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第四章「誓いの夜」【5】

レゴもたまらず立ち上がり、イオニーネの前で踊り始めました。ニダロの指笛が響き渡り、いつもは冷静な彼らも我を忘れて囃し立てました。レゴとイオニーネはフィレントたちとは違い、真剣なまなざしで見つめ合っています。彼らの踊りは相手から目をそらすことなく、手足を力強く動かし、お互いに素早く回り込んでいます。二人の体は熱を帯び、汗が飛び散り、交じり合いました。彼らの情熱的な踊りに、手拍子は一層激しくなるのでした。四人とも言葉は交わしませんでしたが、体で相手への気持ちを表現し、そして感じ取っていたのです。ノドモスも楽しそうに手を叩いています。こんなに楽しいのは一体いつ以来だろうかと考えたりしていました。ふと、彼の視界にヤスブの姿が映りました。彼も笑顔で四人の踊りを見ています。しかし、彼は心の底から楽しんでいるようには見えませんでした。むしろ哀しげにも感じられるのです。そのヤスブの表情を見て、彼が何を考えているのかを、ようやく今はっきりとノドモスは確信しました。それはヤスブの残酷な計画でした。

              

 夕方からは強い雨に見舞われました。大きな雨粒が空から一直線に降り注いで、彼らの体に打ち付けるのでした。しかし彼らは思いのほか元気でした。昼間のマレアとイオニーネの踊りによって、彼らの心の霧はすっかり晴れていたのです。レゴは改めてイオニーネに熱を上げていました。起こりやすく、笑いやすい気性の激しさにあの赤毛はよく似合っていると思っていました。バドに帰ったら結婚しようと思いました。いいかげんな気持ちは微塵もなく、彼はただ純粋にそう思うのでした。彼らの行く手を阻む雨は小降りになっていました。彼らは休める場所を探し、そこで夕食をとりました。食事の後、マレアとイオニーネ、そしてスロンゼルは近くの小川で食器を洗っていました。雨のせいで水の流れが速いのか、マレアがはしゃぐ声も聞こえてきます。淡い終わった食器から先にスロンゼルが馬車のほうへ運んでいきました。そこで彼はノドモスとすれ違いました。
「イオニーネは向こうにいるのかね?」
ノドモスが先に声をかけてきました。
「はい、マレアといっしょに皿を洗っていますよ。」
スロンゼルは小川へ歩いていくノドモスの背中を振り返って見ています。彼はノドモスの顔が少し怖かったように思いました。ノドモスは二人に近づいていきました。ノドモスは彼女たちに声をかける前に静かに深呼吸をしました。
「イオニーネ。」
彼女たちはいっしょにノドモスを見ました。
「あらノドモスさん、どうしたの?」
マレアが笑顔で歩み寄ってきました。彼女の服は必要以上に濡れているようでした。
「川の流れがすごい勢いなの。遊びすぎっちゃったわ。」
ノドモスはマレアに優しくささやきました。
「マレア、私はイオニーネと少し話があるんだ。申し訳ないが向こうでスロンゼルの手伝いをしていてくれないか?」
マレアはきょとんとしていました。
「あ、はい、わかりました。」
いつもと少し様子が違うノドモスをいぶかしく思いながらも、マレアはスロンゼルの元へ向かうのでした。

              

イオニーネはノドモスに背を向けて、今は鍋を洗っています。
「イオニーネ、その髪の色、よく似合うじゃないか。」
「ありがとう、ノドモスならそういってくれると思っていたわ。」
「マレアの髪をすっかり真似したわけだな。これではどっちがマレアか見分けがつかんよ。」
「そうかしら?違っているのは髪の色だけで、後は何も変わらないわ。それにマレアは今赤毛じゃないから、私と彼女を間違えるなんてありえないわ。」

