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第四章「誓いの夜」【9】

ユレイスは岩陰から二人の様子を伺っていました。しかし二人からはかなり離れているため、会話はまったく聞き取れません。ユレイスからヤスブは完全に背を向けていて、ノドモスの姿もヤスブと重なってしまっているので、唇の動きを読むこともできません。ユレイスはじれていました。トーレンの命令とはいえ、身内の動きを探らなければならないというのは不満でした。しかも今、ここで何もできずにいるのです。もう少し近寄ってみようかと考えていた時、ヤスブが反転して斜面を下り始めたのです。そしてすぐにノドモスがヤスブともみ合いを始めました。ユレイスは飛び出しました。ヤスブはバランスを崩し、うつぶせに倒れました。その上にはノドモスがしがみついています。ノドモスはヤスブに顔を近づけてこう言いました。
「イオニーネはこう言っていたよ、自分がやらなければならないとね。まるで脅迫されているみたいだったよ。以前私がイオニーネの事を聞いた時、彼女は自分でこの旅に参加したとお前さんは言っておったな。しかしその前にお前さんは彼女に何か言ったんじゃないのか?彼女の心をうまく操るような何かを。あの時のあの子の目は尋常ではなかっったぞ!」
ノドモスはヤスブの頭に手をかけました。
「ノドモス、何をしているのです、やめてください!」
ユレイスが猛然と駆け寄ってきました。ノドモスはぱっとヤスブから手を離しました。ユレイスはノドモスの服の襟を掴み、ヤスブから引き剥がしました。ノドモスは仰向けに地面に転がりました。彼は息を切らしています。ユレイスはノドモスから目を離しませんでした。
「ヤスブ様、ケガはありませんか?」
ヤスブは既に立ち上がっていました。ヤスブはノドモスを見ませんでした。
「大丈夫だ、ありがとうユレイス。先に皆のところへ戻ってくれ。私もすぐに行く。」
「ノドモスは…いかがいたしますか?」
「そのままでいい。だがユレイス、このことは黙っておいてくれ。皆が心配するといかんからな。」
「御意。」
そういってユレイスは戻っていきました。寝そべっているノドモスの横へヤスブは座りました。
「ノドモス様、あの時に私はこのようにも言ったはずです。誰にも言うわけにはいかないと。それは今でも変わりません。いずれ全てがはっきりとするはずです。ですからそれまではノドモス様も何も知らずにいてください。ノドモス様はこれまで通り、何も変わらず娘たちのそばにいてやってください。」

ノドモスは空を見ながら答えました。
「それが私の役目なら、従うとしよう。お前さんが一人で悪者になるというのならそれもいいだろう、止めやせんよ。」
ヤスブはノドモスが起き上がるのを手伝いました。ノドモスはヤスブを残し立ち去りました。雲の切れ間から小さな星が瞬いていました。

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第四章「誓いの夜」【8】

「このへんでいいじゃろう。」
二人は野原の真ん中に立っていました。そこは緩やかな丘の頂で、仲間の方角へ目をやると、彼らの姿は下のほうにかすかに見えるほどでした。足元には背の低い草が辺り一面に生えています。近くには木や大きな岩などの、人が身を隠せる場所はありません。
「ここなら誰かに話を聞かれることもない。お前さんだってその方が都合がよいであろう?」

ノドモスの口調はいつものような穏やかさではありませんが、先ほどまでの怒りは嘘のように消えていました。

                 

「さあ、それではヤスブよ、どうするね?わしから話すか、お前さんから話すか。それとも、わしが何を言いたいのか検討もつかんかね?」
ヤスブは口元に静かに笑みをたたえています。
「いいだろう、お前さんがそうやって白を切るつもりならわしから話そう。それはイオニーネのことだ。彼女が赤毛になったのはお前さんが指示したからだね?」
「指示というのは大げさですよ。私はただ彼女に髪を赤くしてみたら似合うかもしれない、と言ってみたまでのこと。確かに彼女はその通り赤毛になりましたが、それは決して強制ではありません。」
「それではなぜ赤毛が似合うと思ったのかね?」
「彼女を何かにたとえるなら、燃え盛る炎でしょう。火柱を高く上げたかと思えば、次の瞬間には手を大きく広げたように周囲を覆いつくす、そんな印象を彼女から私は受けるのです。だからその色を、と言っただけです。」
「質問を変えよう。なぜマレアと同じ髪の色にさせたのだね?」
「そういえばマレアは赤毛でしたね。」
「とぼけるのはやめなさい、時間の無駄だよ。」
「本当に忘れていました。何しろ彼女の髪が赤かったのは白森の村を出て数日の間だけでしたから。その後すぐに金色になり、そして今日は黒になりましたね?」マレアの髪が赤いという思い込みはしていませんよ。」

