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第三章「ユレイスの憂鬱」【1】

ある晴れた朝、ユレイスの姿を最初に発見したのは、前日の夜から見張りをしていたレゴノートンでした。そろそろ交代かという時、レゴは前方から馬に乗った男が近づいてきている事に気がつきました。その男がユレイスだとわかるのには時間はかかりませんでした。ユレイスは森の小道をまっすぐに、レゴたちがいる場所へと向かってきました。レゴは大声で仲間のみんなに声をかけました。
「みんな、ユレイスだ!ユレイスが帰ってきたぞ!!」
その声でみんなが一斉に飛び起きました。ヤスブがレゴの指差すほうを見ると、そこには確かにユレイスの姿がありました。そして他のみんなもすぐにユレイスの姿を確認しました。ユレイスは自分の目指す方向にヤスブたちや女たちの無事な姿を見つけると、ようやくホッとしたようでした。そしてこの森の中に敵の気配が感じられないことにも安心しているようでした。彼は自分の名前を大声で呼んでいるマスグに笑顔を向けました。そしてユレイスがみんなの笑顔の輪の中に包まれました。これでようやく全員がそろいました。みんながユレイスと話をしたがっていましたが、ユレイスはまずヤスブの前へと向かいました。
「ヤスブ様、ユレイスただ今戻ってまいりました。」
「うむ、よく帰ってきてくれた。皆心配していたぞ。」
「帰りが遅くなってしまい、大変申し訳ありませんでした。全ては後ほどヤスブ様にお話いたします。」
「そうだな、まずは旅の疲れもあるだろう。その話は朝食の後にでも聞くことにしよう。」
「御意。」

                   

ユレイスは自分の荷物の片づけを始めました。そこで彼は、マレアやイオニーネの近くに見知らぬ男がいることに気がつきました。
「マレア、そちらの方はどなたですか?」
マレアはスロンゼルのほうを見て、はっと気がつきました。
「あ、そうね、ユレイスさんが会うのはは初めてよね。この人はスロンゼルさんよ。まだつい最近だけど、私たちと一緒に旅をすることになったの。スロンゼルさんはとっても料理が上手なのよ!」
「そうですか、料理が上手、それはよかった。」
その言葉に一番鋭く反応したのはイオニーネでした。
「おかしいわよね、それまでは皆私の料理に満足していたはずなのに!」
「い、いや、イオニーネ、そういうわけではないのです。」

あせるユレイスにマレアが割って入りました。
「スロンゼルさん、こちらはユレイスさんよ。今までリグ・バーグの国境まで行ってたのよ。」
「スロンゼルです。よろしくお願いします、ユレイスさん。」

