第六章「野犬の長」【6】
「キオ、昼食がすんだら墓地へ行こう。見せたい物があるんだ。」
「見せたい物って何?」
「お墓だ。」
「お墓?誰のお墓なの?」
「行けばわかるよ。」
そう言ってゴルは村のほうへ視線を落としました。ゴルはこれまでキオが見たことのない表情をしていました。それがキオにはとても不思議でした。昼食が終わり、二人は再び歩き始めました。少しすると、白い柵に囲まれた墓地が見えてきました。二人は墓地の中へ入っていきました。ゴルは真っすぐ歩いていきます。今の彼は森の中での彼とは違い、キオを振り返ることはしませんでした。ただひたすら急ぎ足で目的地に向かっていきました。キオは森を歩いた時より、さらに必死で父についていかなければなりません。キオは石につまづき、よろめいてしまいました。その拍子に肩から提げていた袋の口が開き、中に入っていた物が飛び出ました。キオは慌ててそれらを拾い集めました。ただ、ゴルはそのことに気づいていません。
「お父さん、待って…」
キオの言葉が聞こえなかったのか、ゴルはどんどん先へ進んでいってしまいました。キオが落ちた物を袋の中へ全部しまい終わった頃には、ゴルの姿はどこにもありませんでした。キオは走り出しました。でも走っても走ってもゴルの姿を見つけることができません。キオは父を探して右へ曲がったり、左へ曲がったりして走り続けました。ただどっちを見てもお墓ばかりなので、同じところをぐるぐる回っているような気がしてきました。そしてキオはとうとう走れなくなり、地べたに座り込みました。父とはぐれてしまい、彼は心細さでいっぱいでした。たくさん走ったための息苦しさが、彼の胸を余計に締め付けました。昼食時の涼しい風はぱたっと止まり、聞こえてくるのはぜいぜいという自分の激しい呼吸の音だけです。太陽はまだ高いところにありましたが、キオは古森にいたときのことを思い出しました。村人たちの墓が森の木々のように思われました。今にもあの墓と墓の間から野犬たちが飛びかかってくる様な気がしてなりません。父を呼ぼうにも声すら出ません。背後に何かの気配を感じました。じゃりっと土を踏みしめる音がします。こちらに近づいてきました。キオは振り返ることができませんでした。もし振り返り、そこに野犬がいたら、再びあの絶望を味わうことになるのです。足音はどんどん近づいてきます。ついにその音はキオの真後ろまでやってきて、ぴたりと止まりました。キオは目を見開き体を震わせながら、恐る恐る首を後ろへ向けました。それがすぐに犬だとわかり、キオはわあっと大きな叫び声を上げました。息子の悲鳴はゴルの耳にもかすかに届きました。彼はそこでようやくキオがついてきていないことに気がついたのです。ゴルは声のしたほうへ走り出しました。キオはお尻を地面にくっつけたまま後ずさりをしました。犬はこっちを見ています。犬は口を開け、舌を出し、よだれを垂らしています。この犬は自分を美味そうだと考えているに違いない、キオはそう思いました。犬の頭の後ろで何かがちらちらとしています。それは犬の尻尾でした。犬が尻尾を高く振っていたのです。きっと自分を食べることがとても嬉しいに違いない、キオはそう思いました。
「ぼ、僕なんか食べたって美味しくないぞ。あっちに行けよ。」
キオは手を振って追い払うしぐさを見せました。それを見た犬はキオに飛びかかりました。心臓が止まりそうでした。キオが身を硬くした途端、犬はキオに体当たりを食らわせました。キオはそのまま仰向けに倒れました。犬は彼の上にまたがりました。キオの頭の中は完全に混乱しました。彼は手足をばたつかせて犬をどかせようとしました。しかし犬はキオよりも大きかったのです。犬はキオの顔を舐めはじめました。尻尾はびゅんびゅん振られています。キオが落ち着くまでにいくばくかの時間がかかりました。犬はいつまでたっても彼に噛み付こうとはせず、ひたすら舐めるのみでした。ようやく違うと気づきました。
「ジャージャ、おやめ。」
それはしわがれた女性の声です。その声に反応した犬はキオを舐めるのをやめて、顔を後ろへ向けました。キオも犬と同じほうを見ました。キオと犬の視線の先には老婆が一人立っていました。髪は白くて長く、灰色の毛が何本か混じっています。顔はしわくちゃで右目を大きく開けていて、少し怒ったような表情をしています。
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