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第四章「誓いの夜」【13】

集落がやがて国になった後も、世界のどこかで戦争が起きていました。ログサレンという国にナロスという若い男が住んでいました。ナロスは麦畑で働く農民です。彼はこの辺りでも評判の働き者で、朝は誰よりも早く働き始め、日が落ちても誰よりも遅くまで働く青年でした。ある日ナロスは仲間たちといっしょに隣の国・ンヴェアへ行きました。ナロスはンヴェアへ行くのが好きでした。そこは自分の国とは違い、裕福で華やかだからです。ナロスはそこで運命の出会いをしました。その相手はヘノトという若い女性でした。ヘノトは市場で働いていて、彼女もナロスと同じように働き者でした。二人は一目で恋に落ちました。彼らは結婚を夢見ましたが、それは到底かないませんでした。なぜなら、国を越えての結婚は許されていなかったからです。国の代表者たちは異国の地が混じり合うことを極端に嫌っていたのです。しかし二人はあきらめきれず、ナロスの国でひっそりといっしょに暮らし始めました。ヘノトはナロスの畑仕事を手伝い、貧しいながらも幸せに暮らしていました。それは二年目の秋のことでした。どこからばれたのか、治安隊があわられ、法を破った罪で二人を捕まえてしまったのです。二人は引き離されそうになりました。しかしナロスとヘノトはどうしても別れたくないと強く願いました。彼らを裁いた役人は二人に次のように言いました。
「二人の罪は重罪で、決して許されないことである。しかし、二人の絆は強く、決意も固いようである。ならば、こうしてはどうだろう?ナロスはヘノトの姿を見られないように目をつぶし、ヘノトはナロスの声を聞くことができないように耳を落とす。その罰を受けるなら二人が結婚することを認めよう。」
これなら二人もあきらめるだろうと役人は思いました。ところが、二人はその罰を受け入れました。見せしめのため、刑の執行は民衆の前で行われました。ナロスは左右の目玉をくりぬかれました。ナロスの目からは真っ赤な血があふれ出ました。ヘノトは左右の耳を切り落とされました。ヘノトの金色の髪はその血で真っ赤に染まりました。それ場にいた人々はその光景を目に焼き付けました。その日のうちに二人は結婚しました。二人は痛みに耐えながらも、その愛を改めて確かめ合いました。その日、夜空に大きな赤い星が流れました。それから数ヵ月後、二人に念願の子供が生まれました。しかし、子供を見てヘノトは驚き、その姿をナロスに伝えました。その子は髪の毛が真っ赤で、目玉も真っ赤だったのです。ヘノトから話を聞いたナロスも驚きました。しかし二人はそれが二人の愛の証であるに違いないと思い、子供を大切に育てました。

             

「赤い髪に赤い眼…」
スロンゼルは独り言のようにつぶやきました。彼は頭の中ですぐにマレアを思い描きました。彼女の目玉は真っ赤で、髪の毛も元々は赤いと聞いています。トーレンはスロンゼルの心中を察してこう続けました。
「その子がマレアというわけじゃない。今のはあくまでも昔話だ。スロンゼル、この昔話はまだ続きがある。この先が最も重要だ。」

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第四章「誓いの夜」【12】

トーレンたち四人の向かった町はリグ・ラといい、市場で賑わっています。町に着いた彼らは早速食料を買い始めました。イオニーネは赤く染まった髪を隠すことなく堂々と歩き、周りの注目を集めていました。トーレンは何を買えばいいのかわからず、三人の後ろについてゆくだけです。やがて買い物もあらかた終わり、次にトーレンはマレアとイオニーネを宿へ連れて行きました。彼はその宿で娘たちを風呂に入れるように手配しました。彼女たちは大喜びで宿の一室へ消えていきました。残ったトーレンとスロンゼルは市場の中にある酒場で時間をつぶすことにしました。
「スロンゼルよ、お前の料理の腕前のおかげで、我々の食事は充実している。皆お前にとても感謝しているぞ。」
「とんでもございません、トーレン様。充実しているのは私のほうでございます。”森の乱暴者”でも料理を作ってはいたものの、それはあくまでも盗賊の手助けをしていたに過ぎません。私をそのようなところから救っていただいたのですから、これからもできるだけのことをさせていただきたいと存じます。」

