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第三章「ユレイスの憂鬱」【22】

「お前にとってはよくあることなのか?」
「フェリノアの名を聞くだけで不愉快になります。父の教えで、私はフェリノアを今でも敵だと思っています。特に王家の血筋の者には殺意さえ抱くこともあります。」
エトンは怒りに囚われたフィレントを思い出していました。
「私がお前の精神状態をおかしくさせてしまったのかもしれん。」
「決してエトン様のせいではございません。しかしエトン様、私は自分のことを恐ろしく思います。もし私が手のつけられないような状態になったら、その時は私を殺してでも止めてくださいませ。」
「馬鹿を言うな…!しかし、お前のことはいつまでも見守っていようぞ。」
フィレントはほっとしたような表情になり、そして立ち上がりました。彼の出血もようやく治まり、彼とエトンは”森の乱暴者”のアジトを後にしました。帰る道すがら、エトンはこう付け加えました。
「今回のことは私の胸にしまっておこう。要はお前の問題のようだ。だが、これだけは言っておく。決して今のままでよいというのではないぞ。もしお前のあの状態が今よりひどくなったら、どんな問題が起きるかわからんからな。感情を抑えられるようになることが必要だ。」
フィレントはエトンの心遣いをありがたく思い、その言葉を心に重く受け止めるのでした。二人は出発の準備を終えて待っていたヤスブたちと合流しました。

                  

 二人はすぐさまヤスブのところへ向かいました。そしてヤスブは兵士全員を集めました。エトンはアジトから持ってきた短刀をユレイスに見せました。
「トーレン様から聞いた話では縦に長い菱形が中央部分にあったそうだが、間違いないか?」
短刀の紋章を見たユレイスは首を左右に振りました。
「これも縦に長いようですが、私が見た物はもっと極端に長かったのです。それにこの針葉樹の葉ですが、この紋章では一ヶ所から葉が二本出ていますが、森で見た物は三本でした。」
フィレントはエトンの後ろにいて、紋章を見ないようにしていました。気がつくと、ノドモスがユレイスの左肩越しに短刀をじっと見ていました。
「これはシャルマ王の紋章じゃないか。いやあ、実に懐かしい。」
エトンが驚いてノドモスを見ました。
「知っているのか、ノドモス?!」
「これは大戦の時によく見た物だよ、ヤスブ様。しかしシャルマ王が亡くなってからすぐに、ユレイスが言っていたほうの紋章に替わったのさ。つまりフェリノアは王が変わる度に紋章をちょこっとずつ変えておるんだ。だから、両方ともフェリノアの印であることに間違いないのだよ。」
「なるほど、ノドモスは人生の半分を戦場で過ごしたと言っていたな。だからそこまで詳しいのか。」
ニダロが感心したように言いました。
「長く兵隊をやっておると、いろんな人からいろんな話が聞けるからな。しかも今の話は有名なネタでのう、誰彼無くその話をしていたものさ。」
「それではやはりゲジョルはフェリノアからやって来たということか。」
そのヤスブの言葉が皆の結論でした。

            

この先、ついにヤスブ一行は森を後にして旅を再開させます。彼らは今や追われる身となってしまいました。この逃避行に希望は見出せるのでしょうか?その結末はまだまだこれからのお話です。

             - 第三章 完 -

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第三章「ユレイスの憂鬱」【21】

 エトンの足元には首のない死体が横たわっていました。エトンは、口を塞いでいるフィレントの手を掴み、無理やり口から引き離しました。驚いたフィレントは口を開けて思い切り辺りの空気を吸い込みました。途端にフィレントの顔は真っ白になり、その場にしゃがみこんで嘔吐しました。エトンは顔をしかめました。
「情けない奴だ。マスグ様があきれるのも無理はない。俺にはお前のゲロの臭いのほうがよっぽど答えるよ。」