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第二章「マレアとイオニーネ」【28】

スロンゼルはふっと顔を上げました。
「トーレン様、私めを旅に連れて行ってくださるお話、大変光栄でございます。なればなおのこと、私のことを話さねばならないと存じます。」
マレアは笑顔でスロンゼルの手をとりました。
「うれしいわ、スロンゼルさん。ぜひお話を聞かせて!」
イオニーネはあきれた顔をしています。スロンゼルはマレアにやさしく微笑み、そして話し始めました。
「私は先ほども言ったように、リグ・ロショで仕事をしておりました。そしてそこで私と妻のティネノ、息子のスノとスゼの家族4人でともにささやかに暮らしていたのです。それは大戦のさ中でも同じで、大変な世の中でしたが戦場もリグ・ロショからは遠く離れていてさほどの危険なこともなく、私たちは幸せでした。しかし今から17年前、事態は一変したのです。私たちの町に軍からの徴兵部隊がやって来たのです。徴兵部隊の隊長はリグ・ロショの住民に対して、召集に応じる代わりに、それ相応の補償を約束してくれました。兵士としての一定の任期を勤め上げれば故郷に帰らせてくれるということもはっきりと約束してくれました。みんなは生活が楽になるのならと、一人また一人と徴兵部隊のもとへ集まっていきました。私もその中にいたのです。ティネノは反対しましたが、私はお金の力に惑わされてしまいました。出発の日、妻は悲しい表情をしていました。スノとスゼは状況がよくわからないまま、手を振って私を見送ってくれました。私の任期は1年でしたがその約束は守られず、リグ・ロショに帰ってきたときにはすでに2年の月日が経っていました。しかし帰ってきた私の目の前には、変わり果てた町の姿があったのです。リグ・ロショも戦場になっていたのです。私の店も焼け落ちていました。私はあちこちを探し回りましたが、家族の姿はどこにも見当たりませんでした。しかし店の近所に住んでいた知人にたまたま再会することができました。その人によれば、私の妻と子供たちは戦火を逃れて、彼女の故郷であるリグ・ネセンに疎開したというのです。私はとるものもとりあえずリグ・ネセンに向かいました。」
スロンゼルはここで言葉を止めました。マレアが心配そうに彼の顔を覗き込みました。
「大丈夫だよ、マレア。・・・リグ・ネセンにティネノたちはいませんでした。いや、そこに辿り着いてもいなかったのです。彼女の両親や兄弟も、彼女からリグ・ネセンに向かうという手紙をもらってからずっと待っていたが、とうとうやって来なかったと言いました。私は愕然とし、元来た道を引き返しました。ロショからネセンへの道は私が通った一つしかありません。その間に他の町へ抜ける道もありません。妻と息子たちは戦渦に巻き込まれたか、盗賊に襲われたかして命を落としたのだと思いました。私は生きる望みをなくしてしまいました。なぜ欲に目がくらんで家族と離れてしまったのだろうと自分を責め続けました。家族と店を失った私はあてどもなくあちこちの町を渡り歩き、マイセ・バーグという町に辿り着きました。そして、その町のある料理店で下働きを始めたのです。しばらく後に私はその店に寄り付くようになった”森の乱暴者”の者たちと知り合いました。彼らが言うには、自分たちはリーガスという国から略奪行為を繰り返しながらここまでやってきたのだが、料理番が死んでしまって困っている。私にその料理番にならないかと誘ってきたのです。私は迷いましたが、人生に捨て鉢になっていた私は、たとえ盗賊団だとはいえ自分を必要としてくれていることをありがたいと感じ、その仲間に加わることにしました。それに”森の乱暴者”があちこちを練り歩くというのであれば、ひょっとしたら私の妻や息子がどこかで生きていて、その情報がつかめるかもしれないと思ったからなのです。しかしまたその期待は裏切られました。頭領はあのアジトの場所を見つけ、そこを永遠のねぐらと決めてしまったのです。同じ場所にとどまるのであれば、私がここにいる意味はないと思いましたが、今さら盗賊団を抜けることを頭領は許しませんでした。そしていつの間にか私は当初の目的を忘れ、自分も盗賊の一味として振舞うようになっていたのです。そこにあらわれたのが皆さんなのです。私の命を救ってくださったばかりか、旅にも連れて行ってくださるとまでおっしゃってくださいました。なんと感謝の言葉を述べたらよいかわかりません。私のほうからもお願いいたします。どうか皆さんの旅に連れて行ってください。」
「うむ、スロンゼルよ、よく言ってくれた!今日からお前はわれわれの仲間だ!」
マレアがスロンゼルに抱きつきました。
「よかった、旅の仲間は一人でも多いほうがいいわ!私、とてもうれしいわ!!」

                     

それからさらに3日が過ぎた頃、皆が待ちわびていたユレイスが無事に帰ってきました。予定よりもはるかに帰りが遅くなり、皆も心配していましたが、これでヤスブ一行全員がそろったことになりました。ユレイスは疲れた顔も見せずに、ヤスブのところへ行き、そこで得た情報を話し始めました。しかしそれはヤスブたちにこれまでよりももっと大きな試練が待ち構えているという内容のものだったのです。彼らはいったいどうなるのか、今は何もわからないのでした。