トーレンは満足げでした。スロンゼルは料理が上手いというだけではなく、正直者です。トーレンは彼のそんな所を気に入っています。仲間の全員がこうであってほしいと、彼はいつも願っていました。スロンゼルが兵士であってくれたら自分に忠誠を尽くすよい部下になってくれると思わずにはいられませんでした。彼はトーレンの信頼を勝ち取っていたのです。彼らの隣のテーブルでは三人の男が酒を飲んでいます。三人とも陽気に騒いでいました。その中でも特によくしゃべる男の声がトーレンたちにも聞こえてきました。
「よし、じゃあこれは知ってるか?馬の雨乞い様というお話だ。昔々、ダルオ山脈のふもとの村にたいそう腕のいい祈祷師がいた。こいつは雨乞い専門だ。どう腕がいいのかというと、いつでも自分が好きなときに雨を降らせることができるんだ。飯を食ってようが、畑仕事をしてようが、はたまた女といちゃついていようが、小雨でも土砂降りでも思いのままだ。当然村の人間はそいつを崇め奉るわなあ。雨乞い師は村人からのご進物でどんどん生活が豊かになっていった。ところが、それを妬んでる奴がいたんだ。別の祈祷師の奴だ。雨乞い師のおかげで仕事がさっぱりなくて生活はどん底になっちまった。金の恨みは恐ろしい、祈祷師はとうとう雨乞い師を殺す計画を企てた。どうやって殺すかというと、暴れ馬に蹴らせるんだ。それなら自分のせいだと疑われずにすむからな。果たして、暴れ馬に蹴られた雨乞い師はあっけなく慎次待った。だが雨乞い師の怨念がその暴れ馬に乗り移ったんだ!なぜわかるかって?なぜなら暴れ馬は祈祷師のほうも蹴り殺しちまったんだ。しかも、理由はそれだけじゃないんだ。その馬が走り出すと、雨雲が馬の後を追って流れていったんだ。誰もが雨乞い師が馬になったと思ったんだ。馬は年に四回、ダルオ山脈からやって来て雨雲を引き連れながらリグ・バーグ中を駆け抜け、そしてまたダルオ山脈へ戻っていくのさ。それがこの国の雨季の始まりだ。」
仲間の二人はその話を大声で笑いながら聞いていました。トーレンとスロンゼルはほろ酔いになりながら、今の話に聞き入っていました。それからふっとお互いに目が合い、苦笑いをするのでした。スロンゼルが話し出しました。
「私も小さい頃は親からああいった昔話をよく聞かされました。雨季の始まりに関してはその土地土地でいろいろなお話があるのです。私のいた村では馬ではなく豚でした。豚が鼻を鳴らして雨雲を呼ぶというお話でした。」
トーレンは楽しそうに笑いました。
「よし、スロンゼルよ、それでは私の国バドの昔話を聞かせてやろう。これは白の壁画にも描かれるほどの、誰もが知っている有名なお話だ。そろそろお前に話しておいてもいいだろうと思う。よく聞いて、しっかり覚えておけ。」
そして彼はバドの昔話をスロンゼルに語り始めました。

              

 昔々、それは本当に昔のこと。まだバドもフェリノアも存在せず、王も平民もなかった時代のこと。家々が固まって建てられ、その集落が一つの国の機能を果たしていました。人口も少なかったこの時代、小さな集落同士はお互いに距離を保って点在していました。初めこそ交流のなかった彼らでしたが、時が経つにつれ次第に集落間を人が行き来するようになりました。人々が歩いて踏みしめた場所が道となり、そのつながりはさらに深くなっていくのでした。彼らは肉と野菜を交換したり、皿と壷を交換したりという、いわゆる貿易を行うようになりました。貿易が進むにつれ、物同士の交換だけではなく、物と金、もしくは銀と交換するようになりました。金や銀は形や大きさを統一され、どの集落でも同じ価値を持つように決められました。それが通貨です。こうして通過による貿易も盛んに行われるようになりました。ところが、通貨と交換するための物を生産する能力に集落ごとの差が出てきました。それによって集落の持つ通貨の量にも差が出て、それは貧富の差となって現れたのです。そして人々の心に、他の集落に対する「妬み」や「恨み」が生まれたのです。人々は争いを始めました。人々が争いをやめることはありませんでした。

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第四章「誓いの夜」【11】

トーレンは納得がいきませんでした。ヤスブとノドモスがどんな会話を交わしていたのか、結局何もわからなかったからです。ヤスブもノドモスもたいした話じゃないというばかりです。ユレイスの報告でも、自分の場所からでは何もわからなかったということでした。ユレイスならその状況でも何とかしてくれると思っていただけに、トーレンは残念でなりません。旅は順調に進んでいます。数日間彼らを悩ませた雨雲も、今では彼らを追い越して西の方角へ移動していったようです。この雨季が完全に過ぎ去ると、次は夏の暑さがやってくるのです。ノドモスは特に変わりありませんでした。あのヤスブとの話し合いの後も、これまでと同じように馬車を動かしています。イオニーネともこれまでと変わらぬ陽気さで話をしています。彼らのたびはまるで何事もなかったかのように順調に進んでいました。しばらくして新たな町が近づいてきた頃、スロンゼルが食料を買いに行きたいと願い出ました。ヤスブは快く承諾し、娘二人とトーレン、スロンゼルを町へ行かせることにしました。レゴも行きたがりましたが、彼はフィレントといっしょにピルセンから剣術の指導を受けることになりました。四人を見送った後、ピルセン、レゴそしてフィレントは各々木刀を持って向き合いました。
「彼女たちと町へ出かけたければ、一日でも早く私の学校から卒業することです。」

