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第六章「野犬の長」【9】

だからこそ、父の心配が苦しくもありました。二人はドクの墓に花を供え、小屋に戻ってホリシカばあさんに別れを告げてから墓地を後にしました。丘を下り、白森を抜けて村に帰りついたとき、キオは村の景色を新鮮な気持ちで眺めていました。ずっと長い間、村を離れていたような気持ちになっていました。命がけで自分を産んでくれた母のことを思いました。でもそろそろ夕方です。キオは父といっしょにそそくさと家へ帰りました。

          

白森の村の南の門を出たところには、東西へ続く道が伸びています。東へ行くとコリー村、西へ行けば赤土の村に辿り着きます。先日、コリー村で事件が起こりました。火事です。村の北西で起こった火事は瞬く間に燃え広がり、コリー村の農園を襲いました。燃えてしまった作物の木は、コリー村の全農園にある木の三分の一に当たります。農園を全て失ってしまった家もあり、コリー村は大変な事態となりました。そこで近隣の村々が立ち上がりました。燃え落ちた木を排除し、新しい木を植えるため、各村の男たちがコリー村の手伝いをする事になったのです。新しい木は白森の村や赤土の村、その他の村から少しずつ持ち寄って植え替えるのです。作業の準備は急いで進められました。キオやルイル、パティンの父親たちもコリー村へ出かけていきました。デムも二日酔いの頭を押さえながらふらふらと出かけていきましたが、やはり昼過ぎになるとこっそりコリー村を抜け出し、白森の村へ帰ってきて酒場にこもってしまいました。シノンはそのことを隣人から聞かされ、顔が熱くなるほど恥ずかしく思い、涙が出そうになるほど悔しい思いをしました。白森の村の農園では、肥料をカリスの実のなる木の根本に埋める作業がほとんどの家は終わっていました。終わっていないのは広大な農園を持つ家と、サグ家の農園だけでした。ここ数日、シノンの母・ミロアの様態が思わしくなく、シノンは一人で作業をしていました。彼女の救いは、たまにパティンがやってきて、彼女を手伝ってくれることでした。パティンは決して仕事が速いわけではありませんが、ひたすら黙々と作業をしています。シノンはそんな彼を見て、とてもうれしく思いました。さらに今日は、キオも手伝いに来てくれました。
「きっとすぐに終わるよ、がんばろう!」
キオが一声かけると、二人にも力がわいてきました。ミロアは家から出られず、デムは酒場に行ったままでしたが、シノンは寂しさを忘れることができました。翌日になるとミロアがよたよたと農園までやってきました。キオとパティンの二人が手伝ってくれていると聞いて、ミロアは寝てばかりもいられないと思ったのです。サグ家の農園には久しぶりに活気が戻りました。みんなの明るい声が飛んでいます。

コリー村ではゴルたちが懸命に作業をしていました。しかし作業は思ったよりも難航していました。一番の原因は人の集まりがよくないことでした。“白森”や“赤土”からはそれなりに人が集まっていますが、他の村々はコリー村からかなり離れたところにあり、はじめはやって着ていた人たちも徐々に来なくなってしまっていました。そこでゴルの提案により、有志の者はコリー村に泊まり込みで作業をする事にしました。ゴルは長男・ルドに家のことを任せました。

その翌日、サグ家の農園での作業中、キオはどこからか人の気配を感じました。少し後ろの木々の間からこっちを見ているようでした。なんとなくその気配に心当たりがあったキオは、気づかれないように視界をその方向へ広げました。どうやら彼が思ったとおりの人物がいるようです。彼はおもむろにその人物のいるほうへ走り出しました。その人物はそのことに気づいて逃げようとしました。
「待ってよ、ルイル!」
キオに名前を呼ばれ、その者は足を止めました。確かにルイル・フィスコです。パティンと言い争いをした後、口をきかない日が続いていたルイルは、気まずくて手伝いに来ることができずにいました。少し視線の定まらない彼に向かって、キオはこう言いました。
「みんなで頑張ってるんだけど、まだ時間がかかりそうなんだ。ルイル、よかったら手伝ってよ。ルイルがいてくれると助かるんだけどな。」

ルイルは口元を引き締め、何か考え事をしているようでした。
「ルイル、何か用事があるの?」
「別に無いけど…」
「よかった、じゃあこっちに来ていっしょにやろうよ。」

キオはルイルの手を取って農園の中央まで彼を引っ張っていきました。
「一人で行けるから離せよ、キオ。」

ルイルはキオの手を振り解き、きょろきょろと辺りを見渡しました。もしここでいきなりパティンと鉢合わせをしたら、何と言えばよいのか、心の準備がルイルにはできていませんでした。

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