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第五章「嘆きの朝」【10】

ゲジョルの部下、ラゾイが戦場を大きく迂回して遊牧民の歩兵部隊の後方にやってきたとき、彼は自分の目を疑いました。遊牧民たちが混乱し、まともに戦いができていないという時に、総指揮官のオセアス王子は馬上で呆然としていたのです。ラゾイは舌打ちをしました。
「役立たずが!」
他の指揮官たちは必死に軍を立て直そうとしていますが、なかなかうまくいきません。ラゾイはオセアスに近づきました。
「オセアス様、兵士たちの動揺が収まりませぬ、いかがなされますか?」

オセアスははっとしてラゾイの方を見ました。
「ラゾイ、今まで何をしておったのだ?!ワシュウはどこだ、早く加勢させよ!」
オセアスは声を上ずらせながらラゾイに命令しました。ラゾイは思いました、騎馬隊の到着を待たずに戦いを始めさせたのはこの愚者に違いないと。功を焦ったばかりか、この混乱を鎮めることさえできぬとは、何ということだとラゾイは苛立ちを覚えました。
「ワシュウ様はじきにやって来られます。奴らを挟み撃ちにするという当初の計画を実行なさいますか?」
オセアスは判断がつかずきょろきょろと辺りを見回しています。
「それではまず、軍を立て直すために兵たちを後退させてはいかがでしょう?」
後退、という言葉にオセアスは過剰な反応を見せました。
「何だと、この私に尻尾を巻いて逃げよと申すのか?そんなことをすれば、私は父や兄上、挙句の果ては弟にまで笑われようぞ。私にはそんな真似はできん!」
「オセアス様、逃げるのではございません。体勢を整えるため、一度奴らから距離をとるのです。兵たちを冷静にさせてから、いよいよワシュウ様と共同でバドの連中を叩けばよいのです。」
「それもだめだ、それではワシュウの手柄になってしまう。少なくとも国民はそう思うだろう。ワシュウは人気があるからな。」
「フェリノアの民はそんな風には思いませぬ。国民はオセアス様が功績を立てられるのを心待ちにしているはずです。どうか勇気あるご決断を。」

「いやだ、ワシュウには手を出させるな。これは私の手柄だ、横取りなどさせぬぞ。」
さっきはワシュウに加勢させろと言っておきながら、今度は手を出すなとは。何と見栄っ張りな男なのか、ラゾイはほとほと嫌気がさし、本国に帰ってしまおうかと思いました。しかし、これでもしオセアスの身に何かあれば、本国に戻ったところでラゾイに居場所はありません。こうなれば、他の指揮官たちを動かし、無理やりにでも後退させるしかありません。ラゾイはゆっくり後ずさりをして、この場を離れようとしました。その瞬間、オセアスが振り返りました。
「何をしておる?もっと近くで私の護衛をせんか、ばか者め。」

ラゾイは俯き、苦笑いをしました。
「ゲジョル様、もしやこの愚か者を私に押し付けるために本国に帰ったのではありますまいな?」

ラゾイはゲジョルへの恨み節をつぶやきました。
「ワシュウ様、何をしておられる?早く戦場に参られよ。」

ラゾイのつぶやきは悲痛な叫びでもありました。

                 

トーレンには、目の前の老人二人が話している内容をにわかに信じることはできませんでした。ワシュウ大元帥とスウェイヴ将軍といえば、どちらも十七年戦争の英雄の一人です。クオネン・オド・ワシュウは元帥の地位にありながら、フェリノアの西方遠征軍出兵の際に自ら名乗りを上げ、クルル・レアやリーガスなどの強国と最前線で戦ったのです。そしてワシュウは終戦の数年後に第一線を退きました。年齢は七十を超えているはずですが、今もなお背筋を伸ばし、胸を張り、屈強な姿で馬にまたがっているのです。そしてトーレンにとってそれ以上に信じられないのがノドモスのことです。なぜなら、スウェイヴ将軍はバドではなくリーガスの武将だからです。大戦の折、スウェイヴ将軍率いるリーガス軍はフェリノア西方の国境軍を撃破し、十一ヶ国同盟の中で一番早くフェリノア侵攻を果たましした。スウェイヴ軍はワシュウの軍とたびたび攻防を繰り広げました。そして終戦近く、スウェイヴは左足を負傷してもなお戦場に留まり、フェリノアの脅威たらしめたのでした。その功績は隣国のバドでも語られ続けてきました。しかし、その人物がバドのために馬車使いという平民の地位に身を落としてトーレンたちと旅をしてきたのです。トーレンにはそのことが理解できませんでした。
「決着だと?」
「もちろん一騎討ちでよ。部下には手出しをさせん、さあ心行くまで楽しもうではないか。」
ワシュウの言葉を聞いた彼の部下が一名、あわてて走り寄ってきました。
「ワシュウ様、無茶なことはおやめくださいませ、一騎討ちなど任務にはございませぬ。今は一刻も早くオセアス様の元へ馳せ参じねばならんのです。こんな…」
部下の言葉をワシュウはさえぎりました。

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