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第五章「嘆きの朝」【25】

レゴは馬にまたがりました。もう誰もレゴの決心を変えることはできないとわかっていました。
「許さんぞ、レゴノートン。おいトーレン、お前からも何か言ってくれ、無茶をするなと。エトンどうした、レゴをこのまま行かせていいのか?…ええい、くそっ!待て、レゴ。みんなが認めても俺は断じてお前の決断を認めんぞ。」
「私もお前についていこう、レゴよ。」

ヤスブも馬にまたがっています。ピルセンが唖然としています。
「ヤスブ様まで何を!?」
「私は、祖国のためなら何をしても許されると信じていた。しかし違ったのだ、イオニーネを犠牲にして許されることなど何もないのだ。私はレゴと協力して彼女を救い出す。そして彼女に謝らねばならない。それに一人より二人のほうが、イオニーネに手が届くかもしれんからな。」
「届くわけがございません。ならば私も行きます。ヤスブ様を黙って行かせる訳にはまいりません。」
「いかん、マスグ。お前にはみんなを率いてバドへ帰ってもらわねばならんと思っている。指揮を執ってくれ。」
「指揮官ならトーレンのほうがお似合いです。何だお前、さっきから何も言わずに…聞いているのか?」
トーレンはノドモスの横でひざまづいて、彼の鼻と口の上にそっと手をかざしました。
「まだ息がある。」

トーレンはノドモスを見ながら言いました。
「まだ生きておられるのだ、ノドモス様は。だが長旅には耐えられまい。マスグよ、聞いてくれ。私はリグ・バーグに残り、ノドモス様の看護をしたい。ヤスブ様の代わりに、ノドモス様の最期を見届けたいのだ。私が故郷に帰るのはそれからだ。勝手なことを言ってすまない、指揮官はお前に任せるよ。」
マスグは頭を抱えました。
「信じられん、何ということだ。まさか冷静沈着なトーレン様までもがそんなことを言うなんて。みんな昨日の戦いで頭がおかしくなってしまったんじゃないのか?ああもう、ヤスブ様もトーレンも好きにしてくれ。」

トーレンはふいに周りを見回しました。

          

「おい…お前たちはどうなんだ?まさかまだ自分勝手な行動をしたいと思ってる奴がいるんじゃないだろうな?!」
エトンがすっと手を上げました。
「私はフィレントの元へいきます。あいつを見守ると約束しました。だからどういう結末になろうと、目をそらさずに見ておこうと思っています。」
「奴は処刑されるに決まっているぞ。」
「わかっています。それでも見知らぬ土地で、知らぬ人間ばかりのところで首を切られるよりは、誰かあいつを知っている人間がそばにいてやったほうがいいと思うのです。」
「私はフィレントが処刑されるのを黙って見てはおれません。」
ユレイスです。
「エトン様が残られるというなら、私と二人でフィレントを助け出そうではありませんか!」
「待てユレイス、お前まで一体どうしたというのだ。ユレイスは仲裁に入ったリグ・バーグの兵を殺してしまったのだ。あいつは正式に裁かれ、処刑を受ける。仕方のないことだ。それを脱獄させるとは聞き捨てならん。イオニーネを救い出すのとはわけが違うのだ、これはお前までもが罪を犯すことになるのだぞ。」
「フィレントは決して自らの意思でリグ・バーグ兵を殺したのではありません。自分では抑えようのない感情に支配され、彼の意識のないところで起こってしまった悲劇なのです。それでもフィレントを逃げ出させるのは私の罪になるかもしれません。しかし、あの若い命を終わらせたくないのです。彼をもう一度マレアに会わせてやりたいのです。」
「ユレイス、お前が一番身勝手な人間だな。神の祝福は受けられんぞ。」
「もとより神には祈りません。」
「わかったユレイス。お前の意志が固いというなら私もフィレントの救出に全力を尽くそう。」
マスグは両耳を塞ぎました。
「何も聞かなかったことにしよう。私には関係のない話だ。」
マスグは残るピルセンとアクベイを見ました。
「ひょっとして、お前たちまでここに残るというんじゃないだろうな?」
「私はバドへ戻ります。きっとニダロは今ごろ罪の意識にさいなまれているかもしれません。先に一人でここを離れてしまったことを。私の顔を見れば少しはあいつの気持ちも安らぐでしょう。」

