第五章「嘆きの朝」【22】
トーレンが今度はネルツァカに噛みつきました。
「よせ、トーレン。ネルツァカ殿は敵ではないのだぞ。」
「ヤスブ殿の言うとおりです。それに私はお願いをしているのではありません。この現場の責任者としてあなた方に最良の指示を出しているのです。ただ正直なところ、赤毛の娘のことは私には理解できません。本城からはヌイレドの手助けをするようにとのお達しがあっただけなのです。しかもそんな事情のわからない娘一人のためにこれだけの死体が転がるとはまったく持って理解できません。不愉快ですらあります。」
すぐにフェリノア軍の撤退が始められました。騎馬兵は全員馬から下ろされました。そしてフェリノア兵は二十人ずつの組に分けられ、そこに平和維持軍五十人が監視として付けられました。それから一組ずつが時間をおいて順番にフェリノアへ向けて出発しました。夕陽を浴びながら、フェリノア兵と平和維持軍の集団は北の方角へ消えていきました。オセアスもまた、足を引きずりながらラゾイと共にフェリノアに向かいました。
「私はこんなケガをしているのだぞ、それでも歩いて帰らねばならんのか?」
「これもオセアス様のためでございます。リグ・バーグ軍にオセアス様の身元がばれれば、ここに残らねばらないのはワシュウ殿ではなくオセアス様ということになってしまいますぞ。とにかくオセアス様におかれましてはあまりおしゃべりになられず、大人しく歩かれたほうがよかろうと存じます。」
オセアスは渋々歩き始めました。時々痛い、とか疲れたという言葉を繰り返しながらも、たいていはラゾイの指示に従いました。初めからこうやって素直になっていてくれたら、こんなにややこしい事にならずに済んだだろうと、ラゾイは口惜しかったのです。しかしあの大剣を持った化け物を前にして無事に生きていられたことが一番の幸いではないかと考えるようになりました。ワシュウは何も言わずにオセアスを見送りました。彼が無事にフェリノアに帰り着けるように願うしかありません。ワシュウはただ一人、リアライ・バーグに連行されていきました。そこで平和維持軍による取調べを受けることになりました。彼の目には荷車の上に横たわるノドモスの姿が映っています。
「結局は私もおぬしと同じように、このリグ・バーグで荷車に載せられることになるのだろう。できることなら一日でも長く生き延びられよ、スウェイヴ将軍。」
あれだけの人の群れでごった返したこの地も、徐々に閑散としてきました。太陽が地平線に沈む頃には、この地に残っているのはヤスブたちとネルツァカ、そして百人ほどのリグ・バーグ兵となりました。ヤスブ一行の武器は既にリグ・バーグ兵によって運び去られていました。フィレントのエゾンモールはもちろん、マスグのローガル・ロガさえも没収されてしまいました。マスグにとっては師匠から授かった大事な剣を差し出さねばならなかったことは身を切られる思いでした。トーレンはノドモスのそばにいました。レゴは言いたいことを口に出せずに苛立ちを隠せません。アクベイは時折高台のほうへ視線をやりました。ユレイスは似れどがこの地を去ったことで少し気を抜くことができました。鼻と口を覆っていたマントを外し、静かに深呼吸をしました。エトンはフィレントが連行されていった方角をずっと見つめいています。フィレントはずっと気絶したままでした。手首から先を失った右手は包帯を巻かれていました。彼の姿は悲惨でした。鎧を外され、リグ・バーグ兵に何度も何度も蹴られました。フィレントの鼻も口も出血をしていました。エトンは自分を責めました。よもやこんな事になるとは思ってもみませんでした。彼を止めることができませんでした。フィレントは手足を縛られ、メノウ・バーグという街へ運ばれていきました。ピルセンは折れて捨てられた二本の剣を見ています。フィレントの剣を受け流して、彼を止めるための一撃を喰らわせるつもりでいたのです。彼は自分におごりがあったと反省し、恥じました。ヤスブはネルツァカと話をしています。彼らの話し合いはあたりが真っ暗になってからようやく終わり、ネルツァカは帰っていきました。ヤスブたちは黙って時が過ぎるのを待ちました。そして六日目の朝、彼らはついに解放されたのです。
「できれば、リグ・バーグ内には留まらぬように。くどいようだが赤毛の娘を取り戻そうな度とは思わぬようにしてください。」
この地を去る際、ネルツァカが残した言葉に従わなければなりませんでした。ヤスブたちを監視していた百人の平和維持軍も去りました。彼らはこの先どうするのか、決断を迫られていました。
| 固定リンク
「小説」カテゴリの記事
- 第八章「ノドモスのカケラ」【3】(2008.12.02)
- 第八章「ノドモスのカケラ」【2】(2008.11.26)
- 第八章「ノドモスのカケラ」【1】(2008.11.20)
- 第七章「古森騒動」【24】(2008.11.14)
- 第七章「古森騒動」【23】(2008.11.08)
トラックバック
この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/144927/17927654
この記事へのトラックバック一覧です: 第五章「嘆きの朝」【22】:

コメント