからはまじめになると誓いました。サグ家親子を見送り、三人の子供たちはルドとアッケといっしょに白森の村へ帰りました。ルドはキオたちに森に入るぞ、大丈夫かなどと冗談交じりに脅かしましたが、昨日のことを思えば朝の古森など何でもありません。パティンはまだ少し眠たそうで、ルイルは兄のアッケに昨晩のことを得意気に語っています。キオはルドと話をしながら森の木々の間をうかがっています。彼は長の姿を探していました。長はキオたちを食べるどころか、助けてくれました。その時の長の姿が彼の脳裏に焼きついています。長の体は大きく真っ白で、走る姿はシノンの言うとおり飛んでいるようでした。地面を蹴って手足を伸ばした時、長の体は確かに浮いていて、そのまま真っすぐ前に進んでいったのです。でも、ルドはキオの話を信じようとはしませんでした。
「野犬が道案内をしたなんて話、聞いたことが無いよ。キオは夢でも見たんだな。」
「そんなことないよ。ルイルもパティンも、シノンだって見たんだから、夢なんかじゃないよ。」
「そうか、わかったぞ。みんな夜の森が怖くてそんな幻が見えたんだ。野犬がただ走ってるだけなのに、怖いからそんな化け物じみたことをしているように見えたんだ、そうに違いないよ。」

アッケがぽんと手を叩きました。
「思い出したぞ、確か『クンナと呪術師』って童話にそんなのがあったよな。森を案内してもらったんだよ。あれは猫だったけど。」
「長は化け物なんかじゃないよ。それにもう森も野犬も怖くないんだからね。」

でも結局ルドには信じてもらえませんでした。野犬が人を襲って食べたりしないなんて話も、ルドは端っから信じていませんでした。
「お兄ちゃんは野犬が人を食べるところを見たことがあるの?!」
「見たことは無いけど、獣に食べられた跡のある死体が見つかったのは事実なんだ。古森には野犬のほかには草しか食べない小さな動物ばかりだから、犯人は野犬に決まってるよ。」
「そんな死体が見つかったなんて話、聞いたことが無いよ。お兄ちゃんは夢でも見たんだよ。」
キオはさっきのルドを真似しました。ルドは少しむっとしました。
「その話はラムラス村で聞いたんだ。森とか山の中とかで死体が見つかったらみんなそっちへ運ばれることになってるからな。それに一人や二人の話じゃないぞ、毎年大勢の人が古森で死んでるんだ。」
「そんな風に死んじゃった人、本当にいるの?」
「白森の村ではいないな。白森の人間は夜に古森に入るような馬鹿な真似はしないけど、旅をしている人やラムラス村の人は野犬なんてお構い無しに入っちゃうんだよな。そして野犬に食べられるんだ。だからラムラス村じゃあ、領主様に掛け合って何とかしてもらうように頼んだって話だぜ。」
「何とかって何?何をするの?!」

キオの声が大きくなり、パティンが驚いて目を覚ましました。
「大声出すなよ。おそらく軍隊がやってきて、野犬狩りをするんじゃないのかな。」
「野犬狩りってどういうこと?犬たちを殺しちゃうの?!」
「そりゃそうさ、殺さなきゃ意味ないよ。生かしておいたらまた人を襲うんだから。」

キオ派もう兄の話を聞きたくありませんでした。でもルドの話には続きがありました。
「領主様に頼んだのはおととしの中ごろなのに、今まで一度だって兵隊どころか、領主様のところから使いの者一人も来やしない。どうせこんな田舎の人間が死んだってどうでもいいと思ってるんだよ、カロエン様は。」

カロエンは南星領の領主です。白森の村やラムラス村もこの南星領に属しています。何か村で問題が起こり、それが村だけでは解決できない時は領主様に相談することになっています。だからよほど大きな問題でない限りはそこの住民だけで取り組まなければならないのです。キオの顔が青くなりました。ルドはキオをちょっと脅すだけのつもりだったようですが、キオには深刻な話にしか聞こえませんでした。今は誰も来ていなくても、いつか軍隊がやってきたら野犬たちは皆殺しにあうのです。それはもちろん長も含めてです。
「で、でも本当に野犬がやったのかどうか判らないのに野犬狩りをしても意味無いと思うけど。」

