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第六章「野犬の長」【12】

農園へ着くと、まだミロアは倒れたままでした。彼女は汗でびっしょりになり、時折苦しそうに顔を歪めています。シノンは泣き疲れたのか、母のそばに座ってぼう然としています。セーロが駆け寄り、ミロアの様子をうかがいました。セーロの目にも、彼女の具合は決して楽観できないことが見て取れました。シノンがセーロにすがりつきました。
「セーロ、お母さんどうなるの?死んじゃうの?!」
「大丈夫よ、シノン。もうすぐヒャトンさんが馬車に乗ってきてくれるから、そしたらお母さんをラムラス村の病院へ連れて行ってあげましょうね。」

白森の村から一番近い病院はラムラス村にあります。ラムラス村へ行くには古森を通っていくのが近道です。すぐにヒャトンじいさんがやってきました。
「馬車は農園の中まで入ってこれないので外に停めてきた。さあ、ミロアをそこまで運ぼう。」

ヒャトンじいさんはミロアをおぶって立ち上がろうとしました。ところが、ヒャトンじいさんは突然うめき声を上げて動かなくなってしまいました。どうやら腰を痛めてしまったようです。仕方なくヒャトンじいさんはそのままにして、セーロがミロアを背負いました。セーロは女性ながらその大きな体格に見合った力の持ち主で、病気でやせこけているミロアを担ぐのはわけないようでした。
「始めからこうすればよかったんだわ。ヒャトンさん、少しお待ちになってくださいね。」
ヒャトンじいさんは中腰のまま右手を上げ、彼らを見送りました。
「頼んだぞぉ。」
セーロはミロアを馬車に乗せ、それからシノンをひょいと持ち上げ、彼女も馬車に乗せてあげました。そして、セーロはキオたちに向かってこう言いました。
「さあ今度はあなたたちの出番ね。馬車は扱えるんでしょ?」
三人は目が点になりました。
「ぼ、僕たちが乗っていくの?セーロさんは…」
セーロは首を横に振りました。
「私はヒャトンさんを助けてあげなくちゃならないから、いっしょには行けないわね。」
キオたち村の子供は小さいうちから馬車の動かし方を教わっています。でも、彼らの不安はそのことではありません。古森を通らなければならないのです。
「今、村の男たちはみんなコリー村へ行ってしまって誰もいないのよ。あなたたちしかいないわ。どうかシノンのお母さんを助けてあげて。」
シノンは目を真っ赤に腫らして三人を見ています。パティンは彼女のほうを見れませんでした。さすがのルイルも古森に入ることだけはためらわれました。キオは思い出していました。白森の丘のホリシカばあさんが言っていた、古森の野犬はみだりに人を襲ったりはしないという言葉を。
「ルイル、パティン、ラムラス村へ行こう。」

いつも、決めるのはキオなのです。ルイルとパティンは驚きました。
「馬車で走れば大丈夫だよ。暗くなる前に古森を抜けられるよ、きっと。シノンのお母さんを病院へ連れて行ってあげなくちゃ!」
「無理だよ、すぐに暗くなっちゃうよ。」
「それに夜じゃなくても野犬が襲ってくるかもしれないんだぞ。」
「野犬たちは人を襲ったりしないって言ってた。」
「誰が?」
「とにかく急ごう。二人とも後ろに乗って。僕が馬車を動かすから。」

キオは馬車に乗り、手綱を持ちました。パティンはシノンを見ました。シノンはずっとパティンを見ていました。彼は馬車に乗り込みました。ルイルは仕方なく、それはもう本当に仕方なくといった様子で馬車に乗りました。そして馬がゆっくりと歩き出しました。セーロは彼らに手を振って見送りました。彼らが少しでも早くラムラス村に着けるように祈りました。それから彼女は固まってしまっているヒャトンじいさんを助けに行きました。

           

ルイルは空を見上げました。空は黄色が濃くなって、夕方が近いことを示していました。村はやけに静かです。それもそのはず、この二、三日は男だけではなく女も大勢がコリー村に出向いているのです。彼女たちの役割はもっぱら炊き出しです。キオの母・シアも今日はコリー村へ行っています。村に残っているのは大半が子供と老人です。五人を乗せた馬車は少しずつ速度を上げていきました。それでもルイルはじれったくてたまりません。
「おいキオ、もっと速く走らせろよ。遅くなっちゃうぞ。」
「これ以上速くはできないよ。僕はこれが精一杯なんだ。お父さんだったらもっと速く走らせることができるけど。」

それはルイルにとっても同じこと、子供の力では手綱を御することはとても大変なのです。
「このまま走っていけばきっと間に合うよ。落ち着いて、ルイル。」
パティンがやけに冷静でした。それがルイルにはかえってしゃくに障りました。
「そんなことわかってるよ。でもこのままなら間に合うってことは、このままじゃなかったら間に合わないってことだろ?!」

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