第六章「野犬の長」【11】
「わからない。」
「わからないって!じゃあどうして走り出したんだよ?」
「呼ばれた…」
「誰に?」
「…わからない…」
「何もわかってないじゃないか!それなのにどうして走ったりしたんだよ?」
「本当に何もわからないけど、誰かに呼ばれた気がしたんだ。」
キオが二人のところへやってきて、二人の間に割り込みました。
「またけんかしてるの、こんどは何?」
「僕、こうしてられないよ、行かなくちゃ。」
パティンは再び走り出しました。キオも彼の後を追いました。
「何でキオまで行くんだよ、勝手に行かせればいいだろ!ほっとけよ。」
「でも気になるんだ。とにかく行ってみるよ。ルイルはどうするの?」
ルイルは黙っていました。またキオのペースに乗せられそうで、それがしゃくに障りました。そうこうするうちにパティンの姿が小さくなっていきます。
「ルイルも後から来て!僕はもう行くよ。」
そう言ってキオはパティンの走ったほうへ向かいました。ルイルはぽつんと取り残されました。彼はひとりでここにいてもつまらないと思いました。彼はキオの走っていった方向へ走り出しました。
パティンはその光景を見たとき、頭の中が真っ白になりました。何が起きたのか容易には理解できなかったのです。彼の目の前には、背中をこちらに向けて倒れているミロアと、彼女に向かって泣き叫ぶシノンの姿がありました。パティンもまた、シノンと同様に最悪の事態が頭をよぎりました。それは後からやってきたキオとルイルも同じでした。三人の気配に気づき、シノンが顔を向けました。
「お母さんが死んじゃう、どうしよう!?」
ですが、この状況で子供たちだけでできる事はあまり多くありません。
「誰か大人を呼びに行ってくる!」
パティンが行こうとしたのを止めたのはルイルです。
「俺が行くよ。俺のほうが早く行ってこれるんだから。パティンはここにいろよ。」
「じゃあ僕も行く。」
ルイルとキオは走り去りました。パティンは泣いているシノンの横に座り、ミロアの様子を見ました。彼女はとても苦しそうです。ぜいぜいという声を聞いていると、こちらまで胸が締め付けられるようでした。
「大丈夫だよ、シノン。お母さん死んじゃったりしないよ。」
パティンにはそれだけを言うのが精一杯でした。何もできない自分をただ歯がゆく思うだけでした。キオとルイルはサグ家の農園を抜け出ました。
「どこに行けばいいんだ?」
ルイルは焦った声を出しました。キオの視界に真っ先に飛び込んだのは、大きなお屋敷の赤い屋根です。
「ディスマンさんの家に行こう!」
二人は一目散に駆け出しました。ディスマン氏の邸宅は四方を高い壁で囲まれています。出入り口は表と裏に門が一つずつあり、昼間は表門から誰でも自由に出入りができます。二人は表門から中に入り、正面の玄関へ続く道を走り抜けました。玄関の大きくて硬い扉を何度も叩き、ディスマン氏を呼び出しました。
「ディスマンさん、ディスマンさん、開けてください!」
しばらくすると扉がゆっくりと開き、中から使用人のヒャトンじいさんが顔を覗かせました。ヒャトンじいさんは二人を見てにっこりとしました。
「これはこれは、かわいらしいお客様だ。」
キオとルイルは息を切らして彼を見上げています。
「一体どうしたんだね?そんなに慌てて…」
「シノンのお母さんが農園で倒れたんです。助けてください!」
ヒャトンじいさんの表情がすっと変わりました。彼はパン、パンと大きく手を打ちました。
「セーロ、ツォノ、ちょっと来ておくれ!」
すると奥のほうから若い女性が二人、小走りでやってきました。二人ともディスマン氏の家政婦です。セーロは大柄で、セーロより少し背が低くやせているほうがツォノです。
「ヒャトンさん、お呼びですか?」
「ミロアが農園で倒れたそうだ。ツォノは旦那様にこのことを知らせなさい。セーロはこの子達と先に農園に行っておくれ。私は馬車に乗っていくから。」
ツォノはすぐにディスマン氏のいる二階へ上がって行きました。セーロはキオたちに向かってこう言いました。
「ミロアのところへ案内してください。」
キオとルイル、セーロの三人は農園へ急ぎました。
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