エトンはフィレントの背中をさすってやりました。フィレントは胃の中の物を全て吐き出し、息も絶え絶えになっています。エトンは一人でゲジョルの仲間の死体を探っています。死体の懐には短刀が入っていました。エトンはその短刀の柄にフェリノアの紋章を見つけたのです。彼はフィレントの目の前に短刀を差し出しました。
「どう思う?ユレイスが森で殺した奴が持っていた短刀の紋章とは少し違うようだが。」
フィレントは目玉だけを動かしてその紋章を見つめました。フィレントの体が小刻みに震えだしました。エトンはその様子が尋常ではないと感じました。フィレントはエトンの手から短刀を奪い取り、地面にそれを叩きつけました。
「フィレント、何をする?!」
エトンの声はフィレントの耳には届いていないようです。フィレントは体中から怒りを発しているようでした。その形相はこれまでエトンが一度も見たことがないものでした。フィレントは自分の剣の柄に手をのばし、その身を抜こうとしています。その瞬間、フィレントの体が吹っ飛びました。エトンが鞘に収まったままの刀で彼の頭を殴ったのです。フィレントは気を失いました。

                   

<フィレントは夢の中にいました。それは父親との記憶でした。ある晴れた日の夕刻、二人はフィレントの家の庭にいました。彼の父・フィレイソンは小さいフィレントに剣術を教えています。
「フィレントよ、お前が討ち果たすべき相手はフェリノアの王であるぞ!お前の進路に立ちはだかり邪魔をする者は全てなぎ払え!そして悪王の首を跳ね、フェリノ家の血筋を根絶やしにするのだ!それがわがパッツェオ家の使命である!」
フィレントは泣きながら剣を振っています。父の指導はいつまでも終わりませんでした。>
 フィレントを呼ぶ声がします。それはエトンの声でした。フィレントはゆっくりと目を開けました。エトンが彼の顔を覗き込んでいます。
「フィレント様、ご気分はいかがでございますか?」
エトンがふざけた口調で問いかけました。フィレントはエトンに答えようとしましたが、頭に激痛が走り、顔を歪めました。フィレントは頭の左側を手で押さえました。彼は手に何かが付いたように感じて、その手を目の前に持ってきました。彼の指は血で濡れていました。
「すまなかった、フィレント。私はとっさにお前を止めなければと思い、力任せに殴ってしまったのだ。」
今度はまじめに謝っています。そんなエトンに、フィレントは笑顔でこう言いました。
「お気になさらないでください、エトン様。私は全て覚えているのです。自分の頭の中が怒りで満ち溢れたことも、エトン様に諌められたことも全部わかっているのです。普段ならフェリノアの紋章を見たぐらいであそこまで怒りに囚われることはありません。しかし今日は自分を抑える事ができませんでした。」

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第三章「ユレイスの憂鬱」【20】

「少しでも安全な方法をとらなければ無事にバドには辿り着けんぞ。」
「しかし遠回りをするのは、言ってみれば時間的に危険だ。山越えをすれば少なくとも一ヶ月は遅れが出る。一日でも早く祖国に帰らねばならん時に、そんなことはしておれんだろう。」
「冷静になれ、マスグ。先を急ぐばかりが能ではないぞ。」
「それではのんびりと進めばよい結果が出るとでも言うのか?」
「のんびりとは何だ、慎重だと言え。大体お前には、その慎重さが欠けているのだ。」
「俺か?俺の話をしているのか?!大胆さに欠けるお前とは話がかみ合わんな!

二人の議論は熱を帯びてきました。そこでようやくヤスブが重い口を開きました。
「まあ待て、二人とも。トーレンの言うように迂回をすればフェリノアやリグ・バーグの妨害は避けられるかもしれん。しかし、山越えに危険がないとは言い切れない。未知の場所では何が起こるかわからない。それに時間の遅れも気になるところだ。バドの状況がどうなっているか。悪化していなければいいと思うが。トーレンの言うこともよくわかっているが、私はこのままリグ・バーグを突っ切ろうと思う。」

マスグは目を輝かし、トーレンは天を仰いでいます。
「ユレイス、今回の件は本当にご苦労だった。休む間もなく申し訳ないが、準備が整い次第、ここを出たい。皆で協力してこの状況を打開していこう。」
四人はここで解散しました。マスグはとても満足そうでした。
「さすがはヤスブ様だ、これで国の皆に早く会えるというものだ。そうだろう、トーレン?」
「私はヤスブ様の決定に従うだけだ、仕方がない。出発の支度を急がせよう。あの二人もじきに戻ってくるだろう。」

             