キオの様子を見かねたパティンが口を挟みました。でもルドとキオに注目され、彼は視線を足元へ向けました。

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第六章「野犬の長」【15】

「みんなありがとう。私、この気持ちをどうしたらいいかわからないから、みんなに熱いキスをしてあげる!誰からがいい?」
三人はぎょっとして首を振りました。
「お、俺はいいから。パティン、お前がしてもらえよ、俺の分も。」

パティンは真っ赤になりました。
「え…ぼ、僕もいいよ。今日はキオが一番頑張ったから、キオがしてもらえばいいんじゃない?」

キオは目を丸くして息を呑みました。
「いや、僕は大丈夫。大して頑張ってないから。そんなことしてくれなくてもいいよ。」
「やあねぇ、みんな照れ屋さんなんだから!いいわ、今日のキスはとっておいてあげる。だからキスがしたくなったらいつでも私に言ってね!」

笑っているのはシノンだけでした。

         

子供たちは疲れて病院のベッドでぐっすりと眠っていました。そこへデムとルド、ルイルの兄・アッケがやって来ました。デムは顔面蒼白です。メリソン先生は寝ているところを起こされたのでほとんど目を閉じながら、デムにミロアの容態について話しました。
「…シノンには本当のことは言っておらんよ。今回の発作は病気がかなり進行しているという証拠だな。これからもこの発作は起こるよ。そして発作の起こる間隔が短くなってきたら、いよいよだと思いなさい。」
メリソン先生はゆっくりと、丁寧に話しました。デムは愕然としました。
「そんな…先生、妻の病気を治す方法は無いんですか?」

先生は少し考え、そして首を振りました。
「今までできるだけのことはやってきた。だがどうにもならん。発作を抑える薬も無い。無理に仕事なんかせずに安静にしておれば、発作が起きるのはもっと後だったかもしれんが…」
「ミロアは根っからの働き者なんで、私が寝ていろと言っても農園に行ってしまうんですよ。」
メリソン先生はデムに向かって顔を突き出し、彼をぎろっと睨みました。
「お前さんがだらしないからじゃないのかね?」
先生は明らかに怒っていました。デムは何も言えず、先生から目をそらしました。
「白森の人らは噂しておるよ。お前さんは大して働きもせずに飲んだくれているそうじゃないか。病気のミロアと、あんなに小さいシノンにだけ仕事をさせてな!ミロアは無理をせざるをえんかったんじゃないのかね。」

デムは両手で顔を覆いました。
「ああ、私は何てことを…私は欲に目がくらんで大切な娘を手放してしまいました。私はそのことで何をするにも億劫になってしまい、挙句に酒に逃げたのです。お許しください、もう二度とこのようなことはいたしません。ですからメリソン先生、どうか妻をお助けください。」
「謝る相手が違っておるな。だが、まあいいだろう。…それ、こいつを受け取りなさい。」

先生は一通の封筒をデムに差し出しました。デムは顔を上げ、封筒を手に取りました。デムは封筒をしげしげと眺めました。封筒の表には<ヨンロン先生へ>とだけ書かれています。
「先生、これは一体…?」
「中身はミロアの紹介状だ。それを持って明日にでも“偉大なるアーロイ”市の私立病院にいるヨンロン先生を訪ねなさい。」
デムにはどういうことかわかりませんでした。
「こんな小さな病院では治療にも限界がある。そう思って私はヨンロン先生にミロアの病気について助言を求めたことがあるんだ。だがそこでもミロアの病気を直す方法は無いらしい。ヨンロン先生はミロアが発作を起こしたらうちに入院させろと言ってくれたよ。あそこの私立病院なら、ここよりも少しはましな治療ができるはずだ。ヨンロン先生は人柄も大変素晴らしいお人だ。医者としての腕も私が太鼓判を押そう。安心して任せられる医者だよ。」

先生の顔は少し優しくなりました。
「でもミロアの病気は治らないのでしょう?」
「確かにその通りだ。それでもここにいるよりはいいはずだ。医者がこんな事を言うのはいかんのだろうが、彼ならきっと一日でも長くミロアの寿命を伸ばしてくれるに違いない。後はミロアをゆっくりと休ませてやることだけだ。」
しばらく間があいてから、デムは泣きはじめました。口を手で押さえましたが、それでも声が漏れていました。メリソン先生はデムの肩に手を置いて、こう言いました。
「デムよ、まじめに生きなさい。ミロアはまじめに生きておる、シノンだってそうだ。お前さんが一所懸命に働くことが家族に安らぎを与え、支えにもなるのだぞ。」
デムは涙を流しながらうなづきました。病室の子供たちは、ルドとアッケに見守られて、何も知らずに眠っています。とにもかくにも彼らは古森を通り抜けることができました。心なしか、彼らの寝顔も誇らしげです。