まずはレゴが彼から剣術の手ほどきを受けました。最近になってようやく、ピルセンはレゴとフィレントを一人ずつ相手にするようになりました。それは、この若い兵士二人の技術が上がってきたことを意味していました。レゴノートンの剣術は、いわゆる猪突猛進です。初めの頃は周りも見ずに剣を振りかざして相手に突っ込んでいた彼でしたが、今では周囲の状況を把握することができるようになってきたのです。ともすればピルセンと互角に刀を撃ち合う場面すら見ることができるまでに成長しました。決してそれは長くは続きませんが、マスグはそんな彼を見て目を細めています。今日は左に回りこんだピルセンの動きに瞬時に反応して一撃を入れました。あいにくそれはピルセンに受け止められましたが、それは十分に彼を驚かせたのです。その光景を見ていたマスグたちも感嘆の声を上げました。必ずやレゴは一流の騎士になれるだろうと皆は喜びました。しかしそれとは対照的に、マスグの頭痛の種はフィレントでした。もちろん彼の剣術も上達しています。しかしそれでもピルセンを脅かすことができません。マスグ曰く
「あいつは一人で剣を振っているのが楽しいんだろう。敵を切る気迫が足りないのだ。とどのつまり、奴は実戦に向いてないのさ。しかしそれでは困るのだ。奴が働いてくれなければ我々は全滅してしまうかもしれん。いざとなれば俺がぶん殴ってでも奴をその気にさせてやる。」
彼の言うフィレントの気迫は最近特に薄れてきているのです。その理由をエトンだけはわかっていました。”森の乱暴者”のアジトで豹変してからというもの、フィレントは木刀を握ることさえためらうようになっていました。しかしそれでもいいかもしれない、とエトンは思っていました。優しすぎる彼に殺し合いは似合いません、それはマスグと同意見です。しかしその上でなおフィレントに奮起させようとしているマスグには反対でした。それがまたあの豹変ぶりに繋がってしまうのではないかと、エトンは心配していました。フィレントが自信を失くしていることを、訓練を通じてピルセンは感じていました。彼が自信を取り戻すことができれば、すぐにでもレゴを追い抜くことができるとピルセンは思っていました。彼にはそれだけの素質があり、それはほんの少しのきっかけで開花するとピルセンは確信していたのです。三者の思惑は微妙にずれ、そのどれがフィレントにとって一番いいことなのか、今は誰にもわからないのでした。

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第四章「誓いの夜」【10】

私の道は岩の道 硬くとがった岩の道 

  私の足を削る道 それでも行かねば鬼が来る

私の道は氷の道よ 白く冷たい氷の道よ

  私の足の皮をはぐ それでも行かねば鬼が来る

私の道は泥の道 黒くぬかるむ底無しの道

  私の足を奪う道 それでも行かねば鬼が来る

私の道は蛇の道 牙をむき出し毒をまく

  私の足を腐らせる それでも行かねば鬼が来る

私の道は火の道よ 私を取り巻く燃ゆる息

  黒く焦げたる骨と肉 それでも行かねば鬼が来る

私の道は茨の道よ 細くとがったとげの道

  私の足に突き刺さる それでも行かねば鬼が来る

私の道は白刃の道よ その切っ先が血を啜り

  私の足を切り刻む それでも行かねば鬼が来る

私の道は砂の道 嵐が全てを埋めてゆく

  親の墓さえ見つからぬ それでも行かねば鬼が来る

私の道は海の道 猛り狂えば船も呑む

  私の足は魚の餌よ それでも行かねば鬼が来る

私の道は森の道 一度迷えば出口なし

  枝と木の葉が私の墓よ それでも行かねば鬼が来る

私の道は酒の道 酔って踊るは愚かな舞よ

  私の足は狂気の沙汰か それでも行かねば鬼が来る

私の道は金の道 心惑わす金の道

  親子の絆も断つ魔物 それでも行かねば鬼が来る

私の道は花の道 誘う花粉と蜜の道

  花弁に群がる色の虫 それでも行かねば鬼が来る

私の道は人の道 こいつが一番恐ろしい

  この世の全てを喰らう奴 それでも行かねば鬼が来る

鬼よ来るなら来ればよい 我は人なり 主をも喰らう


ヤスブは子供の頃に覚えた歌を口ずさんでいました。やがて雲は西へ流れてゆき、空一面に星が現れました。暗く曇っているのはヤスブの心の中だけでした。

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