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第二章「マレアとイオニーネ」【15】

「マスグよ、お前はあの尾行者の実力を忘れたのか?我らにほとんど気付かれぬ様に、我らの動向を探っていたのだぞ。それほどの知恵と技術を持った者が、何の企みも持たずにあんな程度の低い盗賊を差し向けるとは到底考えられんと私は言っているのだ。」
「お前は何が言いたいのだ?ゲジョルだか誰だかしらんが、これで我々の実力がその素晴らしき尾行者にもわかったはずだ。今頃はあんな役立たずの連中をよこした事を後悔しているだろうよ!」
「今のマスグの言葉は半分が正解で、あとの半分はそうではないだろうな。」

ここでようやくヤスブが口を開きました。驚いた顔のマスグを尻目に、ヤスブは淡々と話し始めました。
「今回の“朱色の盗賊団”の1件にゲジョルが関わっているのはまず間違いない。いや、仮に尾行者がゲジョルでなくとも、もうそれはどうでもいい事だ。マスグは素晴らしいと言ったが、私には恐ろしい。奴は“朱色の盗賊団”を使って我々の実力を推し量ったのだ。そしてその結果、我々が“朱色の盗賊団”程度の中途半端な盗賊に仕留められるような、ただの旅の一行ではない事がはっきりとしただろう。戦闘の訓練を受けた、れっきとした兵士である事がな。最初から“朱色の盗賊団”が勝つなどと奴は思っていなかったのだ。」マスグはさらに驚いていました。ヤスブのそれは、つまり“これで終わりではない”という事を暗に示していたからでした。マスグはヤスブに尋ねました。
「それではヤスブ様、次はいつ来ると言うのです?明日ですか?」
「そうだな、明日新たな盗賊どもがやって来たとしても不思議はないだろう。できるだけ時間を空けずに攻めて来るはずだ。我々の体力を消耗させるのも奴の狙いの一つであるだろうからな。」

                  

マスグとトーレンとの話を終えたヤスブは、マレアたちのいるテントへと向かいました。テントの前にはノドモスが座っていました。彼のすぐ横には先ほどの戦闘で使われた槍が置いてありました。この老人は左足が不自由であるにもかかわらず、この槍を見事に振るい、敵を3人も貫いたのでした。ノドモスは少しうつむき目を閉じて、眠っているようでした。ヤスブはできるだけ静かにノドモスの元へ歩きましたが、彼が2,3歩近寄っただけでノドモスはふっと顔を上げました。ヤスブはノドモスの前で方ひざをつき、話し始めました。
「ノドモス、先ほどはお見事でしたな。槍の腕前は少しも衰えていないようで安心しました。しかしかなりお疲れのようですので、ここは私が変わります。」
「いや、それには及びませぬぞ、ヤスブ様。こうして座っているだけで疲れも癒されていきますわい。しかし確かに槍を使うのも久々のことじゃったからわしも少々不安ではありましたが、今でも十分お役に立てそうじゃ。これで勘が戻れば、さらに働いてごらんに入れましょうぞ。」

ノドモスはそう言って少し笑っていましたが、急にまじめな顔をしてこう言いました。
「それにしても、やっかいな相手に目をつけられたものでございますな。一体何者なのでしょう、そのゲジョルとかいう者は?」

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第二章「マレアとイオニーネ」【14】

「そうかそうか、では力ずくでいただくまでよ!」
言うが早いか、デバイロはその大きな剣を振り上げて今にもヤスブに切りかかろうとしました。しかしヤスブはそれよりさらに早く身を沈め、前に進み出て鞘から剣を抜きました。それは一瞬の出来事でした。気が付くとデバイロの赤い皮の服は右の腹から左の胸へかけてスパッと切り裂かれていました。その切り口から鮮血が噴き出したかと思うと、デバイロは仰向けに倒れ、ぴくりとも動かなくなってしまいました。デバイロの真後ろにいた“朱色の盗賊団”の者たちは何が起こったのかわからず、唖然としていました。そして彼らは自分たちの後ろの方から悲鳴が上がるのを聴きました。それは彼らの仲間の悲鳴でした。既に何名かの者が倒れており、その背には矢が突き刺さっていたのです。矢を放ったのはトーレンの部隊でした。その矢は正確に“朱色の盗賊団”の盗賊たちを射抜いていきました。頭領を失った驚きからわれに返った“朱色の盗賊団”は浮き足立ってしまいました。そこにマスグの率いる部隊が切り込み、次々と敵を切り倒していきました。数の上で有利に立っていた“朱色の盗賊団”もこうなれば形無しです。戦意を失ったものは散り散りに逃げ出し、その場が静寂を取り戻すのにさほど時間はかかりませんでした。