           ― 第二章 完 ―

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第二章「マレアとイオニーネ」【27】

その日、ヤスブ一行は不安のない朝を迎えていました。男たちは前夜に戦った”森の乱暴者”たちの死体の片付けに追われていました。この周辺はすでに他の盗賊たちのなきがらでいっぱいになっており、”森の乱暴者”の死体は少し離れたところに運ばなければなりませんでした。トーレンはスロンゼルに気を使い、彼にはこの作業をさせませんでした。スロンゼルはマレアたちの手伝いをすることになりました。マレアとイオニーネ、ノドモスの3人は朝食の準備をしていました。スロンゼルはイオニーネに言われて、野菜の下ごしらえをすることになりました。マレアは彼が上手くできるのかどうか心配そうに見ていましたが、スロンゼルは事も無げに野菜の皮をむき、そして細かく切っていきました。マレアは驚いて彼に聞きました。
「すごいわ、スロンゼルさんは野菜を切るのが上手なのね。まるでいつもやっているみたい。」
「いつもやっていたよ、俺の仕事だったからね。他にも飯を作る当番の人間はいたが、俺の腕が一番だったよ。頭領がほめていたのはいつも俺の作った料理だったんだ。」
どうやら、スロンゼルをマレアたちと一緒にいさせたのは正解だったようです。昨晩はよく眠れなかった彼も、得意な料理をしていて徐々に落ち着いてきたようでした。イオニーネはそのまま彼に調理をまかせました。スロンゼルは、マレアはもとよりイオニーネよりも手際よく次々と料理を作っていきました。そして全ての料理が出来上がり、食事の時間となりました。一仕事を終えて空腹の男たちが集まってきました。その彼らの目の前に広がる光景は、いつものものとはまったく違っていました。いつもなら真っ黒にこげた塊はそこにはなく、皿の上には美しく輝かんばかりのパンが積み上げられていました。そしてサラダの野菜も形よく切られて器に盛られていました。他にもおいしいスープやジュースなどがあり、それらはすべてスロンゼルが調理したものでした。兵士たちはいつもよりも一層食欲をかきたてられました。それと言うのも、彼らはこの旅に出てから、めったにこのような食事にありつけませんでした。今まで食事の支度をしていたイオニーネは、ここまで彼らを喜ばせる料理を作ったことはありませんでした。彼らはまるで何かにとりつかれたように、一心不乱に食事をしています。その彼らの姿を見て、スロンゼルはとても満足そうでした。イオニーネは男たちを驚きと苛立ちの表情で眺めていました。
「ちょっとみんな、ずいぶん楽しそうに食べているじゃない?私が作った料理の前ではそんなに一所懸命には食べていなかったわよね!レゴまで・・・、いったいどういうことよ!」
イオニーネの言葉を彼らは聞いていなかったのか、それとも聞き流したのか、返事をするものは誰もいませんでした。彼女の顔が少し膨れて赤みが差しました。マレアはノドモスといっしょに笑っていました。兵士たちは口々に、スロンゼルに対して料理の腕を褒め称えました。スロンゼルも嬉しそうにしています。これで彼は労せずして、ここでの居場所を得たようです。その手ごたえを一番に感じていたのは、誰あろうトーレンでした。これでスロンゼルに旅の同行をする事を説得しやすくなったのは間違いありません。

                    

朝食が終わり、男たちは仕事に戻りました。マレアやスロンゼルたちは食事の後片付けをしています。そこへトーレンがやって来て、スロンゼルに声をかけました。
「スロンゼル、お前に料理の才能があるとは知らなかったよ。たいしたものだ、みなお前の作ったものに満足していたようだ。」
スロンゼルは恐縮しながら答えました。
「飯を作るのが私の唯一のとりえでございます。実は”森の乱暴者”に来る前はリグ・バーグのリグ・ロショという町で店を持ち、そこで旅人や兵士たちを相手に料理を作っておりました。」
「それなのにどうして盗賊なんかになってしまったの?」
マレアは素直な疑問をスロンゼルにぶつけましたが、すぐさま隣にいたイオニーネに肘でつつかれてしまいました。スロンゼルは目を閉じてうつむいていました。マレアははっとしてこう言いました。
「ごめんなさい、スロンゼルさん。スロンゼルさんを責めているわけじゃないんです。でも私わからないの。そのお店をずっと続けていればよかったのに、どうして・・・。」
近くにいたノドモスが口を挟みました。
「マレア、人には誰にも話したくない事情というものがあるんだよ。それを無理に聞くもんじゃない。スロンゼルにだって、どうしても店を離れなくちゃならない理由があったのさ。」
その時スロンゼルは下を向いたままこう言いました。
「そうなのです、私には店を離れる理由がありました。」
「いや、スロンゼルよ、ノドモスの言うとおりだ。話したくない事情があるなら無理に話す必要はないぞ。・・・話がそれてしまったな、私はお前に別のことを話しにきたのだ。そのままで聞いてくれ。率直に言うとしよう、スロンゼルよ、我等とともに旅をせぬか?長い旅になるが、ぜひお前にも一緒に行ってもらいたい。もちろんお前のことは奴隷としてではなく、あくまでも仲間として扱おう。お前には料理の腕がある、馬車を扱う者も必要だ。他の連中もお前がこの旅に加わることに異存はないだろう。どうだ?」

