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第五章「嘆きの朝」【19】

途中で殺されてしまったか、それともスロンゼルは逃げてしまったと思うのでしょうか。きっとトーレンも落胆することでしょう。自分を信じてくれた彼との約束を果たせないこと、スロンゼルにはそれが残念でなりません。バドまでいくことをためらった時期もありました。でも今は違います。もし自分とマレアが自由になれば、スロンゼルはわき目も振らずにバドへ走り抜けるでしょう。叶わないと知りながら、スロンゼルはそう考えていました。

            

「ネルツァカ殿に聞いていただきたい話がございます。」
ただならぬ雰囲気でした。ネルツァカの近くにいるリグ・バーグの兵たちも警戒を強めました。そんな部下たちに対してネルツァカは右手を上げて落ち着かせました。
「うかがいましょう。まずはあなたのお名前から。」
「バド国、トーレン・シュトエラーゼス。」
「ではトーレン殿、話してください。」
トーレンはワシュウをにらみつけ、そして彼を指差しました。
「ワシュウの言うことは全て真っ赤な嘘、でたらめでございます。」
「ほう、それは何故?」
周りにモノの目が全てトーレンに向けられています。ワシュウも厳しい目で彼をにらんでいました。
「彼らは、我々の元から赤毛の娘を連れ去ったのです。」
ヤスブを除いて、バドの兵たちは皆驚きました。作戦が失敗した、誰もがそう思いました。レゴが何かを言いかけて身を乗り出しました。しかしピルセンに制されました。
「落ち着きなさい。まだ何もわかっていないでしょう。」
「赤毛の娘を乗せた馬車はここより西のほうに逃げていました。そこへワシュウ率いる騎馬隊が現れ、馬車使いを殺し、娘を奪ったのです。」

ヤスブは驚きで体が震えそうでした。ノドモスが殺された、とトーレンは言いました。
「そうです、私は見ていたのです。娘を守ろうとしたノドモスをこのワシュウが殺したところを、そして部下に命令し娘をフェリノアへ連れて行かせたところも、全て見ていたのです。」
「トーレン殿、それは本当のことなのですか?」
「嘘いつわりは一つもありません。我々は馬車を二台持っています。そのうちの一台には金貨や宝石が積んでありました。なのに彼らはその中身には目もくれませんでした。彼らはもう一台の馬車の中身、すなわち赤毛の娘に用事があったのです。彼らは始めからそのつもりで我々を襲ったのです。だから今はその馬車は空っぽです。現場はそのままになっています。お確かめください。」

そこでネルツァカの命を受け、すぐにリグ・バーグの兵士五人が現場を確認しに行きました。次にネルツァカはワシュウに尋ねました。
「トーレン殿の申し出に対して、何か言うことはありませんか、ワシュウ殿?」
「彼が何を言っておるのかわかりませんな。例えその現場とやらが彼の言った通りになっていたとしても、それがどうして我々の仕業だといえよう?」
「その右腕のケガはノドモスが繰り出した槍によって受けたものだ。お前はノドモスの腹を突き、ノドモスはお前の右腕を貫いた。ついさっきの出来事だ。まだその傷は痛むだろう?」
ワシュウの右腕には包帯が巻かれています。その包帯には血が大きくにじんでいます。血がにじんだ部分は濡れていて、出血が止まっていないことを意味しています。
「黙れたわけが、そんなものはこじつけだ。」
「ワシュウたち騎馬隊はネルツァカ殿が到着する直前にここへ来たのです。まだ我々の誰とも剣を合わせてはいない。つまりその傷はここに来る前にできたものだ。」
「ワシュウ殿は、そのノドモスとかいう馬車使いと戦ったということですか?」
「ネルツァカ殿はこの男の言う事を信用するのか?私はノドモスなどという男のことなど知らぬ。ましてや馬車使いなどと戦うものか!」
「知らぬと言うのか!」
トーレンは今までで一番大きな声を出しました。
「ワシュウ、お前がフェリノアの大元帥であるなら、ノドモスはリーガスの将軍、ノドモス・スウェイヴであるぞ。二人の戦いは十七年戦争のけりをつける誇り高き一騎討ちではなかったのか?!それを知らぬと言うのか!」
ワシュウは一言も返しませんでした。バドの兵士たちは、ノドモスがリーガスの将軍だといわれてもぴんと来ませんでした。ネルツァカはトーレンとワシュウの顔を見比べました。ワシュウは苦虫を噛み潰したような表情をしており、トーレンの目にはうっすらと涙がにじんでいました。ネルツァカが空を見上げると、薄い雲が広がり、晴れ間はわずかに望めるだけでした。

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