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第二章「マレアとイオニーネ」【20】

「その通りだ。そしてさらにお前の言う通りなら、ここにはまだ2人以上の敵がいるはずだな。目を凝らして探してくれ。ユレイスほどではないにしても、我々にも暗闇で戦う力はあるはずだ。」
「もちろんですとも!我々も歴戦の勇者でありますからな。早速全員に伝えて参りましょう。大丈夫ですぞヤスブ様、無茶な事はさせませぬ!」

                   

夜空には月が大きく輝いていました。月光に照らされた草原の草々はエトンの肩の辺りまでの丈がありました。エトンより少し背の低いスロンゼルは頭半分を草の上に出して進んでいます。2人を尾行する敵は姿を見せずに草の中を動いています。そしてトーレンも同じように草の中を走っていました。体を低くかがめて、敵の姿を見失わないように進むのは大変骨の折れる事でした。しかしそれでも草の動きを察知してなんとか尾行を続ける事ができたのでした。やがてエトンは目の前に小さな丘があることに気付きました。その丘も草に覆われていましたが、ここの草よりはかなり丈の短い草である事がわかりました。どうやらスロンゼルはその丘に向かっているようでした。エトンは彼がその丘を登っていくものだと思っていました。しかしその瞬間、スロンゼルは突然姿を消したのです。エトンはスロンゼルが逃げるために姿を隠したものと思い、さらに走る速度を上げました。ところが、いきなり彼の体の周りからあの背の高い草々が消えたのでした。エトンは驚きました。そこはあの丘の中だったのです。どうやら“森の乱暴者”の面々は、丘の中に穴を掘り、そこをアジトとして使っていたようなのでした。エトン達が入ってきた所からは通路が細長く続いていました。エトンは走るのをやめて立ち止まり、辺りを注意深く観察しました。通路の壁には所々にと明かりが灯されていて、明るさはさほどでもないのですが、ずいぶん奥まで見通す事ができました。エトンはその通路の先に、いなくなったと思っていたスロンゼルを発見することができました。スロンゼルは、エトンが近くにいない事もわからずに走り続けていました。エトンは今度こそ本当にスロンゼルを見失ってしまうと思いました。急いで後を追おうとした時、エトンは自分の背後に人の気配を感じ取り、振り向きました。そこには、エトンがここに入って来た時と同じように驚き立ち止まる尾行者の姿があったのです。その男もエトンの姿を確認し、エトンが自分の短剣を抜いた事にも気付きました。慌てたその男が逃げようとして後ろに振り返ったとき、男のすぐ目の前にはトーレンが迫ってきていたのです。男が自分の短剣の柄に手をかけようとした瞬間、トーレンは驚くべき速さで自分の刀を抜き、それを男の喉下に突き立てました。その剣先は今にも男の喉を貫かんとしています。後ろからはエトンがやって来ていたため、男は引く事もできずに立ちすくんでいました。男は恐る恐る剣の柄から手を離し、両手を挙げました。トーレンはその男を殺気を含んだ凄まじい目で睨んでいました。そして男に近づいたエトンは、男の持ち物を全て奪い取りました。トーレンに睨みつけられた男は脂汗をかき、微動だにしませんでした。それからエトンは男の持ち物の中から丈夫そうな紐を見つけ、その紐でその男を後ろ手にきつく縛り上げたのでした。エトンはいぶかしげにトーレンにこう言いました。
「トーレン様、この男がゲジョルなのでしょうか?」
「そうであればありがたいのだが、考えにくいな。ゲジョルほどの男がこうもあっさりと捕まるものかどうか。それに本当にゲジョルであれば、ここの事を知っていたはずだから、お前たちに続いていきなりこの中に飛び込んでくるような事はしないだろう。この男はゲジョルではないのだ。」

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第二章「マレアとイオニーネ」【19】

エトンとスロンゼルは走りにくい森の中をものすごい速さで駆け抜けていきます。エトンは自分たちの後ろから誰かが付いて来ている事をわかっていましたが、今は何も考えずに走り続けていました。そしてスロンゼルもまた、殺されたくないがためにヤスブの言われたとおりに自分がもと来た道を走っていたのです。2人の後ろからは、敵が追ってきていました。敵はその距離を一定に保ったまま、2人を一度も見失うことなくぴったりと付いて行きました。さらにその後ろにはトーレンが走っていました。彼は、気配を殺しながら走る敵を見失わないように、そして自分のことも悟られぬように必死になって走っています。やがて木はまばらになり、エトンとスロンゼルはとうとう森を抜けたのでした。しかし2人はそれでもなお走り続けています。スロンゼルはエトンを“森の乱暴者”のアジトへと案内しようとしていたのでした。しばらくするうちに2人は山道に入っていきました。山道を懸命に走るスロンゼルはさすがに疲れてきました。しかしここで止まれば殺されてしまうかもしれません。スロンゼルは息を切らしながら山道を登っていきました。そして2人はいつしか脇道にそれ、うっそうと生い茂る草原の中に踏み込んでいくのでした。

