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第五章「嘆きの朝」【1】

戦場となるべき平地にヤスブ一行が辿り着いてから、彼らが恐怖に駆り立てられるまで、さほどの時間はかかりませんでした。ヤスブたちがやってきた方向から、黒い塊が近づいてくるのがわかりました。辺りの音が消えました。いえ、ヤスブたちにだけ音が聞こえなくなってしまっていました。風の音も、鳥のさえずりも、”リシオラの盾”のように硬くなった彼らの鼓膜を刺激するには至りませんでした。やがて聞こえてきたのは足音です。あの遊牧民に姿を変えたフェリノア兵たちの、素早く、整然とした足音だけが彼らの頭の中で響き渡りました。逃げ出したい衝動をぐっとこらえ、ヤスブは仲間たち全員に聞こえるように叫びました。
「偉大なるバドの兵士たちよ、この戦いは祖国を守る戦いである!家族を、仲間を、国民を救うための戦いである!一瞬たりとも退いてはならない、全てをここでくい止めよ!恐れるな、奮い立て、我らが力は一騎当千、敵国を滅ぼす無敵の騎士団であるぞ!今こそその力を見せる時、全員、剣を掲げ!軍神イヴェス・レティオ・ラゾよ、我らに無限の力を!」

男たちは剣を天空高くかざし、雄叫びを上げました。遊牧民たちが彼らの目前まで迫ってきました。遊牧民たちも全員が剣を持ち、今にもヤスブたちに切りかかろうとしています。その時、遊牧民の群衆の中から、ぼうっという音とともに火の手があがりました。一つ、また一つと火柱の数が増えていきます。その火柱の元で、遊牧民が火に包まれていました。ヤスブはその光景を驚くこともなく見つめています。燃えている遊牧民の体には矢が突き刺さっていました。その矢は高台から飛んできていました。高台から矢を放っていたのはニダロとアクベイでした。彼らはありったけの油袋をユレイスからもらって高台に上っていたのです。そして油袋を矢頭にくくりつけて火をつけ、二人はそれを次々と遊牧民たちに撃ちこんでいるのです。火のついた遊牧民の周りから隊列が崩れ始めました。遊牧民たちは火を恐れ浮き足立ち、戦いどころではなくなっていました。その時ヤスブが叫びました。
「突撃ー!」

ヤスブたちは一斉に馬を走らせました。ニダロとアクベイは高台から援護射撃を続けていました。
「ニダロ、残りはどれくらいだ?!」
「油袋付きは15本、裸のは70本ほどだろう。」
「そうか、あまり余裕は無いな。一本も無駄にするなよ、全て当ててやるんだ。撃ち尽くしたら俺たちも切り込むぞ!」
ヤスブが部下たちに伝えた作戦は、自分たちが戦っている隙に、ノドモス・スロンゼル・マレア・イオニーネがこっそりと戦場から抜け出すというものでした。しかし本当はそこにイオニーネは含まれないのです。イオニーネは祖国のためにその身を犠牲にするのです。これこそがヤスブの言う、国民を救うための戦いなのです。

                   

ヤスブ一行と遊牧民たちが戦っているはるか後方にマレアたちがいる馬車が止まっています。馬車の中ではマレアが眠っています。彼女はまるで死んでしまったかのように、かすかな寝息を立てているだけでまったく動きませんでした。彼女のそばにはイオニーネが座っています。イオニーネは彼女を見つめ、それから深く息を吸い、長く細く息を吐きました。そして馬車の扉を開け、外にいるノドモスに声をかけました。

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