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第二章「マレアとイオニーネ」【26】

みんなはその場に座り込み、立っているのはヤスブとマスグ、それにノドモスだけでした。ノドモスはテントの中のマレアたちに声をかけ、戦いが終わったことを告げました。まずテントから出てきたのはイオニーネでした。彼女はテントのそばでピルセンが怪我をして座り込んでいるのに気づき、大変驚きました。後から出てきたマレアもあわててピルセンの元へ駆け寄り、ノドモスと彼女たちはピルセンのケガの手当てを始めました。アクベイが一人立ち上がり、何かを探していました。それは自分とニダロが撃ち落した獲物でした。ニダロは大の字になって空を見上げています。アクベイは”森の乱暴者”のとは違う死体を3つ、見つけました。それらは盗賊たちとは違う服装をしていたのです。アクベイはその死体の服の中をまさぐり、中から油袋と柄の無い細長い刃物を見つけました。ゲジョルか、もしくはその仲間に違いありませんでした。彼はフィレントを呼び、死体の顔を確認させましたが、それらはゲジョルの死体ではありませんでした。ヤスブはトーレンとエトンのことが気がかりでしたが、マスグと話し合い、全員に休息をとらせることにしました。でもすでにレゴは寝息を立てていました。フィレントはそれを見て、こんな死体の散らばる中でよく寝られるものだと、あきれていました。マスグはフィレントに向かって言いました。
「お前もそのたくましさを少しは見習うんだな!昨日はどうだったんだ、一人でも仕留めることができたのか?・・・ふん、その顔では無理だったようだな。まあいい、お前も休め。」
自分も一所懸命やっている、という言葉をぐっと飲み込み、フィレントは樹にもたれかかって座りました。フィレントは、自分に兵士としての資質が備わっているのかどうか、自信を持てないでいました。そんな光景を尻目に、ヤスブはまだ森の繁みの中を見つめていました。ゲジョルはどこへ行ったのか?

                   

夜が明け切ったところで、ようやくトーレンたちはヤスブたちと合流しました。トーレンはヤスブたちの無事な様子に安堵しました。ヤスブはトーレンたちが馬車に乗って戻ってきたことに驚きました。トーレンはヤスブに馬車の中身を見せました。そこにはヤスブも目を見張るほどのお宝が詰め込まれていました。しかしすぐに彼はそれが何であるのかわかりました。これはトーレンとエトンが”森の乱暴者”のアジトからせしめてきた物に違いありませんでした。ヤスブが何か言おうとしたとき、トーレンはすかさず口を挟みました。
「ヤスブ様、これは戦利品でございます。私とエトンは”森の乱暴者”のアジトで、突然奴らの残党に襲われ、それと戦いました。そしてわれわれは辛くも勝利を収めました。その後、奴らの唯一の生き残りであるスロンゼルは、この財宝や武器の数々を自らわれわれに差し出したのです。決して、これらの物を奪うために奴らと戦ったのではありません。私は数多くあった戦利品の中から、これからの旅に役立ちそうなものを選んで持ってきたのです。贅沢なことはこれっぽっちも考えてはおりません。ヤスブ様、これらの品々、いかがなされますか?」
トーレンの最後の言葉に、ヤスブは苦笑いをしてしまいました。それがヤスブに肩の力を抜かせました。
「意外だよ、トーレン。まさかお前に一本取られるとはな。お前そんなことを言う男だったのか?」
「恐れ入ります、ヤスブ様。長く旅を続けていると、こんなところも出てきてしまいますな。しかし、まんざらでもありません。」
二人は笑顔を交わしました。
「いいだろう、トーレン。この戦利品、ありがたくいただくこととしよう。しかしこういう事はこれが最後だ。われわれはこのためにやって来たのではないのだからな。」
「ありがとうございます、ヤスブ様。それともう一つ、私はこの先スロンゼルを同行させたいと思っています。もちろん奴隷としてではなく、同じ仲間としてです。奴はまじめで、使える男だと思います。裏切ることは無いでしょう。」
「お前がそこまで言うならかまわんが、スロンゼル自身はどう思っているのだ?奴隷ではないと言うのなら、彼の意思も聞かねばなるまい?」
「まことにおっしゃる通りでございます。しかし後は私におまかせください、説得してみせましょう。なに、私はヤスブ様をも納得させた男でございますゆえ、スロンゼル一人どうとでもできます。」
しかし、トーレンは少し饒舌すぎたようです。ヤスブに笑顔はありませんでした。さすがのトーレンも恐縮しかりでその場を後にしました。空は雲ひとつ無く澄み渡っています。それは彼らの勝利を祝うかのようでした。

