« 2006年9月 | トップページ | 2006年11月 »

第三章「ユレイスの憂鬱」【5】

ユレイスは夜通し走り続け、最初の町に辿り着きました。どうやら彼が始めに予定していた町とは違うようでした。ここはリグ・リヤバルという町でした。田舎の小さな町でしたが、その北側では市場が開かれていました。人通りも結構多く、ユレイスはまずここで情報を集めようと思いました。ドウィを町の端につなぎ、町の人から話を聞き始めました。彼は初めに軍の動きを知ろうとしました。市場にある店の人間から聞いたのは、最近になって首都リグ・エ・バーグよりの使者が頻繁にこの町を訪れるようになったということでした。それは3、4日に1度と言うから驚きでした。さらに別の店の者からは、その使者はリグ・エ・バーグの本城デ・ファルシオより使わされた兵隊たちだと聞かされたのでした。しかもその兵隊たちはこのリグ・リヤバルとリグ・ラーン、リグ・システィンの3つの町に使わされただけだと言うのです。リグ・システィンはユレイスが訪れようと予定していた町でした。すなわち、ヤスブ一行が通過しようとしている町なのです。ユレイスはリグ・バーグ軍の警戒ぶりが何を意味するのか解っていました。自分たちが狙われているのは間違いありませんでした。しかしそれ以上にいやな予感がユレイスの脳裏をよぎりました。自分たちがこの辺りを通過することが筒抜けだったということが心配でした。ヤスブ一行の動きを掌握していたのはゲジョルだけでした。ゲジョルがリグ・バーグにも情報を漏らしていたということなのでしょうか?疑惑は深まるばかりでした。首都からの使者は昨日来たばかりでした。早くとも次に彼らがやってくるのは明後日と言うことになります。ユレイスは使者たちの動向を探り、できれば接触を試みようと考えました。1度ヤスブの元に帰ることも可能でしたが、あまり動き回るのも得策でないと考え、この町にとどまることにしました。

                            

ユレイスは他の情報を集めようと思い、旅の行商人を探しました。そして”エイダの店”という一軒の酒場に入りました。まだ昼前だというのに、店の中は酔っ払いたちの活気で満ち溢れていました。ユレイスはある旅行者風の3人のグループに近づき、酒をおごりながら話を聞きました。彼らはここから南西へ遠く離れたバーグ地方からやって来たようでした。彼らはめいめいの家族を連れて、チッタ・バーグやマイセ・バーグを通り、ようやくバドニアが伺えるところまで到着したのでした。今はそのうちの3人だけで酒を飲みに来たというわけです。彼らの一人がこう言いました。
「俺たちの住んでいた町はトミアとの国境に近いところだった。トミアは、あそこはいけねぇ。戦争はとっくに終わったって言うのに、やつらはまだ王国様とやり合うつもりでいやがる。」
王国様とはフェリノア王国のことです。フェリノアと戦争を起こした周辺の11カ国では、悪意があるなしにかかわらず”王国様””帝国様””大国様”と呼ぶことがあります。
「トミアは大戦の責任を宰相の…何て言ったかな、ネルシアか、奴一人に押し付けて自分たちに罪はないといった顔をしているが、実はそうじゃない。ネルシアを宰相にしたのはトミアが戦争を起こす大儀を得るためで、王国様と戦争をしたがっていたのは奴ら自身なのさ。そしてそれは今でも変わっちゃいない。トミアは戦争の準備を着々と進めているという噂だぜ。」
「なぜ戦争を?しかもトミア一国だけでは勝算は無いと思いますが。」
「トミアが今度は何を大義名分にしようってのかははっきりしない。単なる侵略で少しでも領土を奪ってしまおうというつもりだっていう奴もいれば、ネルシアが生きていてまた奴を宰相に祭り上げるつもりだという奴もいるのさ。ただ戦争を始めるときにはもちろん他の国と手を組むに決まってる。リーガスやアレイセリオンなら、大戦ではフェリノアにひどい目に遭っているからこの話に飛びつくかもな。まあ、このリグ・バーグやバドはその話には乗らないだろうがな。知ってるかい?100年前にあった戦争の時、トミアはリグ・バーグから支援の要請を受けたが断ったんだ。そのしこりは役人同士の間では未だに根強く残っているのさ、だからトミア主導の戦争に協力するわけがない。バドは金が無い。あそこは土地も大半が痩せこけてしまっているから作物も育たない。国民も貧窮してしまっているのさ、腹が減っちまって戦争なんかできっこない。」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

