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第六章「野犬の長」【5】

一人ではとても寝付けそうにありません。キオの頭の中にあったのは、暗闇に浮かぶ野犬たちのギラギラとした眼です。もう少しで自分たちは野犬に食い殺されてしまうところだったと考えるたびに、彼は身震いしました。さらにはっきりと残っているのは、あの野犬の集団の中でひときわ大きかった一匹です。他の犬とは明らかに違う体格と、こちらの心を見透かしたような鋭い眼が、キオを再び毛布の中へと追い立てるのでした。

              

来年の収穫のための作業が一段落した頃、白森の村には安穏とした日が続いていました。そんな中、キオは父ゴルに連れられて外に出かけました。目的地は村の北にある白森の中央にそびえる“白森の丘”です。広大な森の中にぽつんと覗くそのはげ山には、村人たちの墓が並んでいます。死んだ者たちが白森の丘の上から村を見守ってくれていると大人たちは子供に話します。キオとゴルは日の出前、ようやく辺りがうっすらと白んできた頃に家を出ました。白森を縦断し、丘を登りきるにはとても時間がかかるのです。片道だけで大人の足でも朝に家を出てお昼前、子供が行くなら朝早くに出発してもお昼を過ぎてしまいます。ですから本当はもっと早くに家を出たかったゴルでしたが、暗いうちはキオが家を出ないと思って少々待ったのです。キオは眠い目をこすりながら、ゴルの後を付いていきました。白森の入り口に差し掛かった頃、空は徐々に明るくなり、ようやくキオの目も覚めてきました。
「キオ、今から白森に入るが…怖くないか?」
「大丈夫、怖くないよ。」

どうやら白森は平気なようでした。白森の村の南、あの騒動があった古森には、キオとルイル、パティンの三人はたとえ昼間であっても近づこうとしませんでした。それだけにゴルは、キオが白森に入ることも拒むのではないかと危惧していたのです。太陽が完全に姿を現し、白森の中にはたくさんの光が入ってきました。白森に生えている木々は白くありません。白いのは村の中にあるカリスの実が成る木だけです。カリスの実がなる木は白森の中にあったのです。この村が誕生したのは比較的新しく、数十年前のことでした。ここに移り住んできた人々はまず村の糧となる作物を探して森に入りました。その森がやがて白森と呼ばれるようになる場所でした。その森の中で人々はまばらに生えていたその木を見つけました。その木には程よく熟した実がなっていました。彼らの代表が一人その実を食べてみると、それは香りがよく、果汁も甘みも申し分ない物だったのです。彼らは白く輝く果実をカリスの実と名づけました。カリスの語源は、白くて甘いという意味の「カル・イス」という言葉がなまったものだといわれています。人々は森にあったカリスの実が成る木を全て今の白森の村の地に移しました。彼らはカリスの実を育て、収穫し、村を発展させていきました。白森の村があるのはカリスの実のおかげだといっても過言ではありません。村人はこの尊い白い木があった森を白森と名づけ、それがそのまま村の名前になったのです。ゴルとキオは丘を目指して森を歩き続けています。ゴルは時折振り返り、キオがついてこれているかどうか気を使いました。キオは父親とはぐれないよう、一所懸命に彼の後を追っています。ゴルの目には、そんな息子が健気でもあり、たくましくも映りました。その大切な息子が夜の闇の前には形無しとあっては、歯がゆくもあり、キオをかわいそうだとも思うのでした。彼らの道が少し上りになってきました。丘のふもとに差し掛かったようです。
「キオ、これからもっとしんどくなるが大丈夫か?」
「うん、こんなの平気だよ。」

ゴルは丘をゆっくりと登っていきました。キオは顔を真っ赤にして、額に汗をにじませながら丘を登っています。やがて木がまばらになり、ついにはまったく木のない所へと二人は出てきました。空を見ると太陽は一番高いところにいました。
「さあもうすぐ頂上だぞ。そしたら昼飯にしよう。」

キオは汗だくの顔をほころばせ、父親に向かって大きくうなづきました。

         

ゴルとキオはようやく頂上に辿り着きました。白森の丘の頂上は平地になっています。ここを墓地にするため、白森の住人たちが地ならしをしたのです。地面には草が茂っています。ゴルはそこに腰を下ろし、キオは身を投げ出して寝転がりました。気持ちのよい風が吹き、キオの火照った体を冷ましてくれました。二人はシアが用意してくれた弁当を食べ始めました。キオがまだ寝床にいるときに焼きあがった大きなパン、マセノア山羊の乳からできた真っ白なチーズ、それと隣村名産・マロピーの実です。キオはそれらをゴルに負けないくらいにたくさん食べました。ゴルはそんな息子の姿を見て、また喜びました。

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