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第五章「嘆きの朝」【24】

「彼はバドの惨状に同情してくれた。話を終えて私はすっきりとした気持ちになった。ノドモス様はこのようにおっしゃった。
<お前さんの話を最後まで聞いてやった礼に、私も旅に連れて行ってくれ。隠居をしてみたものの退屈でしょうがない。残り少ない人生を終える前にもう一度冒険がしたいんだ。なに、邪魔はせんよ。金もいらん。そうだ、馬車乗りをしてやろうじゃないか…>
私は彼がいっしょに来てくれるなら、こんなに心強いことはないと思った。素性を隠したのは彼の希望だった。スウェイヴ将軍して扱われるのを彼は嫌ったのだ。彼の存在は旅の中で私を何度も救ってくれた。ノドモス様には無事に故郷のリーガスへ帰ってもらいたいと思っていた。しかし、それがこんな事になるなんて思ってもみなかった。私はノドモス様とイオニーネの人生を狂わせてしまった。いや、二人だけではないな。マレアもそうだ、私はあの子を家族から引き離してしまった。バドのことなど、あの子には何の関係もないのに。」
「マレアのことはフェリノアやリグ・バーグだって狙っていたんです。我々が白森の村に行かなかったとしても、いずれはどちらかが我々と同じことをしたでしょう。」

それはエトンの言葉でした。
「それに、責任がどうのという話なら私にもあります。私は…フィレントがおかしくなってしまうことを前から知っていました。」

マスグが驚きました。
「何だと?お前はあいつがあんな風になるのを知っておきながら黙っていたというのか?」
「私が見たときは今日のような恐ろしい姿ではありませんでした。同じだったのは体中から怒りを放っていたことだけです。ですからその時は軽い発作のようなものだと思ったのです。」
エトンは“森の乱暴者”のアジトで起こったことを全て話しました。フィレントがフェリノアの紋章を見て我を忘れたこと、父親からフェリノアを憎むべき敵だと教え込まれたこと、もしもの時は自分を殺してでも止めてくれと言ったことを。
「しかし、私はあいつを止めることができませんでした。見守ってやると約束したのに。」
「フィレントの父親もそうだった。」
ヤスブが話し始めました。
「フィレンソン様もまた、フェリノアの人間、特に王族に対しては異常なほどの戦いぶりだったと聞く。フィレントは幼い頃から彼の精神を叩き込まれたのだろう。」
「ではひょっとしたら、あの遊牧民たちの中にフェリノ家の人間がいたのかもしれませんね。」
みんながトーレンを見ました。
「今思えば、ワシュウのあの言い訳はやけに苦しいものだった。歴戦の勇士である彼の作戦にしてはあまりにもお粗末な内容だった。おそらく総指揮官は王族の誰かで、ワシュウはその責任を自らかぶったのではないでしょうか。」
「それを知っていたら、フィレントにあのままやらせてもよかったかもな。」
アクベイが冗談めかして言いました。
「やめておけ、もしそんな事になっていたらフェリノアにいい口実を与えるだけだ。バドはつぶされてしまう。」

そして言葉が途切れました。
「みんな、そろそろ休もう。明日発つぞ。」
彼らはめいめいに体を横たえました。それでも彼らはなかなか寝付けず、夜空を眺めたり、寝返りを打ったりしています。ようやくゆっくりと寝られる夜を手に入れたにもかかわらず、彼らはそれを満喫することができません。知らぬ間に地平線に光が走り、空はおぼろげに明るくなっていきました。月や星たちが徐々に姿を隠していきます。空がほとんど白んだ頃、一番初めに別れを切り出したのはレゴでした。彼らにとって忘れられない朝が始まりました。

          

「馬鹿を言うな、レゴ。イオニーネのことはあきらめるんだ。今から追っかけたところでなんになる?奴らにフェリノアに入られたら助けようがないんだぞ。」
「マスグ様、私は一晩考えました。マスグ様の言うとおり、あきらめようとしました。しかし私は何もしていません。彼女を助けるための努力を何一つしていません。これではあきらめきれないのです。たとえ無謀なことだとわかっていても、私はイオニーネを取り戻すためにフェリノア兵たちの後を追います。幸いなことにトーレン様のおかげで奴らの向かった方角はわかっております。私はこの人生を彼女に捧げると約束したのです。」
「人生を捧げる?そんなことをイオニーネが望んでいると思うのか?彼女に一目会うことも叶わずに死んでしまうのかもしれんのだぞ。」
「このままバドへ戻っても、私には何の生きがいも見出すことができないでしょう。救いのない後悔にさいなまれて一生を終えることになるでしょう。それでは私の人生は悲しすぎるのです。どうか私のわがままをお許しください、マスグ様。」