第三章「ユレイスの憂鬱」【4】

「いやマスグよ、それはないだろう。その男はたいした能力は持ち合わせていなかった。そんな者がゲジョルの目が光るこの森で自由に動けるはずがない。その男はゲジョルの仲間と見て間違いないだろう。ユレイスの言うように、ゲジョルはフェリノアの手の者なのだろう。」
「ヤスブ様、私は”森の乱暴者”のアジトで死んだゲジョルの仲間の持ち物を調べておりませんでした、申し訳ありません。」
トーレンにしては珍しいミスを犯したものだとマスグは内心ほくそ笑みました。
「ではトーレンよ、急ぎエトンとフィレントに”森の乱暴者”のアジトに行ってその者の確認をしてくるように指示を出してくれ。」
「かしこまりました。マスグよ、フィレントを借りるぞ。」
「かまわん、どうせ大して役にも立たん奴だ。好きに使ってくれ。」
トーレンはエトンとフィレントを呼びに行きました。それからすぐに二人は馬に乗って”森の乱暴者”のアジトへと出発しました。トーレンがヤスブたちの所へ戻ってきました。
「お待たせいたしました、あの二人は早馬が得意ですからすぐに帰ってこれるでしょう。」
「ご苦労。ではユレイスよ、話の続きをしてくれ。」
「御意。私は森を抜け、国境を目指しました。」

                   

ユレイスは森を抜け、国境を目指して愛馬ドウィを走らせました。もう彼を追ってくる者はいませんでした。彼は夜のうちに国境を越えたかったので、休憩を1度だけ挟み、その後はひたすら馬を西へ西へと走らせました。そして国境となるヤイリィ河が遠くに見えるようになりました。ヤイリィ河にはヤイリィ・メノスという大きな橋が架けられていて、この辺りではそこが唯一バドニアからリグ・バーグへと入ることができる道なのでした。ところがユレイスはそこに、普段では見られないほどの数の松明が燃えていることに気がつきました。ユレイスは馬を止めました。そして彼はドウィを降り、暗闇にまぎれながらヤイリィ・メノスへ近づきました。橋のリグ・バーグ側には関所が設けられており、そこを通らなければリグ・バーグに入れないようになっていました。そしてその関所を煌々と照らす松明の周りには、たくさんの騎馬兵がいたのです。その数はおそらく三十騎ほどあったでしょう。ユレイスには彼らの目的がわかりませんでした。最悪なのは自分たちを待ち伏しているのではないかということでした。しかしこのまま眺めているだけでは埒が明かないとユレイスは思いました。自分の情報収集という仕事もままなりません。ユレイスはドウィのところへ戻りました。そして橋を通らず、河を渡る決意をしました。ユレイスは橋から大きく外れて南側から回り込むことにしました。松明の明かりが見えなくなり、ユレイスは河の様子を伺いました。ヤイリィ河は、川幅は相当広いのですが、深さはそれほどでもなさそうです。流れも緩やかなので、これなら馬もいっしょに渡れそうです。ユレイスはドウィを引きながらゆっくりと河の中へ入っていきました。川の深さはユレイスが何とか顔を出して歩ける程度でした。ユレイスは泳ぎだしました。ドウィも器用に泳いでいます。まもなく1人と1頭は対岸へ辿り着きました。ユレイスは息を整える間もなくドウィに乗り、リグ・バーグの大地を走り始めました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