エトンとフィレントは“森の乱暴者”のアジトに到着していました。エトンはせかせかとアジトの中へ入ろうとしていました。フィレントはこの任務を命ぜられた時から、あまり乗り気ではありませんでした。彼はフェリノアが嫌いでした。彼はその名を聞くだけで不快感に襲われるのです。彼の父親は、彼が幼い頃からフェリノアを非難してばかりいました。そしてフィレントもいつしかフェリノアを憎むようになっていたのです。できればフェリノアとは関わりたくないと思っています。しかしエトンに呼ばれ、渋々アジトに向かって歩き出しました。エトンは先日トーレンたちとやってきた時と同じ入り口から入りました。フィレントも後から続きましたが、そこにはむせ返るような死臭が立ち込めていました。エトンがフィレントにこう言いました。
「“森の乱暴者”たちの死体がこの先の部屋に転がっている。臭いはそこからだ、我慢しろ。ゲジョルの仲間の死体もそこにあるんだからな。」
フィレントは自分の鼻と口を手で押さえ、必死にこらえながら先へ進みました。エトンは奥の大広間へ入りました。その中にはさらに強烈な臭気が漂っていました。エトンは平気なようですが、フィレントは広間に入るのをためらいました。エトンは涙目のフィレントに向かって叫びました。
「どうしたフィレント、さっさと入れ!そんなところから何を確認するつもりだ?ゲジョルの仲間はもっと奥だぞ。」
フィレントは恐る恐る大広間の中へ入りました。彼は死臭には慣れているつもりでしたが、このアジトの中は異常でした。彼は叫んでしまいそうでしたが、ぐっとこらえてエトンの元へ走り寄りました。

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第三章「ユレイスの憂鬱」【19】

ユレイスは彼女の店があるとおりに出ました。彼は走り出していました。店の明かりが目に入ってきました。彼は店の扉を吹き飛ばさんほどの勢いで開けました。店の中に客の姿はなく、がらんとしています。カウンターの中にフランネが一人でいて、彼女はきょとんとした顔でユレイスを見つめていました。
「何だ、ユレイスじゃない。びっくりしたわ、急に入ってくるんだもの。」
そういえばユレイスは彼女には無意識に本名を名乗っていました。彼は任務中、いつもボレという偽名を使っています。
「驚かせてすいません、もう閉店でしたか?」
「もうそろそろ閉めようと思って客を追い出したところなんだけど、いいわよ、入って。」

彼女はけだるそうに笑みを浮かべました。ユレイスはカウンターの席に座りました。彼は何を話したらいいのかわかりません。
「お父さんの手がかりはあったのかしら?」
彼女に嘘をついてしまったことを彼は悔やんでいました。
「はい、まだ国境の辺りにいて、リグ・バーグには入っていないようです。」
彼の手元にはペネ酒が出てきました。
「あら、そうなの!よかったじゃない。お父さんには会いに行くんでしょ?」
「はい、そのつもりです。この一杯をいただいたら行こうと思っています。」
「そう、会えるといいわね。」
その後はフランネの世間話を聞くばかりでした。頃合いを見計らって彼は立ち上がりました。店の出口でフランネは彼の右ひじに左手を添えて上目遣いでこう言いました。
「今日はありがとう。また来てよね。」
それはおざなりの言葉にも感じられましたが、ユレイスにはそれで満足でした。彼はリグ・リヤバルを後にしました。彼は来た時と同じ道を使ってヤスブの元へ向かいました。ユレイスは、今夜フランネに会った事を誰にも言いませんでした。そして彼は翌日の早朝、仲間の待つところへ帰ってきたのでした。

               

ユレイスの話が終わりました。その場は凍りついたように重苦しい雰囲気に包まれていました。最初に口を開いたのはマスグでした。
「やれやれ、一難去ってまた一難とはこのことだな。ユレイス、いったいその五百人の遊牧民とやらはどこまで来ているのだ?」
「はっきり申し上げて、わかりません。彼らの正体も、その目的もがあくまでも推測の域を出ていませんので。ただ、初めに彼らが目撃されてからずいぶんと日数がたっております。もし本当に彼らが我々を狙って移動しているなら、かなり近づいていることでしょう。」
そして先を急ぐようにトーレンがこう言いました。
「いかがなさいますか、ヤスブ様?遊牧民についての真偽がどちらにしても、このまま真っすぐリグ・バーグを横断するのは危険かと思われます。ここはやはり迂回するしかありますまい。」
ヤスブは眉間にしわを寄せて深く考えています。そこにマスグが口を挟みました。
「しかしその計画では山を三つも越えなけりゃならん。もたもたしている間にそいつらに先回りされんとも限らんぞ。西へと突っ切る、この進路をとるべきだ。」

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