ノドモスはさらに違う角度からヤスブに尋ねました。
「ヤスブよ、何も不思議に思わんのかね?」
「…何のことでしょう?」
「なぜ私が、イオニーネが髪を赤くしたことにこだわっているのかを不思議に思わんのか、ということをお前さんに聞いているのだよ。マレアと同じ色にしたからといって、そこまで根掘り葉掘り聞く必要はないはずなのに、なぜ私がそこまで言ってくるのか、お前さんは疑問を持たんのかね?」
「もちろん思いました。ただそれを口にしなかっただけです。」
「私が真相を言ってしまうのが怖いのかね?」
「何の事だかわかりません。」
「聞かれずとも私は勝手にしゃべらせてもらうよ。お前さんはイオニーネをマレアの身代わりにする気だ。赤毛のイオニーネをマレアと思わせ、フェリノア軍に渡すつもりでいるのだよ。そうすればリグ・バーグの目もフェリノアに向くだろうからな。我々は追撃の手から逃れることができると言うわけだ。」
「本当にそうなれば結構ですな。マレアを無事にバドまで連れて行くことができますから。」
「なぜこんなことをするのだ?」
ヤスブはくるっと後ろを向き、こういいながら歩き始めました。
「話はここまでです。この件でこれ以上あなたと話すことは何もありません。」
「まだ話はおわっとらんぞ!」
その途端ヤスブの背中に大きな錘が投げつけられたような衝撃が走りました。ノドモスがヤスブに飛び掛ったのです。ノドモスは彼に組み付いたまま離れません。ヤスブは油断していました。足の不自由なノドモスがこのようなことをするなど思いもしませんでした。

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第四章「誓いの夜」【7】

 ヤスブはトーレンやマスグと話し合いを行っています。内容はこれまでの決定事項の再確認に終始し、特に目新しい意見は出てきませんでした。
「いくら考えたって同じことさ、最短距離を突き進むしか道はないんだよ。敵を振り切るのにはこれが一番なのさ。」

マスグが声高に話し、笑っています。トーレンは頭の後ろで手を組んだまま空を見つめ、反論しませんでした。ヤスブはいつものように静かに考えていました。気持ちばかりが焦って、いい考えは浮かんできません。今日はここまでかと彼は思っていました。そこへノドモスがやって来ました。ヤスブはノドモスの顔を見て、彼が何を言いに来たのかすぐにわかりました。
「ヤスブ様、お話がございます。」

ヤスブに近づくノドモスをトーレンが制しました。
「ノドモス、今我々は重要な話をしているのだ。お前の話は後にしてくれ。」
「お時間は取らせません。」
それでもノドモスはヤスブと話をしようとしています。
「おい…」

そう言いかけて、トーレンは言葉を詰まらせました。トーレンはノドモスの気迫に圧倒されていました。その迫力あふれんたたずまいは、老人のそれとは思えません。マスグは初めから彼に気おされていました。まるで、そう殺気です。ノドモスは今にもヤスブに襲い掛かろうとしている、ヤスブはそう感じていました。そう感じていたのですが、マスグもトーレンも動くことができませんでした。ヤスブはゆっくりと立ち上がり、こう言いました。
「よいのだ、二人とも。私もノドモスに話があるのだ。今夜はここまでにしよう。二人とも休んでくれ。…ノドモス、場所を変えよう。」

そして二人は遠く離れたところまで歩いていきました。後に残されたトーレンとマスグは呆然としていました。
「おい、トーレン、どうして何もしなかった?」
「お前こそただ見ていただけではないか。」
「俺は動けなくなっていたのだ。体が固まってしまったようだった。もしノドモスがヤスブ様を殺そうとしたとしても、俺たちには止めることができなかっただろうな。俺はノドモスをただののん気なじいさんだと思っていたが、どうやらそうではないようだ。」
「まったくだ。…このまま二人きりにして大丈夫だと思うか?」
「ヤスブ様はノドモスの殺気をしっかりと受け止めていたように思えた。それにノドモスもそこまではせんだろう。」
しかしトーレンは気が気ではありませんでした。
「いったい、ノドモスは何を話す気でいるんだろう。お前は何か知っているか?」
「いや、さっぱりわからんね。昼間はそんな様子でもなかったんだが、ノドモスは相当頭にきているようだったな。」
「俺はユレイスを探してくる。」
「おい待てトーレン。何もそこまでしなくてもいいんじゃないか?」
「どんな話かわからんが、把握しておかなければならんと思う。山火事もほんの小さな火種から起こるのだからな。お前はそこで待機していてくれ。」
トーレンは走り出しました。もやもやしたものが彼の胸で渦巻いていました。