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第二章「マレアとイオニーネ」【25】

3人はそれぞれ馬車に乗り込みました。トーレンはスロンゼルを自分の隣に乗せました。スロンゼルはできるだけトーレンに近づかないように、席の隅で固まっていました。エトンはもう1台に一人で乗り、その隣には布にくるまれた尾行者の生首がありました。トーレンは手綱をゆっくり動かし、馬車を動かし始めました。エトンもその後に続きます。馬車は馬たちがつながれていた部屋を出て、外につながる通路を進んでいきます。外に近づくにつれて、徐々に馬たちは走る速度を上げていきました。そして2台の馬車はとうとう”森の乱暴者”のアジトの外へ出ることができました。その出口と、初めにトーレンたちが入ってきた所とは反対の位置にあり、トーレンたちは元の道に戻るために、アジトのあった丘をぐるっと周らなければなりませんでした。馬車は草原の中を走っています。自分たちのほかには何も見えません。ところでトーレンは今、自分たちがヤスブの元を離れてからどれくらいの時間がたったのだろうかと考えていました。彼の一番の心配は、果たしてヤスブたちは無事なのかということでした。草原の草は丈が高く、馬も走りにくそうにしていました。しかししばらく走ると、やがて草原が終わり、平坦な道に出ることができました。この道をまっすぐに行けば、あの森まで戻ることができるはずです。トーレンは馬車の速度をさらにさらに上げていきました。馬たちは首を低く下げ、速度を上げていきました。彼の馬車の後ろに続いて馬車を走らせているエトンは、アジトにいた頃の苛立ちを忘れて、ゆったりとした気持ちで星空を見上げていました。その星たちの動きを見て彼はぼんやりとこうつぶやきました。
「もうすぐ夜が明けるな。」

                  

森の中には今夜の戦いに疲れきったヤスブたちがいました。しかしそれでも彼らは緊張を解くわけにはいきませんでした。まだこの森にどれだけの敵がいるかわからないのです。神経がすり減らされていくのを肌で感じながらも、それぞれ弓や刀、槍を持つ手を緩めませんでした。テントの中ではマレアとイオニーネが身を寄せ合いながら、外の様子がどうなったのか知りたくてたまりませんでした。
「イオン、ヤスブ様たちはどうしたのかしら。さっきから少しも物音がしなくなったわ。みんな無事だといいけど。」
「私にも外の様子はわからないわ。でも、ヤスブ様たちはきっと大丈夫よ。みんなそんな簡単にやられてしまうような人たちではないのよ。」
「イオン、前から不思議に思っていたのだけど、ヤスブ様たちはただの兵隊さんではないような気がするの、違う?」
「マレアはどうしてそう思うの?」
「はっきりと断言できるわけではないけど、みんなとても礼儀正しくて親切だから、私の知ってる兵隊さんとは違うのよ。昔白森の村に来た兵隊さんたちは、村の酒場で大暴れをして店をメチャクチャにしたり、村の人と大喧嘩をやらかしたりしたわ。その人たちとヤスブ様たちはまったく違うような気がしてならないのよ。」
「確かにそんな人たちとヤスブ様たちは違うわね。みんなはバドの兵士たちの中でも、今度の旅のために特別に選ばれた人たちなのよ。この長い旅を乗り切るためには、粗野で乱暴な人間は不適切なのよ。兵士としての技量、人間としての性格、どちらも優れてなければいけないわ。違いはそこね。でもね、ただの兵隊かどうかなんてこの際関係ないと思わない?みんな旅の仲間なのよ。私もそうだけど、みんなマレアのことが大好きなのよ。これ以上に大事なことってあるかしら?」
「ありがとう、イオン。私もみんな大好き。でもだからこそみんなのことが気になるの、心配になるのよ。誰にも傷ついて欲しくないわ。」
「わかってるわ、でも大丈夫よ。ほら、外を見て。」
マレアがイオニーネから外のほうへ視線を移すと、テントの継ぎ目から光が漏れていました。それはかがり火などによる明かりではなく、偉大なる太陽の光でした。ようやく朝がやってきたのです。マレアも戦いの終わりを感じました。森の木々の隙間から朝日が差し込んできています。全てのものをはっきりと見ることができるようになりました。ヤスブは周りを見渡して、自分の仲間たちが全員無事なのを確認しました。さらに見回すと、辺りには”森の乱暴者”たちの死骸が散らばっていました。ヤスブは真っ直ぐに立ち上がり、仲間たちに聞こえるようにこう言いました。
「敵はこの場を去ったようだ。全員警戒態勢を解除せよ、ご苦労であった!」
ヤスブはもうここにはゲジョルおよびその仲間がいないと確信しました。それはすなわち敵の監視の目から解放されたことを意味しました。彼らはひと時の勝利を得たのでした。

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