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第五章「嘆きの朝」【23】

リグ・バーグ兵によって焼かれたフェリノア兵たちの死臭で鼻がおかしくなってしまったようでした。真っ暗な大地に一つだけ焚き火の明かりがぽつんと浮かび上がっています。今この地にいるのはヤスブたちだけです。よく見るとアクベイの姿がありません。彼は高台に上り、ニダロの様子を見に行きました。そこにニダロはいませんでした。馬もいなくなっており、彼の弓も矢もありません。アクベイはヤスブたちの元へ戻り、そのことを報告しました。
「ヤスブ様、ニダロを逃がしたのは私です。家族の元へ帰れといったのです。」

ヤスブは穏やかに笑みをたたえています。
「気にするな、アクベイ。お前がしたことは正しかった。平和維持軍の仲裁がなかったら我々はワシュウによって全滅させられていただろう。ニダロも二度とティネノや子供たちに会うことはできなくなっていたはずだ。無事にバドへ帰り着いてくれればいい。」
「ヤスブ様の言う通りだ。それに今頃はスロンゼルたちと合流しているかもしれん。私たちは奇跡的に助かった。全てはいい結果につながったのだ。」

トーレンの言葉に激昂したのはレゴです。
「全ていい結果ですって?そんな馬鹿な、トーレン様、あなたは我々が疑問に思っていることにまだ何も答えてくれていません。どうか教えてください、連れ去られた赤毛の娘とはマレアですか、それとも…」
「イオニーネだ。最後に会った彼女の髪の色を覚えているだろう?彼女の髪は赤かった。奴らは彼女を赤毛の娘だと思い込んだのだ。」

レゴはトーレンに掴みかかりました。
「トーレン様はそれで何もしなかったのですか?!間違いだとその場で言ってくれればよかったのに、ただ見ていただけだなんて!」
「私には見ているほかなかったのだ。出て行くこともできず、ましてや間違いだったなど言えなかった。言えば全てが台無しになる。許せなければ私を殴れ。いや、殺してくれてもかまわぬ。」

レゴとトーレンの間にヤスブが割って入りました。マスグとピルセンがレゴを後ろに下がらせました。怒りで我を見失っているレゴを除いて、仲間たちはなんとなくわかりかけてきました。イオニーネがある意図を持って自分の髪を赤く染めたのだということを。
「全ては私の計画だ。トーレンには何の落ち度も無い。責めるなら私を責めてくれ。」

レゴにはまだ真実がわかってないようでした。ヤスブはアクベイやユレイスと目を合わせ、それから自分の計画について全てを語り始めました。マスグとピルセンに体を押さえられ、レゴはヤスブの話を震えながら聞いています。イオニーネが旅に同行した意味をヤスブは語り続けました。今回のようなことが起きると踏んでの同行だったことをヤスブは独り言のように視線を下ろして語り続けました。レゴの目には涙があふれ、今度は立っていられなくなりました。ピルセンに支えられ、ゆっくりと地面に膝をつきました。肩を震わせて声を押し殺しているレゴの姿を、ヤスブはまともに見ることができませんでした。
「俺は何も気づくことができなかった。イオニーネの事をずっと見てきたはずだったのに。ひどい、ひどい…ひどい。」
ユレイスがヤスブを見ました。
「ノドモスは?なぜ彼はその場にいたのでしょう。ヤスブ様の計画によれば、そこにはノドモスはいるべきではなかったと思うのですが。」
「私も驚いている。ノドモス様にはマレアとバドへ行ってもらい、そのままリーガスへ帰っていただく予定だった。どうしてそこに残っていたのか…」

ノドモスの横に座っているトーレンが話し始めました。
「私があの場に着いたとき、ノドモスはワシュウと向かい合っていました。ですから始めからそこに残っていたのか、それとも途中で引き返してきたのかはわかりません。私は離れたところから様子を伺い、ノドモスがスウェイヴ将軍だと知りました。信じられませんでした。スウェイヴ将軍がバドの我々のために危険を冒して旅をしてくれていたなんて。」
「私はノドモス様に相談を持ちかけた。この旅に出ることに私は不安だった。周りの誰もが反対し、行くべきではないと諭されていたからだ。国内に私を応援してくれるものはいないと落胆した私はリーガスのノドモス様を訪ねた。二度ほどしか会った事はなかったが、彼は私の話をまじめに聞いてくれた。私は食事も忘れて話をした。」