             ― 第六章 完 ―

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第六章「野犬の長」【14】

「僕のこと、呼んだ?」
「え?呼んでないよ。それよりキオ、前を見てよ。」

キオは長を見ました。まさか、と彼は思いました。長が自分の名前を呼んだのかと一瞬考えました。でも犬が人の言葉を話すなんてありえない、と妙な発想を振り払いました。
…ォ。

今度はさっきよりもはっきりと聞こえました。それも耳ではなく頭の中で聞こえたのです。長が自分に話しかけ、犬の言葉がわかり…長は自分の名前を知っていた、その全てが驚きでした。
「野犬だ!」
ルイルが叫びました。キオは我に返りました。シノンも長の姿に気づきました。
「すごい、何だか飛んでいるみたい。」
「キオ、早く逃げて!」

パティンが声を引きつらせながら言いました。でも、キオは今どこを走っているのかわらなくなっていました。ひょっとして道を外れてしまっているのかもしれません。前も後ろも、左も右も、どこを見ても真っ黒な闇の中なのです。長がぐんっと走る速度を上げました。長は馬車を追い越しました。そして左斜めに走ってキオたちの乗る馬車の前に出たのです。キオは長の走る姿をじっと見ています。キオは長の走った後を付いていきました。そうすればいいのだ、と思いました。彼にはもはや何の不安もありませんでした。長が右に曲がっていけばキオも馬車を右に向け、長が左に曲がればキオも馬車を左へ走らせました。ルイルとパティンは野犬から無事逃げられるように祈るだけでした。それからどれほどの時間がたったのでしょう、彼らの視界は突然月明かりの元にさらされました。古森を抜けたのです。キオは左右を見渡し道を間違えていないことを確認しました。
「やった、俺たち森を出られたぞ!」

ルイルが叫んでいます。ふと気がつくと、前を走っていたはずの長の姿がありません。キオはパティンに尋ねました。
「長がどこに行ったか知らない?」
「長って?」
「さっき僕たちといっしょに走っていた犬だよ。見なかった?」
「知らないけど…きっと僕たちが森を出たから食べるのをあきらめて帰っていったんだよ。」

      

「長は僕たちを食べる気なんて最初っからなかったんだ。だって僕たちを森の外まで案内してくれたじゃないか。」
「キオ、何でさっきからあの犬のことを長って呼んでるんだ?」
「ホリシカさんが教えてくれたんだ。」
「ホリシカさんって、どこの人?」
「白森の丘に住んでいるおばあさんだよ。ホリシカさんはちっとも怖くなくて優しいし、野犬だって怖がる必要ないんだよ。」

それから、馬車は真っすぐな一本道を進みました。やがてその先に明かりが灯っているのが彼らの目に入りました。
「あ、あれ見て!ラムラス村だ。」
彼らはようやくラムラス村に到着しました。ミロアは相変わらず苦しそうで、彼らは急いで村の病院へ向かいました。村病院のお医者さん・メリソン先生は夕食の途中でしたが、すぐにミロアの治療をしてくれました。子供たちの心配をよそに、メリソン先生はさほど切羽詰った様子ではありません。メリソン先生はシノンに向かってこう言いました。
「なぁに、心配は要らんよ。少し熱は高いが命に別状はなさそうだ。よく効く注射を打っておいたから、安静にしていれば明日の朝までには熱も下がるだろう。」
シノンはほっとして顔を崩しました。
「今夜は君たちもここに泊まっていきなさい。明日、帰ればいいから。」

パティンがキオに小さな声で尋ねました。
「ねえ、僕たちお父さんやお母さんに黙って来ちゃって、後で怒られたりしないかな?」
「そうだね、きっと心配してるかもしれないね。」
「怒られるわけないだろ、俺たちいいことしたんだから。」
「うん、大丈夫だよ。ディスマンさんがこのことを知ってるからお父さんたちにも話してくれてると思うけど。」
「でも僕、この前もすごく怒られたし…」
「じゃあ私からちゃんと言ってあげる、パティンのことをあんまりしからないでって。」

からかっているのではなく、シノンは感謝の心からそう言ったのです。

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