             

 ヤスブはノドモスの後ろを歩いています。彼はノドモスの左足を見ながら歩いています。ノドモスは不自由な左足を引きずりながらも、それを苦にしていないような速さで歩いています。この脚は戦争のさ中にやられた、とノドモスはいつも仲間に語っています。しかしそれが戦場での負傷による物ではないということを、ヤスブだけは知っていました。そして彼が脚よりも心にもっと大きな傷を負っていることも知っていたのです。ヤスブは彼がこの旅に加わってくれたことをとても感謝していました。そして同時に、このような苦難の旅にこの老人を巻き込んでしまったことを後悔していました。ふとノドモスの足が止まったことに気づき、ヤスブは視線を上げました。ノドモスがこちらを見ています。

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第四章「誓いの夜」【6】

「しかし、マレアの顔を知らない者が赤毛のお前さんを見たら、きっと…」
「やめてよ、ノドモス。何を言っているのかわからないわ。」

イオニーネは少しだけ声を荒げました。ノドモスは話題を変えました。
「マレアとお前さんのおかげで皆の顔が明るくなったよ。いつ見てもお前さんの踊りには感心するよ。」
「踊りは小さい頃からやっていたの。そうやってお金を稼いだ時もあったわ。私、踊りでなら誰にも負けないもの。」
「確かにそうじゃのう。特にレゴと二人での踊りは見事なものじゃった。」
「そうね、レゴとは旅が始まった頃からずっと踊っているから最近は息が合うようになったわ。彼もセンスがあるわね。」
「お前さんの燃えたぎるような性格は踊りによく現れていると思うよ。レゴはそんなところに惚れたんじゃろうなあ。」

マレアはそれには答えず、食器を洗っています。
「バドへ無事に帰って、レゴといっしょになりなさい。お前さんはそのことだけを考えておればよい。国のためとか、マレアを守るためとか、そんなことは兵隊どもにやらせておけばいいことだ。お前さんが背負いこまなくてもいいんだよ。」
「だめよ、ノドモス!」
再びイオニーネが制しました。ノドモスはじっとイオニーネの様子を伺っています。彼女は心なしか小さく震えているようでした。小川の水が流れる音だけが聞こえてきます。
「私には両親も兄弟もいないけれど、バドには友達がいて、エイ・デオ様もいらっしゃるわ。私は、故郷の皆のために自分の役割を果たさなければならないの。しかもそれは私にしかできないことよ。そうだわ、私がしなければいけないのよ。私の頑張りが祖国を救うわ。だからノドモスお願いよ、今はそっとしておいてほしいの。」
「そう言われたのかね・・・ヤスブに?」

今度はノドモスの声に怒気が含まれていました。
「役目を果たさなければならない?私にしかできない?そんな風に言ってヤスブはお前さんを説得したのか?」
「何を怒っているの、ノドモス?私は…」
彼女が振り返ったとき、ノドモスは背中を向けて歩き出していました。
「ノドモス!」

彼女は叫びました。
「ノドモス、お願い…。」
イオニーネの消え入りそうな声はノドモスを振り向かせるには至りませんでした。彼女はノドモスの後姿を見つめたまま、そこに立ち尽くしました。彼が馬車のところまで来ると、マレアが話しかけてきました。
「ノドモス、スロンゼルさんの姿が見当たらないのよ。」

彼はマレアに目を向けることなく、歩いて行ってしまいました。
「今日のノドモスは何か変ね。それにしてもスロンゼルさんはどこへ行ったのかしら?」
スロンゼルはノドモスとイオニーネの話を聞いていました。近くの木の陰に隠れ、暗闇に紛れ、彼は一部始終を聞いていたのです。何か大変なことを聞いてしまったように彼は思いました。ただ、何が大変なのかは彼にはよくわかりませんでした。イオニーネは再び食器を洗い始め、スロンゼルは静かにそこを離れました。

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