                    

真っ暗になった森の中では、ヤスブ一行はめいめい武器を構えて神経を研ぎ澄ましていました。この周りにはゲジョル本人か、その仲間がいるはずなのです。マスグはヤスブのそばに近寄り、ささやくようにこう言いました。
「ヤスブ様、この策はしかし、ゲジョルの仲間が1人だけという前提の下にあるのではございませぬか?もし奴の仲間が2人、3人といたら全て台無しでありますぞ。我々に気配が感じられぬだけで、この森に何人いるものか。一日中監視をするというのは大変なものでございます。しかも何日も奴らは我々を見張っております。とても2人だけでできるとは考えられませぬ。しかもこの大事な時に我らの貴重な戦力を2人も隊から離すのは得策ではありませぬ。」
マスグらしからぬ慎重な発言に驚いたヤスブでしたが、こう言って説明しました。
「お前の言うとおりだ、マスグよ。だがこれで奴らの事が少しは掴めるとは思わぬか?確かにトーレンとエトンがいないのは我らにとって危険なことだ。しかしここでゲジョルが動くか動かぬかで、奴の立場がわかるというものだ。マレアはここにいる、つまり奴らにとってもここが最も重要な場所というわけだ。ゲジョルがエトンの後を追ったのなら奴は使い走りであり、逆にここに留まっているなら、ゲジョルは指揮官である可能性が高くなる。なぜそれがわかるのかと言うと、ゲジョルはいつも我々の前に出てきている。マレアに接触を図ったのも奴だ。そして“森の乱暴者”のアジトへ赴いたのも奴だ。どちらも大事な仕事だが、それを行うのが奴らの中でどの位置の者なのか。恐らく一番上か、一番下かのどちらかだろう。それがわかれば自ずと奴らの規模も判明するというものだ。」
「なるほど。ゲジョルほどの者が一番下っ端であるなら、敵は相当な使い手の集まりであり、逆にゲジョルが親玉で大事な仕事をすべて奴がこなしていると言うのなら、その仲間どもは大したことのない連中であるというのですな。」

次第に闇に慣れてきたヤスブの目には、大きく頷くマスグの姿が映りました。

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第二章「マレアとイオニーネ」【18】

ヤスブはたまらず一言差し挟みました。
「スロンゼルよ、その男の名は何と言った?」
「ああ、俺は会っていないんだが確かゲジョルとか言っていたのを誰かから聞いたよ。とても汚い格好をして、ずっとへらへらと笑っている気味の悪い奴だったそうだ。」

これで間違いなく、尾行者はゲジョルであり、ヤスブたちはニスベアにいた時から監視されていたという事になります。しかしゲジョルのことをマスグが知ったら、またレゴとフィレントは大目玉を食らうことになるだろうとヤスブはふと考えてしまいました。トーレンが話の続きを促し、スロンゼルは再び話し始めました。
「まあ俺はそこにいなかったんだが、仲間の連中はそいつをすぐさま捕らえようとしたんだ。しかし、頭領はそれを止めさせた。頭領はゲジョルに興味を持ったんだな。ゲジョルは頭領に話があると言ってきた。頭領はもちろん奴の話を聞いてやったのさ。それが、その、あんたたちを襲うって事だったんだ。あんたたちが連れている赤い髪をした女を連れて来いって言うんだ。ただ気をつけなけりゃいけないのは、その赤毛の女は髪を金色に染めているから、よく確かめて連れて来いって事だった。もう1人の女も髪が金色だから間違えるなと言っていたらしい。そして奴は頭領の目の前に金貨がたっぷりと入った袋を差し出し、自分の言ったとおりにすれば、この20倍の礼を出すと約束したんだ。頭領はもちろん引き受けた!俺たちだってこの話を聞いて張り切って出陣したんだが、結局ご覧の有様だ。」
そう言うとスロンゼルはがっくりとうなだれてしまいました。その時トーレンがヤスブの耳元でこうささやきました。
「この男の話が事実なら、ゲジョルは我々の事を一日中見張っているわけではなさそうですな。」
「そのようだ。しかしそうなると奴には仲間がいるという事がわかったな。」