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第四章「誓いの夜」【4】

ゲジョルは体をのけぞらせて苦しそうに笑っています。ラゾイが椅子から立ち上がり、身を乗り出して彼に詰め寄りました。
「おふざけが過ぎますぞ、ゲジョル様!」

ゲジョルは顔を天井に向けたまま、目だけをラゾイに向けました。その顔は真顔でした。彼のその目はラゾイを震え上がらせるほどの深い闇をたたえていました。
「私は冗談なんていわないよぉ…まあそうならないように参謀殿にはせいぜい張り切ってもらうしかないよねぇ…。」
ラゾイは椅子に座りなおしました。彼の呼吸は少し速くなっていました。彼は自分が冷たい水の底に落ちてゆくような感覚にとらわれていました。彼はゲジョルの真意を量りかねていました。ゲジョルが本当にフェリノアに忠誠を誓っているのかどうか疑念を抱いていました。
「あんた、そろそろ行ったほうがいいよぉ…時間はあまりないからねぇ…。」
「ゲジョル様は本城に戻って何をされるおつもりなのですか?」
「何もしやしないよぉ…少し休もうと思っただけさぁ…。」
ラゾイはゲジョルを見据えたまま席を離れ、後ずさりしたまま店を出て行きました。一人残ったゲジョルはコップのジュースを美味しそうに飲み干すのでした。

                 

森を出た翌日、ヤスブ一行は順調に旅を続けることができました。雨は時折降りましたが、彼らの進行を妨げるものではありませんでした。しかし彼らの心は重く沈んでいました。五百人の遊牧民にいつ襲撃されるのかわからず、緊張の時間が続いていたのです。イオニーネはこの状況を好ましく思わず、マレアと一計を案じました。次の日の昼食時、やはり彼らはあまりおしゃべりをせず、静かに料理を口に運んでいます。スロンゼルが腕によりをかけた料理も効果がないようでした。レゴがイオニーネの姿が見えないことに気づきました。
「スロンゼル、イオニーネはどこに行ったんだ?」
「私にはわかりません。先ほどマレアとどこかへ行ってしまったのです。」
確かにマレアもどこにもいませんでした。レゴはつまらなそうにしています。フィレントはマレアを探していましたが、やがて視線の先に二つの人影を発見したのです。その二人は頭からすっぽりとマントをかぶり、フィレントたちの元へゆっくりと近づいてきました。フィレントが遠くを見つめているので、レゴも同じほうに目をやり、他の数人もその二人に視線を投げました。アクベイがすぐさま言いました。
「娘たちか?」

なるほど、そう言われてみればその二人はどちらも男にしては小柄でした。今や一行の全員がその二人を見ています。二人はニダロとピルセンの間を通り、一行が作っている輪の中心までやって来ました。そして男たちが見守る中、二人はぱっとマントを脱ぎ捨てました。するとそこには黒髪のマレアと赤毛のイオニーネがいたのです。彼女らはそのまま踊り始めました。軽快なステップを踏み、腕を大きく振り、くるくると回っています。マレアあふれんばかりの笑顔を見て、イオニーネの鋭いまなざしを見て、男たちの心に次第に変化がおきていました。彼らの表情が和らいできたのです。スロンゼルが手を打ち始めました。徐々に手拍子の輪が広がり、この場に明るさと賑やかさが戻ってきました。マレアは踊りながらフィレントの前へ出てきて、右手を彼に向かって差し出しました。フィレントは目をぱちくりさせていましたが、エトンに背中を押されて立ち上がり、そして彼女の手をとって踊りに加わりました。フィレントとマレアはお互いに見つめあい、息の合った踊りを披露しています。

