第六章「野犬の長」【14】
「僕のこと、呼んだ?」
「え?呼んでないよ。それよりキオ、前を見てよ。」
キオは長を見ました。まさか、と彼は思いました。長が自分の名前を呼んだのかと一瞬考えました。でも犬が人の言葉を話すなんてありえない、と妙な発想を振り払いました。
…ォ。
今度はさっきよりもはっきりと聞こえました。それも耳ではなく頭の中で聞こえたのです。長が自分に話しかけ、犬の言葉がわかり…長は自分の名前を知っていた、その全てが驚きでした。
「野犬だ!」
ルイルが叫びました。キオは我に返りました。シノンも長の姿に気づきました。
「すごい、何だか飛んでいるみたい。」
「キオ、早く逃げて!」
パティンが声を引きつらせながら言いました。でも、キオは今どこを走っているのかわらなくなっていました。ひょっとして道を外れてしまっているのかもしれません。前も後ろも、左も右も、どこを見ても真っ黒な闇の中なのです。長がぐんっと走る速度を上げました。長は馬車を追い越しました。そして左斜めに走ってキオたちの乗る馬車の前に出たのです。キオは長の走る姿をじっと見ています。キオは長の走った後を付いていきました。そうすればいいのだ、と思いました。彼にはもはや何の不安もありませんでした。長が右に曲がっていけばキオも馬車を右に向け、長が左に曲がればキオも馬車を左へ走らせました。ルイルとパティンは野犬から無事逃げられるように祈るだけでした。それからどれほどの時間がたったのでしょう、彼らの視界は突然月明かりの元にさらされました。古森を抜けたのです。キオは左右を見渡し道を間違えていないことを確認しました。
「やった、俺たち森を出られたぞ!」
ルイルが叫んでいます。ふと気がつくと、前を走っていたはずの長の姿がありません。キオはパティンに尋ねました。
「長がどこに行ったか知らない?」
「長って?」
「さっき僕たちといっしょに走っていた犬だよ。見なかった?」
「知らないけど…きっと僕たちが森を出たから食べるのをあきらめて帰っていったんだよ。」
「長は僕たちを食べる気なんて最初っからなかったんだ。だって僕たちを森の外まで案内してくれたじゃないか。」
「キオ、何でさっきからあの犬のことを長って呼んでるんだ?」
「ホリシカさんが教えてくれたんだ。」
「ホリシカさんって、どこの人?」
「白森の丘に住んでいるおばあさんだよ。ホリシカさんはちっとも怖くなくて優しいし、野犬だって怖がる必要ないんだよ。」
それから、馬車は真っすぐな一本道を進みました。やがてその先に明かりが灯っているのが彼らの目に入りました。
「あ、あれ見て!ラムラス村だ。」
彼らはようやくラムラス村に到着しました。ミロアは相変わらず苦しそうで、彼らは急いで村の病院へ向かいました。村病院のお医者さん・メリソン先生は夕食の途中でしたが、すぐにミロアの治療をしてくれました。子供たちの心配をよそに、メリソン先生はさほど切羽詰った様子ではありません。メリソン先生はシノンに向かってこう言いました。
「なぁに、心配は要らんよ。少し熱は高いが命に別状はなさそうだ。よく効く注射を打っておいたから、安静にしていれば明日の朝までには熱も下がるだろう。」
シノンはほっとして顔を崩しました。
「今夜は君たちもここに泊まっていきなさい。明日、帰ればいいから。」
パティンがキオに小さな声で尋ねました。
「ねえ、僕たちお父さんやお母さんに黙って来ちゃって、後で怒られたりしないかな?」
「そうだね、きっと心配してるかもしれないね。」
「怒られるわけないだろ、俺たちいいことしたんだから。」
「うん、大丈夫だよ。ディスマンさんがこのことを知ってるからお父さんたちにも話してくれてると思うけど。」
「でも僕、この前もすごく怒られたし…」
「じゃあ私からちゃんと言ってあげる、パティンのことをあんまりしからないでって。」
からかっているのではなく、シノンは感謝の心からそう言ったのです。
| 固定リンク
「小説」カテゴリの記事
- 第八章「ノドモスのカケラ」【3】(2008.12.02)
- 第八章「ノドモスのカケラ」【2】(2008.11.26)
- 第八章「ノドモスのカケラ」【1】(2008.11.20)
- 第七章「古森騒動」【24】(2008.11.14)
- 第七章「古森騒動」【23】(2008.11.08)
トラックバック
この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/144927/41450521
この記事へのトラックバック一覧です: 第六章「野犬の長」【14】:

コメント