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第五章「嘆きの朝」【13】

「ぐうっ、おのれ…おのれ…」
ラゾイが辺りを見回すと、そこにもうユレイスの姿はありませんでした。ラゾイは自分の傷口を押さえました。
「まあいい、この悪あがきもあと少しで終わりだ。」

そしてついに、騎馬隊が合流しました。ヤスブの周りにいた遊牧民たちがさっと下がり、一本の道ができました。その先には馬上の老兵がいます。ワシュウです。彼は右腕を包帯で吊っていました。顔色も良くありません。しかしはっきりとした口調でヤスブにこう言いました。
「偉大なるバドの猛者たちよ、これまでよく戦った。貴殿らの奮闘に敬意を表そう。だが我々も多くの仲間を失った。貴殿ら全員の首をいただき、その慰みとしよう。観念せい。」

この状況で逃れる術はありません。それでもヤスブは全員が助かる道はないかと必死に頭を働かせました。目の前の老兵の顔に見覚えがありました。まだ大戦の始まる前、若き日のヤスブ・ワイゼルンはフェリノアの本城、オレルメアタールでこの老兵、クオネン・オド・ワシュウと出会いました。当時見習い騎士であったヤスブにとって、ワシュウは雲の上の存在でした。彼に見据えられた時、体に電流が走ったようにしびれたことをヤスブは思い出しました。バドへ帰る道すがら、先輩の騎士たちは口々にこう言いました。
「凄まじい威圧感だ。血族以外でフェリノアの王位を継ぐのであれば、それは間違いなくワシュウ殿であろう。」
「彼ともし一戦交えるとなったら、まず考えなければならないのは逃げ道だ。」
「彼は後世まで語られるほどの英雄になるだろう。恐らく我々はその引き立て役になるしかあるまい。」

その時は何と弱気な、と血気盛んな十代の青年は頼りない先輩たちに業を煮やしていました。しかし、彼にもようやくわかりました。その存在だけで戦況を一変させてしまったその実力を思い知らされたのです。ただ、今この距離であれば、周りの兵を振り切ってワシュウを討ち果たすことも可能です。今のヤスブにはその自信がありました。そうやって死んでいくのも悪くない、とそこまで思い彼は踏みとどまりました。それは単なる自己満足ではないかと自らを責めました。ここで自分の首を差し出したところで仲間は助からん、他の道を探せ、あがけ、どこかに光はある、と彼は考え続けました。しかし既にいくばくかの時間が過ぎてしまっていました。ワシュウにはヤスブと会った記憶はありませんでした。あの日彼はヤスブを意識することもなく、その顔を見ることさえしなかったのかもしれません。彼は目の前にいるバドの兵士の目が死んでいないことに気づき、腕の痛みが和らぐほどの喜びを覚えました。
「実に残念だ。貴殿のような勇気ある者がこんな所で命を落とす羽目になるとはな。」
「-ワシュウ様!」

ふいにワシュウを大声で呼ぶ声がしました。フェリノアの兵士です。その声に反応したワシュウは、同時に遠くから響いてくるいくつかの音に耳を澄ませました。それは、どーん、どーんという太鼓の音、獣の遠吠えを思わせる角笛の音、硬い金属がぶつかり合って奏でる鈴の根でした。そしてそれら全てがこちらに向かってどんどんと大きくなってきました。フェリノアとバドの兵士たちは見ました、地平線のかなたにぽつんと見えた黒い点が、やがて一筋の線となり、それが馬に乗った人の姿だとわかった時、それが途方もない数の軍勢であることにも気がつきました。その光景にはワシュウでさえも目を見開いたままでした。
「間に合わなんだ、か・・・」

彼は低く唸りました。

                  

スロンゼルは、ヤスブたちの戦場から延びている一本道を走っていました。いえ、走るというよりは急いで歩いていると言ったほうがいいかもしれません。あまり速く走ると、袋に押し込まれたマレアが落ちてしまうのです。それに、ノドモスがいなくなってしまった心細さからか、誰かに見られている気がしてなりません。彼は辺りをきょろきょろと見渡しながら走っていました、ゆっくりと。
「この先に村があるとノドモスは言っていたが、一体どこまで行けば着くのだろう?」
スロンゼルは、この道が正しいのかどうかさえ不安になってきました。一本道だと言いながら、どこかの脇道に入り込んでしまったのではないかと疑っていました。もし道に迷って同じところを走ってしまっているのなら、自分は一生このリグ・バーグをぐるぐると回り続けることになるのではないか、と思っていました。やがて道の両側に細く高い木がまばらに見えてきました。これでようやく同じところを走っているわけではないのだと少し安心しました。

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