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第四章「誓いの夜」【3】

「でもこれでようやくわかったよ。五百人まとめてぞろぞろと動くなんて、愚かな奴を指揮官にしたもんだと思ったけどねぇ…オセアスなら納得だね。」
「それに関してはワシュウ様も部隊を幾つかに分けるようにと申し上げたようなのですが、オセアス様はまったく聞く耳を持たれなかったようでございます。」
「あいつが人の忠告なんか聞き入れるもんか!何か言われりゃすぐふくれっ面をするような男なんだよ…まったくもって幼稚なんだよねぇ。」
再びゲジョルが不機嫌になり、ラゾイはしばらく沈黙しました。
「ばれちゃってるよぉ…娘の一行の奴が知ってたからねぇ…当然リグ・バーグの連中も知ってるだろうねぇ。さすがに平和ボケのお馬鹿さんどもといえども黙っちゃいないだろうねぇ…。」
「ここはゲジョル様からオセアス様へご進言申し上げてはいかがでしょうか。」
ゲジョルは首を左右にゆっくり振りました。
「私が言っても同じことだよぉ…それよりもあんた、何人連れてきたんだい?」
「はい、六人連れてまいりました。」
「六人かい…足りなくなるかもしれないねぇ…下手したらこの作戦、失敗しするかもしれないよぉ…。」
「いや、しかしゲジョル様、オセアス様が指揮を執られているというのに簡単に失敗させるわけにはいかないのではございませぬか?」
「私たちの面子もあるから、失敗するわけにいかないってのは重々わかってるけどねぇ…失敗するかもという一番の理由は、そのオセアスが指揮を執るってことなんだけどねぇ…まあいいや、とりあえず私は本城に戻るよ。後はあんたに任せるからね。」
「私に…ですか?はい、かしこまりました。しかしゲジョル様、これからどのようにすればよいのでしょう?」
「オレルメアタールに戻る前に私もオセアスに会ってみるけどねぇ、とにかく五百人のまんまじゃだめだよ…それから、部隊は歩いてきてるのかい?」
「その通りです。オセアス様とワシュウ様、それと小隊長十人は馬に乗っています。」
「今のままじゃ奴らとの距離が縮まらないよねぇ…だから馬を用意しなよぉ…まずは一小隊分、あんたら七人全員でかき集めるんだ。そして騎馬隊だけでやつらを追わせて、進行を止めさせるんだよ…勝てなくってもいいさ、時間さえ稼げればいいんだからねぇ。私も盗賊を雇ってみたんだが大して役に立たなかったよぉ…でも私らの兵隊ならもっと上手くできるだろうねぇ。ただ、奴らは相当強いよぉ…あんたらもさぁ、下手に奴らに張り付かないほうがいいよぉ…結局私も一人になっちまったからねぇ。」
「まさか五百の部隊がたった十人に力で劣るとお考えですか?」
ゲジョルはどこか一点を凝視して口を引きつらせました。それは笑っているようでした。
「奴らの限界が見えてこないんだよねぇ…ふふっ、ふふふふ…五百の屍が野にさらされているのが見えるようだよぉ…ひゃはぁあ…その中には当然オセアスもいたりしてねぇ…こりゃあいい…奴らの力を見極めるためにも、第四王子にはぜひその身を差し出していただくことにしようよぉ…たまらないねぇ…あぐ、あがはぁ…。」

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第四章「誓いの夜」【2】

「彼はお坊ちゃまなんかじゃないわ。とても一所懸命なのよ。今は頼りなさそうに見えるかもしれないけれど、いつか努力していることが実を結ぶはずだわ。」
「それは楽しみね、期待しているわ。」
マレアは少しむっとなり、イオニーネに突っかかりました。
「じゃあイオニーネこそどうなの?あなたもレゴに守ってもらうんでしょ?」
「そうね、レゴはもちろんだけど、他の皆も私を守るために戦ってくれるわ。きっとスロンゼルも私のために命を投げ出すに違いないわ。」

マレアはあきれて口を開け、そして笑い出しました。
「あら、何がおかしいの?マレアにはちゃんとフィレントを貸してあげるから安心なさいな。」
「私は心配なんかしていません。フィレントは必ず私のために強くなってくれるわ。フィレントさえいれば私は大丈夫なんです。」

本当はマレアを守っているのはフィレント一人じゃない、とイオニーネは思いました。ヤスブを始めトーレンやマスグ、馬車使いのノドモスでさえも彼女を守るために必死で頑張っているのです。いざとなればレゴだって、イオニーネを置いてでもマレアのために戦うことでしょう。でもそれはイオニーネ自身にも言えることでした。何があってもマレアを守る、それがイオニーネの役目なのです。空からは月や星が見えなくなっていました。雨季の雲がこの地方まで流れてきたようです。やがて雨粒がぽつりぽつりと降りだしました。ヤスブたちはマントを羽織るなどして、体が冷えるのを防ぎながら先を急ぎました。すぐそこまで敵が迫ってきているのです。止まっている余裕はありません。雨に打たれながら、彼らはただ黙々と前へ進むのでした。

                     