ヤスブは眠っているノドモスを見ました。

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第五章「嘆きの朝」【22】

トーレンが今度はネルツァカに噛みつきました。
「よせ、トーレン。ネルツァカ殿は敵ではないのだぞ。」
「ヤスブ殿の言うとおりです。それに私はお願いをしているのではありません。この現場の責任者としてあなた方に最良の指示を出しているのです。ただ正直なところ、赤毛の娘のことは私には理解できません。本城からはヌイレドの手助けをするようにとのお達しがあっただけなのです。しかもそんな事情のわからない娘一人のためにこれだけの死体が転がるとはまったく持って理解できません。不愉快ですらあります。」

すぐにフェリノア軍の撤退が始められました。騎馬兵は全員馬から下ろされました。そしてフェリノア兵は二十人ずつの組に分けられ、そこに平和維持軍五十人が監視として付けられました。それから一組ずつが時間をおいて順番にフェリノアへ向けて出発しました。夕陽を浴びながら、フェリノア兵と平和維持軍の集団は北の方角へ消えていきました。オセアスもまた、足を引きずりながらラゾイと共にフェリノアに向かいました。
「私はこんなケガをしているのだぞ、それでも歩いて帰らねばならんのか?」
「これもオセアス様のためでございます。リグ・バーグ軍にオセアス様の身元がばれれば、ここに残らねばらないのはワシュウ殿ではなくオセアス様ということになってしまいますぞ。とにかくオセアス様におかれましてはあまりおしゃべりになられず、大人しく歩かれたほうがよかろうと存じます。」

オセアスは渋々歩き始めました。時々痛い、とか疲れたという言葉を繰り返しながらも、たいていはラゾイの指示に従いました。初めからこうやって素直になっていてくれたら、こんなにややこしい事にならずに済んだだろうと、ラゾイは口惜しかったのです。しかしあの大剣を持った化け物を前にして無事に生きていられたことが一番の幸いではないかと考えるようになりました。ワシュウは何も言わずにオセアスを見送りました。彼が無事にフェリノアに帰り着けるように願うしかありません。ワシュウはただ一人、リアライ・バーグに連行されていきました。そこで平和維持軍による取調べを受けることになりました。彼の目には荷車の上に横たわるノドモスの姿が映っています。
「結局は私もおぬしと同じように、このリグ・バーグで荷車に載せられることになるのだろう。できることなら一日でも長く生き延びられよ、スウェイヴ将軍。」

        

あれだけの人の群れでごった返したこの地も、徐々に閑散としてきました。太陽が地平線に沈む頃には、この地に残っているのはヤスブたちとネルツァカ、そして百人ほどのリグ・バーグ兵となりました。ヤスブ一行の武器は既にリグ・バーグ兵によって運び去られていました。フィレントのエゾンモールはもちろん、マスグのローガル・ロガさえも没収されてしまいました。マスグにとっては師匠から授かった大事な剣を差し出さねばならなかったことは身を切られる思いでした。トーレンはノドモスのそばにいました。レゴは言いたいことを口に出せずに苛立ちを隠せません。アクベイは時折高台のほうへ視線をやりました。ユレイスは似れどがこの地を去ったことで少し気を抜くことができました。鼻と口を覆っていたマントを外し、静かに深呼吸をしました。エトンはフィレントが連行されていった方角をずっと見つめいています。フィレントはずっと気絶したままでした。手首から先を失った右手は包帯を巻かれていました。彼の姿は悲惨でした。鎧を外され、リグ・バーグ兵に何度も何度も蹴られました。フィレントの鼻も口も出血をしていました。エトンは自分を責めました。よもやこんな事になるとは思ってもみませんでした。彼を止めることができませんでした。フィレントは手足を縛られ、メノウ・バーグという街へ運ばれていきました。ピルセンは折れて捨てられた二本の剣を見ています。フィレントの剣を受け流して、彼を止めるための一撃を喰らわせるつもりでいたのです。彼は自分におごりがあったと反省し、恥じました。ヤスブはネルツァカと話をしています。彼らの話し合いはあたりが真っ暗になってからようやく終わり、ネルツァカは帰っていきました。ヤスブたちは黙って時が過ぎるのを待ちました。そして六日目の朝、彼らはついに解放されたのです。
「できれば、リグ・バーグ内には留まらぬように。くどいようだが赤毛の娘を取り戻そうな度とは思わぬようにしてください。」

この地を去る際、ネルツァカが残した言葉に従わなければなりませんでした。ヤスブたちを監視していた百人の平和維持軍も去りました。彼らはこの先どうするのか、決断を迫られていました。

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