第三章「ユレイスの憂鬱」【3】

ユレイスはこの先の情勢を探るべく、ヤスブたちと離れて一人、夜の闇の中を馬に乗り西へ向けて旅立ちました。そしてユレイスはすぐに道を外れて、森の木々の中へと入っていきました。木々の中にははっきりとした道はありませんが、それでもユレイスは馬を自在に操り、西の方角へと走り抜けていました。彼は尾行者の気配を敏感に感じ取っていたのです。いつまでもついて来られるのも面倒だと思い、ユレイスは森を抜け切る前にケリを付けてしまおうと考えたのです。そう彼が判断したのは、今自分を尾行している人間がゲジョルではないとわかっていたからです。ゲジョルは自分の気配をほとんど消すことができるのです。ヤスブ一行の中でもゲジョルの気配を感じ取れるのは、ヤスブ、トーレン、そしてユレイスの三人だけなのです。しかも彼等にしても感じ取れる気配はごくわずかでしかないのです。しかし今ユレイスを尾行している人間はそうではありません。その存在をはっきりとユレイスに伝えてしまっているのです。ゲジョルが連れているにしてはなんとお粗末な実力なのだろうと、ユレイスは思いました。その者の実力と言えば、馬の脚についてこられることぐらいでしょう。やがて彼は馬を止めました。
-ユレイスを尾行していた男は驚き、木の陰からその様子を伺いました。ふいに、ユレイスは馬から飛び降り、木の陰に隠れました。男は自分が狙われていることにまだ気がつきませんでした。男はユレイスの姿を確認することすらできていませんでした。男がユレイスの狙いを察知したときは、既に遅すぎました。男は自分のすぐ後ろから声をかけられました。
「動くな。」
しかし男は胸元に手を滑り込ませました。その瞬間、男はユレイスの左手で口をふさがれ、右手の短刀で喉もとをざっくりと真一文字に切られていました。男の首からは鮮血があふれ出ていました。男を助ける仲間はどこにもいません。男はユレイスの足元に沈んでいきました-。
ユレイスは男の死体を探りました。持っていた物は短刀、油袋、水の入った革の袋、食用の木の実だけでした。しかしユレイスは男の持っていた短刀を見て、背筋の凍る思いがしました。その短刀の柄には白ワヒリの葉が模様として描かれていました。白ワヒリの木はユレイスの祖国バドよりも寒い地域にしか育ちません。バドよりも北にある国はアレイセリオンです。しかし、この木はそれよりももっと北の国、大帝国フェリノアにだけ存在する木なのです。そのような短刀を持っていたこの男はフェリノアの出身かもしれないのです。それはつまり、今回の件にフェリノアが絡んでいる可能性があるということになるです。ユレイスは言い様のない不安に駆られました。フェリノア王国、それはバド1国などたちまちに飲み込んでしまうほどの強大な国なのです。

                    

「むう・・・。」
ユレイスの話を聞いていたヤスブは低く唸りました。
「フェリノアまでが動くとは思わなかったな。」
「しかしヤスブ様、ここで仕留めた奴らはそんな短刀は持っておりませんでした。ユレイスを追っていた男はゲジョルの手の者ではないのでしょうか?」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

第三章「ユレイスの憂鬱」【2】

「こちらこそ。」
ユレイスとスロンゼルは握手を交わしました。それからユレイスは自分の懐から小さな丸い石を取り出して、それをマレアに渡しました。
「マレア、これを返します。このお守りのおかげで私も無事に帰ってくることができました。本当にありがとう。」
マレアは石を受け取りました。
「このお守りが役に立ってよかったわ。ユレイスさんが無事に帰ってきたことを皆本当に喜んでいるのよ。荷物が片付いたら皆のところに行きましょうね!」
「ユレイスさん、お腹がすいていることでしょう?今朝はいつもよりも豪勢に朝食を作って、ユレイスさんのお帰りを皆で祝いましょう。」

そう言うと、スロンゼルは張り切って朝食の準備を始めました。

                         

その日の朝食はいつもよりも男たちを満足させるものになりました。品数も量も、いつものそれをはるかに凌いでいたのです。ユレイスも料理のおいしさに驚きを隠せず、舌鼓を打っていました。皆がその時間を楽しんでいましたが、その時ヤスブがこう言いました。
「みんな聞いてくれ。こうしてユレイスが無事に帰ってきてくれた、実に喜ばしいことだ。これで仲間が全員そろった。そこでいよいよこの場所から離れるときが来た。朝食が済んだら旅の準備を始めてくれ。ユレイスはこの後私のところへ来て話を聞かせてくれ。それがすんだらここを出発する!」
全員の顔に緊迫感が走りました。たった数日間とはいえ、この3日間は実に平和な時が流れていました。しかしここを離れれば、再び危険が彼らに襲い掛かるという可能性が格段に高くなるのです。朝食が終わり、全員が旅の支度に取り掛かりました。スロンゼルはマレアたちを手伝い、ノドモスは馬の世話をしています。フィレントは既に鎧を着込み、その上からマントを羽織りました。それを横目にユレイスはヤスブのいる所へと行きました。ヤスブは切り株の上に腰を下ろしていて、その両隣にはトーレンとマスグがいました。3人ともユレイスからいい話を聞けるとは思っていませんでした。この先いったいどんな試練が待ち受けているのか不安でなりませんでした。
「ヤスブ様、お待たせいたしました。」
「ユレイス、2人も適当に掛けてくれ。」
トーレンとマスグがその場に座り、続いてユレイスも座りました。
「ではユレイスよ、何があったのか聞かせてもらおう。」
「かしこまりました、ヤスブ様。私がこの斥候で得た情報は、我々の予想を大きく超えた物になったのです。」
そう言ってユレイスは語り始めました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2006年9月 | トップページ | 2006年11月 »