ヤスブはスロンゼルにゲジョルの仲間や他の情報について尋ねましたが、スロンゼルはこれ以上の事は知らないと言うばかりでした。
「ヤスブ様、我々が知り得たのはそれだけです。ゲジョルの仲間が何人いるのかはまったくの不明ではありませぬか。何と言うことだ、奴らには我々の行動が筒抜けだというのに、我々にはゲジョルの事が何一つわかっておらんとは。」
「トーレンよ、そう嘆くことばかりでもないぞ。確かにゲジョルの事はこの旅の最大の試練であるが、それと同時にこれさえ乗り越えればわが故郷への道はぐっと近づく事になるだろう。その為にはここで指をくわえて見ているだけでは駄目だ。今すぐ打って出るぞ!まず明かりを全て消すのだ、そしてトーレンよ、エトンをここに呼んでくれ!」

                       

ヤスブの指示によって全ての松明が消され、辺りは静寂と暗闇に包まれました。そしてその中から動き出したのはエトンとスロンゼルでした。2人は連れ立って、森の奥へと消えていきました。その方向はスロンゼルとその仲間たち、すなわち“森の乱暴者”がやって来た道でした。2人はわき目も降らず一心に走り続けています。しかし別の方角からその2人の後を追う影がありました。トーレンはかすかにその気配を感じ取り、急いで走り出したのでした。エトンとスロンゼルの後を追い、トーレンに後を追われている影は恐らくゲジョルかその仲間であるに違いありません。これは今の不利な状況を逆転するための、ヤスブの策でした。願わくばあの影がゲジョルであることを願いつつ、トーレンは敵に気付かれぬように、細心の注意を払って走り続けました。一方森の中に残ったヤスブたちも気配を殺し、この作戦の成功を祈るのでした。

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第二章「マレアとイオニーネ」【17】

次の日の朝早くから、レゴとフィレントは剣の稽古に励んでいました。2人の相手を務めていたのはピルセンでした。レゴは昨晩の“朱色の盗賊団”との戦いでは、ようやく1人を切り倒すにとどまり、フィレントにいたっては相手に軽い傷をつけただけで逃げられてしまいました。班長のマスグはこの2人のふがいなさに腹を立て、剣技の特訓を命じたのでした。訓練は長い時間にわたって行われましたが、とうとう2人はピルセンにまったく歯が立たないままにその場でへたり込んでしまいました。
「今日はここまでにしておこう。」
涼しげな顔をして、ピルセンは2人に対してこう言いました。
「2人とも剣の技術はまだまだだが、よく頑張った。マスグ殿には私からそう伝えておく事にしよう。後は今夜に備えて体をよく休めておきなさい。」
「今夜に備えてとは、どういうことでしょう。何があるのですか?」

息を切らしながらフィレントはピルセンに訊ねました。
「昨夜のような襲撃が今夜も起こりうるということだ。あの尾行者はとてもしつこい者のようであるからな。今度はマスグ殿の期待に応えなさい。」
そういってピルセンはその場を立ち去りました。2人は物も言わず座り込みました。2人は自分たちの軽率な判断がこのような事態を招いてしまったと悔やんでいました。しばらくしてレゴはふと視線の先にマレアとイオニーネの姿があることに気付きました。すぐにフィレントもレゴと同じ方に目をやりました。彼女たちは昼食の用意をしていました。2人ともとても元気そうに明るい表情で働いています。昨夜の恐怖など忘れてしまったかのようでした。この彼女たちの様子を見たフィレントは独り言のようにこうつぶやきました。
「マレアは怖くないんでしょうか?」
そのつぶやきにレゴがまた独り言のように答えました。
「怖くないわけないさ。昨日の戦いで疲れた俺たちに暗い顔を見せないように明るく振舞っているだけだ。こういう時の女はとても頑丈になるものなのさ。だけどフィレント、それでも彼女たちは剣を持った男に力ではかなわない。だから俺たちが守ってやらなければいけないんだ。俺は、イオニーネのことを命を懸けても守りたいと思っているよ。」
「レゴ、僕も同じです。僕はマレアを必ず守り抜きます!今は大して役に立てないかも知れませんが、いつか必ず自分の力で彼女を守る騎士になります!」

                 