ゲジョルはリグ・ラーンの酒場にいました。彼はテーブルの席に一人でいます。彼は酒ではなくジュースを飲んでいます。彼の席へ一人の若い男が近づきました。ゲジョルはその男を見てにやりと口を歪めました。
「おや、ラゾイじゃないか。どうしたんだい、こんな所へ?」
「ゲジョル様、ずいぶんと探しました。いったい今まで何をされていたのですか?」
「なんだい…お前、私に尋問かい…えっらそうにぃ。」
不機嫌になったゲジョルにもひるまず、ラゾイは話し続けました。
「連絡がつかなくなって、心配しておりました。」
「はんっ!白々しいねぇ…。」
「ワシュウ様が現況報告を欲しておられます。」
「…ワシュウだって?ということは、ひょっとして四男坊が来てるのかい?!あぁ…よりによってあんなのを送り込んでくるとはねぇ…本城はどういうつもりなんだい?」
「実は、オセアス様自らが手を挙げられたのです。始めは第六師団第一中隊長のソーレル様が出られる予定だったのですが、そういうわけで急遽変更になったのです。オセアス様は相当張り切っておいでのようです。」
「オセアスのことなんかどうでもいいよぉ…あいつは大した手柄も立てたことがないから焦ってるだけなんだよ。ソーレルってのも聞いたことがないねぇ…私はねぇ、私に言わせればねぇ、タルティアスがいいと思うんだよねぇ…五男坊さぁ…若いんだけど、将来いい大将になると思うよぉ…楽しみだねぇ。」
ゲジョルは楽しそうに話しています。
「ゲジョル様、しかし現実は、今の指揮官はオセアス様でございます。何とぞワシュウ様への現況報告をお願いいたします。」

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第四章「誓いの夜」【1】

その夜、彼らはついに出発しました。遊牧民は恐らく自分たちを狙っているという結論の元、彼らに追いつかれる前にリグ・バーグを突破しようとヤスブは考えていました。彼らは、先日ユレイスが通った道を使うことに決めました。ヤイリィ・メノスの関所から河沿いに南下し、川底が浅くなった辺りでバドニアからリグ・バーグへ渡る計画です。決行の時刻は、これもユレイスの時と同じく深夜です。森の中をしばらく進みましたが、もうここには彼らを尾行する者はいませんでした。森を抜けた後も計画は順調に進み、一同が拍子抜けするほど難なくリグ・バーグに入ることができました。馬車の中ではマレアとイオニーネが話をしています。
「あっさりしたものね。私ったらてっきり何かあるんじゃないかと思ってひやひやしてたけど、たいした事ないじゃない。心配して損しちゃったわ。」
イオニーネがこぼしていると、マレアは笑顔でこう言いました。
「本当にそうね。今まで怖いことばっかりだったのに、嘘みたい。でも、この安全な道はユレイスさんが見つけてくれたのよ、感謝しなくちゃ。」
イオニーネはユレイスがいる方向へ投げキッスをしてみました。
「壁や屋根があるけど、感謝の気持ちは届いたはずだわ。」
一方イオニーネの口付けを受けたとも知らず、ユレイスはドウィに揺られながら北のほうを眺めていました。その視線の彼方にはリグ・リヤバルがあり、そこにはフランネが暮らしています。これからドウィが一歩進むたびに二人の距離は広がってゆくのです。ユレイスはもう二度とフランネに会うことはないだろうと思っていました。いっそこのまま走り出してみんなの元を離れ、リグ・リヤバルに行ってしまおうかという考えが彼の脳裏をよぎりました。そのユレイスの思いを感じ取ったのか、ドウィがその場にぴたっと立ち止まりました。ユレイスははっと我に返り、あわててドウィに歩くように促しました。自分は祖国を救わなければならない、迷ってはいけないのだと、ユレイスは自分自身に言い聞かせていました。
「ユレイスといえば、あなた出発前にユレイスと話をしていたようだけど、何だったの?」
「私、ユレイスさんが任務に出る前にお守りを貸してあげたんだけど、覚えてる?」
「もちろんよ、あの白くて丸い石でしょ、それがどうしたのよ。」
「ユレイスさん、それを私に返しに来てくれたんだけど、私いらないって言ったの。」
「どうして?あのお守りよく効いたじゃない。返してもらえばよかったのに。」
「よく効いたからなの。あの石は私の手を離れて、今はユレイスさんを守るために働いているのよ。だからユレイスさんの物なのよ。それにユレイスさんは私よりずっと危険な目にあっているのよ。お守りは必要だわ。」
「じゃあ、あなた自分が危険な目に遭ったらどうするの?お守り無しでは助からないかもしれないわよ。」
「………………」
マレアの声が小さくてイオニーネには聞き取れませんでした。
「え、何て言ったの?」
「フィレントが守ってくれるって…言ったのよ。」
暗くて顔色はよくわかりませんが、きっとマレアの顔は真っ赤になっていることでしょう。
「フィレントねぇ。あんなお坊ちゃまに何ができるか知らないけど、大きく出たものね。でもその心意気だけは褒めてあげるわ。」

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