第五章「嘆きの朝」【4】
彼の心に一瞬の隙が生まれました。三人の男が飛びかかってきました。ユレイスははっとしてそのうちの一人に突進しました。そして体がぶつかる直前に体を右側へ振り、すり抜けながら相手の左腕を切りました。腕を切られた兵士がひるんだ瞬間に、兵士の背後に回り、背中から心臓を貫きました。その間に他の二人がユレイスを左右に挟みました。よく見れば彼らはユレイスと同じような短刀を持っています。ユレイスは彼らが自分と同類だと悟りました。ではここにゲジョルも来ているのか、ユレイスの体にぞくぞくと寒気が走りました。それでも雑念を払い、ユレイスは自分の右側にいる兵士に切りかかりました。と同時に、彼は小刀を左側の兵士に投げました。敵の姿を見ることなく気配だけを頼りに投げた小刀は、見事敵兵の喉仏に深く突き刺さりました。それにひるんだ残りの一人は抵抗する間もなくユレイスにとどめを刺されました。ユレイスはゲジョルを探しました。しかしユレイスは彼を見つけ出すことができませんでした。
戦場から逃れたノドモスとスロンゼルはバドへ向かう道を急いでいました。草原が限りなく広がっているように見えました。スロンゼルの乗る馬には、睡眠薬で眠らされ、麻袋に入れられたマレアも乗せられています。スロンゼルは、マレアが目を覚ました時に彼女にこの状況を何と説明すればいいのか、そのことばかり考えていました。マレアは驚き悲しみ、我を忘れて取り乱してしまうかもしれません。自分にマレアをなだめることができるのか、スロンゼルは不安でいっぱいでした。さらには自分とノドモス、この二人だけで本当にマレアを無事にバドまで連れて行けるのか、という心配もあります。彼の目の前は真っ暗になってしまいそうでした。頼みの綱はノドモスだけです。彼は兵士としての経験があります。左足は不自由ですが、その辺の雑魚など簡単に倒してしまうでしょう。しかしそのノドモスはさっきから黙りこくったままです。イオニーネを残して出発して以来、ノドモスは一言も発しようとはしませんでした。ノドモスは苦しんでいました。この旅が始まってから自分の娘のように可愛がり、愛して止まないイオニーネを置き去りにしたのです。イオニーネの顔が頭に浮かびます。しかし、その表情は全て悲しい顔をしていました。ノドモスは笑顔の彼女を思い出せなくなっていました。とてつもない後悔が彼の心を覆いました。
「ノドモスよ、お前はいったい何をしておるのだ?何を?私はマレアをバドへ連れて行くのだ。彼女を連れて行けばバドの国民に希望が生まれるのだ。なぜお前は何もせずにイオニーネを独りぼっちにしてしまったのだ?独りぼっちにした?何もしなかった?そうだ、確かに私は彼女のために何もしてやらなかった。いや、できなかったのだ。彼女は始めからこの時のために我々と共に旅に出たのだ。始めから決まっていたことなのだ。私にはそれを変えることはできなかった。なぜできない?できないと自分で勝手に思い込んでいるだけではないのか?それはなぜだ?そう思えば、彼女に何もしてやれなかったことにも言い訳が立つからではないのか?なぜ言い訳をするのだ?言い訳をしてでもここにこうしているのはなぜだ?マレアをバドへ連れて行くため、いいや、違うぞ。私は逃げたのだ。遊牧民が恐ろしくて、死ぬのが恐ろしくて逃げたのだ。ええい、この臆病者め!こんなじじいが今さら死を恐れるとは何事か!イオニーネは今頃一人で泣いておるぞ!」
ノドモスは馬を止めました。それに気づいたスロンゼルもあわてて馬を止め、振り返りました。ノドモスは遠くを見つめていました。それからスロンゼルに目をやり、こう言いました。
「スロンゼル、わかったぞ。どうして私がイオニーネの笑顔を思い出すことができなかったかの、その理由がわかったのだ。私が最後に見たイオニーネは笑っていなかったのだ。」
「どうしたのです、ノドモス?いきなりそんなことを言い出すなんて。」
「私は大変な過ちを犯すところだったよ。大切な娘に悲しい思いをさせて、私にいったい何が残るというのか?そうだ、何も残りはせんよ。当然だ、私は自分の心に何も従っていなかったのだからな。このあとに残るものといえば、辛い後悔のみだよ。」
スロンゼルはノドモスから並々ならぬ決意を感じました。
「いけません、ノドモス。私たちには重要な役目が…」
「先に行きなさい、スロンゼル。ここからしばらくは一本道だ、迷うことはない。そしてすぐに小さな村に着くはずだ。そこでマレアが目を覚ますまで休ませてやりなさい。真実を知ればマレアは悲しむだろう、お前さんも辛かろう。しかし気持ちを強く持って前へ進むのだ。心配は要らない、必ずうまくいくよ。」
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