その夜、ヤスブ一行を襲ったのは“森の乱暴者”と名乗る盗賊どもでした。人数は“朱色の盗賊団”とほぼ同じくらいでしたが、勇敢さでは昨夜の烏合の衆とは比べ物になりませんでした。逃げ出すものはほとんどおらず、ヤスブたちに真っ向と挑んで来たのです。しかしそれでもバドの兵士たちの敵ではありませんでした。しばらくした後、森には再び屍が累々と横たわっていました。ただ、今夜の戦果はそれだけではありませんでした。“森の乱暴者”の中から出た数少ない逃亡者の中の1人をトーレンが捕らえたのです。この事が尾行者にばれぬように、すぐにヤスブとトーレンはその捕虜を松明の明かりが届かない暗い場所に連れて行き、静かに尋問を始めたのでした。捕虜はまず自分がスロンゼルという名である事を明かしました。それからスロンゼルは、“森の乱暴者”がヤスブ一行を襲撃するに至った経緯をゆっくりと語り始めました。
「今朝の事だ、俺たちのアジトに1人の男がやって来た。俺たちはとても驚いたよ。何しろアジトの事は俺たち“森の乱暴者”の人間しか知らないはずだからな。それよりもっと驚いたのは、奴はいきなり頭領の部屋へ入って来たという事だ。アジトの周りにはちゃんと見張りがいたのに、その誰にも見つかることなく、アジトの一番奥にある頭領の部屋までやって来たんだ。」

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第二章「マレアとイオニーネ」【16】

「わかりませぬが、恐ろしい相手です。もうこのまま放ってはおけぬでしょう。ユレイスが戻ってき次第ここを離れねばなりませぬし、何より奴への対処を考えねばなりますまい。」

                   

それから少し間が空き、ヤスブは話題を変えてこう言いました。
「マレアの様子はどうでしょう、もう眠っていますか?」
「ついさっきまでイオニーネにしがみついて震えておったようですな。よほど恐ろしかったのでしょうが、今は2人とも疲れて眠っておりますわい。」
「無理もありません、あのような事はまったく経験がないでしょうから。しかし、イオニーネがいてくれて助かりました。我々だけではマレアを救ってやることはできませんでしたから。」
「イオニーネはまことに気丈な娘ですのう。聞けばこの旅に帯同する事を自ら志願したと聞いておりますが。」
「その通りです。旅に出る数日前に、急遽マレアの世話をさせるための者を連れて行くことが決まりました。そこで身寄りの無い娘たちを集めてその中から希望者を募ったのですが、初めは誰も手を挙げてはくれませんでした。とても危険な旅だという事を彼女たちも理解していたのでしょう。その場にいた私は、彼女たちにこの旅の重要性を説いて聞かせました。それでもなかなか手は挙がりませんでした。しかしようやく、彼女たちの中から1人の娘が私の前に歩み出てくれたのです。それがイオニーネでした。イオニーネはマレアだけでなく、我々の世話までよくしてくれております。」
「ふむ、しかし残念じゃ、ヤスブ様。あなたはこの片足の不自由な老人に何か隠し事をしておられる。それは言うまでもなくイオニーネの事じゃ。我々の中で、彼女と一番接してきたのはわしじゃ。旅の途中であの娘は時折、とても悲しそうな顔をしている事がありますのじゃ。しかしそれだけなら戦争で亡くした家族を思っての事かも知れん。だがイオニーネは悲しい顔の中にも何かを決したような、そう、悲壮な決意を湛えておりますのじゃ。ヤスブ様、あなたはあの気立ての優しい娘に一体何をさせるおつもりでおりますのか?」
ノドモスの言葉を聞いたヤスブは目を伏せ、何かを迷っているようにじっと足下を見つめていました。それから再び顔を上げ、こう言いました。
「ノドモス様は全てお見通しでございますな。」
「様は余計ですぞ、ヤスブ様。わしはただの馬車使いのじじいじゃからのう。ですがこのノドモスにもあなた様が1人で重荷を背負い込んでおられるのはわかりますわい。部下の者には話せずとも、この年老いた下僕には気兼ねなく言えましょう。何を思い悩んでおられるのか、どうかお話くださいませ。」
「今は何も言えませぬ。これはもう誰にも背負わせるわけにはいかないのです。たとえあなた様にでも、一言も申し上げるわけには行かないのです。」
ヤスブの顔にも悲壮な決意が浮かんでいました。それはノドモスがイオニーネに見た、あの表情と同じでした。そしてノドモスはこれ以上は何も言えませんでした。

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