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第五章「嘆きの朝」【20】

「部下たちはまだ戻ってきておらんが、私はトーレン殿が嘘をついているようには思えません。ワシュウ殿には後ほどゆっくりとお話をうかがわねばならないようですね。」
ヤスブは安堵しました。ノドモスのことが気がかりでしたが、それでも一応は自らの計画通りに事が運んでいるといえました。ヤスブの後ろでどさっという音がしました。フィレントが馬から落ちたのです。みんなが驚く中、フィレントはエゾンモールを杖代わりにしてよろよろと立ち上がりました。彼はエゾンモールを鞘から引き抜きました。革と金属のこすれる音が響きました。慌ててエトンが彼に近寄りました。
「おい、何を…」
その瞬間、エトンの脳裏にあの時の光景がよみがえりました。“森の乱暴者”のアジトでフィレントが豹変した時と今の光景が重なりました。エトンは迷わず、あの時と同じように剣の柄でフィレントの頭を殴りつけました。鈍い音がしました。これでフィレントは気を失うと、エトンは思いました。ところが、それでもフィレントは倒れませんでした。彼は顔を上げました。その顔は怒りの形相に満ちていました。それはここにいる誰もが見たこともないような憤怒の表情でした。そしてそれはもはやフィレントの顔ではありませんでした。フィレントは口を大きく開けて雄叫びを上げました。それはとても大きくしゃがれた高い声で、大気と地面を震わせました。その声は人のものでもノドモスやワシュウが上げた獣の咆哮でもありませんでした。フィレントの一番近くにいたエトンは、子供の頃に聞いた昔話の悪魔を思い浮かべました。その悪魔はちょうど今のフィレントのように、恐ろしい声を上げて人間を襲ったのです。フィレントはエゾンモールを持ち上げ、ふらふらと歩き出しました。誰もが固まり、動けませんでした。ただ目で彼の動きを追うだけでした。彼は遊牧民の歩兵隊たちの前に来ました。彼はエゾンモールを地面と水平に一振りしました。フィレントの目の前にいた遊牧民五人の上半身と下半身がばらばらになりました。彼らの上半身が地面に転がっています。何が起こったかわからないまま死んでしまっています。彼らの後ろにいた兵士三人も腹から血を吹き上げていました。ワシュウがようやく声を出しました。
「その男から離れろ!」

ワシュウの声で我に返った遊牧民たちは、一斉に恐怖に駆られました。悲鳴を上げて取り乱しながら、我先にとフィレントから逃げ出しました。フィレントの前方に道が開けていくようでした。ネルツァカが何かを叫んでいる声が聞こえます。フィレントに近づいたのはエトンです。
「エトン、不用意だぞ!」
マスグがエトンを止めようとしました。フィレントの眼前は視界が開けました。その彼方にはオセアスがいます。オセアスは腰を抜かしているようでした。フィレントは再び悪魔の声で叫びました。さっきよりも大きく、長く。その狂気の雄叫びは暗雲を呼び、大地を割るようでした。エトンがフィレントの肩に手を差し伸べようとした時、フィレントは走り出しました。鎧を着て、大きな剣を持っているとは思えないほどの速さで、彼はオセアスに向かって走り出したのです。ラゾイがオセアスの前に出ました。ラゾイの頭の中にあるのは、迫ってくる悪魔に殺させる場面だけでした。刺し違えることさえも許されないと確信していました。ピルセンが馬を走らせました。フィレントはどんどん走る速度を上げていきました。フィレントの前にリグ・バーグの兵士が二人、馬で飛び出しました。フィレントは地面を蹴り上げ、高く跳ね上がりました。馬に乗った兵士の頭上を軽々と飛び越えました。フィレントが落下にはいった時、リグ・バーグの兵がもう一人出てきました。フィレントはエゾンモールを一振りし、そのまま兵にぶつかっていきました。兵士の鎧の左肩から右の腰へかけて裂け目ができ、兵士の頭と胴はフィレントといっしょに後ろへ落ちました。馬上には兵士の左腕と下半身が残されました。着地したフィレントはすぐさま走り出しました。ピルセンは彼を追い越し、馬から下りました。剣を二本抜き、目の前で交差させました。フィレントはそれがピルセンの姿だとわかっていないようでした。彼はピルセンをも斬ろうと構えながら走ってきました。エゾンモールがピルセンの剣とぶつかりました。ピルセンの剣は二本とも折れてしまいました。エゾンモールはそのままの勢いでピルセンに襲い掛かりました。しかしそのときフィレントが前のめりに崩れ、地面に倒れました。彼の右足のふくらはぎからすねを矢が一本貫通していました。アクベイの矢でした。

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