第六章「野犬の長」【4】
大きなずん胴に野菜がいっぱい放り込まれ、ぐつぐつと煮込まれています。女たちが腕によりをかけた料理は、出来上がるとすぐに会場まで運ばれました。子供たちは祭りの設営が進む会場を走り回って邪魔をしたり、料理をつまみ食いする機会をうかがっています。マシュル家からもゴルの妻シアと長女のミアが手伝いに来ています。てきぱきと働くシアを見習って、ミアも嬉しそうに皿やコップを運んでいました。キオとルイルとパティンの三人は学校の運動場で他の子供たちといっしょに遊んでいました。敵味方に分かれて陣地を奪い合う騎士ごっこは彼らの定番の遊びでした。彼らは遊びに夢中になって、太陽が空のてっぺんを通り過ぎたことにも気づきませんでした。周りの色が黄色からオレンジ色に染まりかけてようやく、運動場の子供たちは祭りの始まりが近づいていることを悟りました。
「おい、そろそろ祭りが始まるぞ。役場へ行こうぜ。」
そういって子供たちは一斉に走り出しました。運動場には誰もいなくなったと思いきや、ぽつりと三つの小さな影が残っています。キオとルイル、パティンの三人でした。彼らは今までいっしょに遊んでいた友達が役場のほうへ消えていくのを見守っていました。彼らも収穫祭は大好きで、毎年夜遅くまではしゃぎまわっていたのです。ですから今年も当然のように祭りに行くはずでした。でも彼らは立ち止まったままです。彼らの足を動かなくさせているのはオレンジ色の景色、太陽が地平線の近くまで降りてきているという事実。
「もう遅いから、俺帰るよ。」
「あ、僕も…」
「僕も帰らなきゃ。じゃあ、また明日ね。」
三人が走り出した先はそれぞれの家でした。すでに彼らの頭の中には祭りのことなど残っておらず、日が沈んでしまう前に家の中に入りたいという事ばかりでした。一心不乱に走るルイル、三人の中で学校から一番家が離れている上に足も遅いパティンは泣きそうで、キオは歯を食いしばり顔を紅潮させながら、それぞれ何とか夜よりも先に家の中に飛び込むことができました。マシュル家には祭りの準備を終えて一旦戻ってきていたシアがキオを出迎えました。
「あらキオ、帰ってきたの。お祭りに行くんじゃなかったの?」
始めキオは答えませんでした。
「キオ?」
「僕行かない。行きたくないんだ。」
「あらそうなの…」
シアは少し寂しげに微笑みました。彼が夕焼けの中を慌てて帰ってくるのはもう何日も前から続いていたことだったのです。それまでは辺りが真っ暗になっても帰ってきていないこともたびたびでした。それが代わってしまったのは「あの日」の後のことでした。古森の闇の中で野犬に囲まれた夜から数日後、キオたちの帰宅は目に見えて早くなっていったのです。そしてカリスの実の収穫が終わる頃には、子供たちは外で月や星を見ることをしなくなりました。マシュル家はキオを残して全員が祭りに出かけました。シアは始めキオと共に残るつもりでしたが、ゴル曰く、
「行きたくない奴は放っておけ。」
と一喝され、結局シアも出て行ったのです。それはルイルやパティンの家でも同じでした。三人が祭りに来ていないことを知ったシノンはとてもがっかりしました。
「何よ、あの弱虫たちったら。暗いのが怖くて外に出られないなんて情けないわね。」
サグ家の農園の収穫も祭りまでに何とか終わることができました。シノンはその解放感も手伝って、あの三人と思いっきり遊んだりおしゃべりをしてやろうと意気込んでいたのです。村の若者たちが男女一組ずつに別れて踊りを始めました。曲の演奏をしているのは、“偉大なるアーロイ”市からやって来たモセオセ楽団の面々です。祭りに来てくれるように頼んだのは、これもディスマン氏でした。モセオセ楽団の楽器の音は村中に響き渡りました。キオはその音をかすかに聞きながらベッドにもぐりこみ、頭から毛布をかぶりました。でも毛布の中は真っ暗で、彼はすぐに顔を出しました。彼は体を起こし窓から役場のほうを見ました。役場の辺りだけが明るく浮かんでいます。彼はその明かりを見つめながら、早く祭りが終わって家族のみんなに帰ってきてほしいと願いました。
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