第三章「ユレイスの憂鬱」【9】
ユレイスがリグ・ラーンの南東部に到着した時には、辺りはすっかり暗くなっていました。彼は近くに厩を探して、ドウィをそこに預けました。ドウィは息を切らしていましたが、それでも元気そうでした。ユレイスは彼の首筋をなでてその労をねぎらいました。
「ここで少し休んでいなさい。またすぐ出発することになるだろうから。」
ユレイスは町に繰り出しました。リグ・ラーンはリグ・リヤバルよりもかなり大きな町でした。それにこの町はリグ・リヤバルと違って市場などはありませんでした。ですから夜ともなれば灯かりも少なく、ずいぶんと静まり返っています。彼は人が集まっているところを探して、まずは西の方角へと歩いていきました。道路沿いにある家々には灯かりがともっていますが、それでも人通りはありません。しばらく歩くと、やがて彼の目の前にはいくつもの大きな建物が現れました。どうやらそこは工場のようでした。建物の入り口に掲げられている看板には”織物工場”と書かれています。そのほかの建物には”陶器”や”食品加工”という文字を見ることができます。リグ・ラーンはこういった産業で成り立っている町のようです。しかしこの時間、全ての工場は既に作業を終えているようで、どこの扉も閉まっていました。ユレイスは仕方なく道路を北へと進んでいきました。左手には軒並み工場が立ち並び、それは町の西部一帯に広がっていました。そして右手に目を凝らすと、遠くに灯かりがちらほらと見えるようになりました。そこには酒場や食べ物の屋台が集まっているようで、ユレイスはようやくこの町で人の姿を見つけることができたのです。そこに近づくにつれて、肉の焼けるいい匂いがしてきました。ユレイスは自分が空腹であることに気がつき、食事をしながら情報を集めることにしました。彼は一軒の屋台に立ち寄り、そこで野菜と肉がたっぷり入ったクリームスープを食べました。そして店主にデ・ファルシオからの使者について尋ねてみました。店主はすぐにこう言いました。
「奴らなら今日の昼ごろ、この街にやって来たよ。今日は視察に来たとか何とか言って、しばらく工場の辺りををうろついていたようだな。本当に視察だったんだかは怪しいところで、大して興味もなさそうにしていたんだとよ。」
そこへユレイスの隣に座っていた男が口を挟んできました。
「俺はこの目で奴らを見たぜ。俺が働いてる工場にも来たからな。人数は4人だった。士官が1人に部下が3人、全員馬に乗って偉そうだったぜ。」
「その中にタワニラという男はいましたか?」
「全員の名前は知らないが、士官の名前はヌイレドだと思うぜ。うちの工場長がヌイレド様って媚びへつらいながら、そう呼んでいたからな。タワニラって奴はわからないな。部下の一人がそういう名前なのかもしれないが。あんた、知り合いかい?」
「古くからの友人です。手紙をもらって今日はリヤバルからラーンに向かうと書いてあったものですから。ただ私の到着が遅れてしまい、探しようが無くて困っていたのです。ところで、彼らは工場を視察した後、どこへ行ったか知りませんか?」
「わからないな。うちの工場の後もまだ視察は続いていたようだから、別の工場に行ったはずだ。俺は仕事をしていたから後をつけていくわけにも行かないし、どこに行ったかは工場長も教えてはくれなかったよ。」
「では、今彼らがどこにいるかも…」
「そうだな、どこかに宿をとって泊まるのは確かだが、どこかまではわからんな。」
「そうですか、ありがとう。」
ユレイスはお金を払って席を立とうとしました。ふっ、と彼は隣の男に向き直りました。
「その工場長は使者がどこへ向かったかを知っていたのですか?」
「いや、知ってたとは思えんな。使者のそばにはこの町の役人がべったりとくっついていやがったから、余計な話はできなかっただろうよ。」
手がかりは潰えてはいませんでした。
「では、その役人なら行き先を知っているということですね。」
「そうだろうな、でもそいつも仕事を終えて帰っただろうから、今どこにいるかわからないぜ。」
「はい、探します。」
最後に店主がこう付け加えました。
「詰め所に行くなら東の丘の上にあるから、聞いてみたら何か教えてくれるかもよ。」
ユレイスは屋台の店主に言われたとおりに、役人の詰め所を目指して東にある丘へ向かいました。丘の頂上へ続く道には松明がいくつか掲げられていました。ユレイスはその道を登りきり、詰め所までやって来ました。丘の上には高い壁で囲まれた詰め所が建っているだけで、他には何もありません。そこからは町を見渡すことができます。詰め所の中には常に人がいるようで、窓から明かりが漏れていました。扉の左右には槍を持った衛兵が一人ずつ座っていました。衛兵は道を登ってくるユレイスの姿を確認していたので、見知らぬ人物の登場にも慌てた様子はありませんでした。
「お前は誰だ?ここに何しに来た?」
「私は決して怪しい者ではありません。ヌイレド様に伝言があってやってまいりました。ヌイレド様はこちらにいらっしゃいますか?」
「どんな伝言だ?」
「申し訳ありませんが、直接会ってお伝えしなければなりません。ヌイレド様は今どちらにいらっしゃるのですか?」
「お前が何者かわからんのに、ヌイレド様の居場所をそう簡単に言うわけにはいかん。」
「なるほど、ではこうお伝えください。ゲジョルの使いの者だと。」
ゲジョルの名を聞いて、衛兵の顔色がさっと変わりました。
「わ、わかった。しばらく待て。」
「お急ぎを!」
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