                       

ヤスブ一行は戦闘の後始末に追われていました。“朱色の盗賊団”が、持っていた松明を地面に落としていったため、辺りの草木が燃えたり焦げたりしたのです。幸いヤスブたちの対応が早かったため大事には至りませんでしたが、周辺には草木の焼け焦げた匂いがたちこめました。さらにはそのあちらこちらに“朱色の盗賊団”の者たちの死体が転がっています。その血の匂いも混ざり、彼らのキャンプ地にはなんとも言えぬよどんだ空気が漂っていました。一行の者たちは盗賊たちの屍を一箇所に集めました。ただ森の中なのでこれらを燃やす事もできず、一行はその上から木々の枝や葉を大量にかぶせて外からは見えないようにしました。どちらかというと彼らは盗賊団との戦闘よりも、その“仕事”の方によっぽど疲労感を覚えたのでした。仕事を終えた兵士たちはぐったりと横になり、すぐに寝息を立て始めました。しかしその横では眠っていない3人の姿がありました。ヤスブとトーレンとマスグです。彼らはこの戦闘の勝利にもまったく満足できないでいました。まず口を開いたのはマスグでした。
「今回は我々の圧勝でしたな。奴らは大した抵抗もする暇なく、次々と切られていきました。俺なんかは一度に2人を切り倒したりもした。しかしこいつらはまったくの素人だ。俺たちに殺されに来たようなものだからな!こんな奴らに勝った所で何の自慢にもならん。そうではないか、トーレンよ?」
「確かにお前の言うとおりだが、問題はそんな事ではないぞ。」

マスグに異を唱えるようにトーレンが話し始めました。
「“朱色の盗賊団”は確かに烏合の衆だった。だがあいつらは単なる稚拙な盗賊ではない。なぜならやつらは赤毛の女、つまりマレアの事を知っていた。これはつまり、やつらがあの尾行者と接触を持ったに違いないという事だ。」
「それがどうしたのだ?そんな事はとっくに予想していたことであろう。我らが思ったとおりに、我らは襲撃を受けた。お前はそんな事が引っかかっているのか?」

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第二章「マレアとイオニーネ」【13】

その夜は風が北西から吹いていました。マレアとイオニーネのテントの近くではレゴが見張番をしていました。彼は自分が犯した失敗を挽回しようと必死に目を凝らしていました。彼が立っている場所から少し離れたところでは、フィレントが横になって目を閉じていました。辺りは森の木々が風に揺れるざわめきと、数本立てられている松明の火が燃える音がするだけでした。それがいくらかの時を刻み、フィレントとの交代の時間が近づきました。そしてレゴの集中力が途切れかけたその時、彼は森の中にぼわっと浮かぶ明かりに気付いたのです。彼がその明かりを不審に思った時、それはすでに2つ、3つと増えていました。その数はさらに増えていき、徐々にこちらに近づいてきたのです。レゴはあわてて合図用の鐘を打ち鳴らしました。鐘の音が辺りに鳴り響くと、それまで眠っていた者も全員一斉に飛び起きました。トーレンの班は急いでキャンプ地から離れました。マスグの班はマレアたちのテントの前に立ち、近づく明かりを正面で迎えます。ヤスブはテントの裏に回り、手には弓を持っています。ノドモスも槍を携えてテントのそばに立ち、マレアたちを守ります。明かりの数はおよそ10ほどです。次第にその姿も確認できるようになってきました。相手は盗賊のような姿をしていて、手にはおのおの抜き身の剣を持っていました。中には松明を持っていないものもいたため、人数は20人を越えていました。しかし、彼らはすぐには攻めてこないようです。彼らは歩みを止め、マスグたちと対峙しました。その集団の中から、1人の大柄な男が進み出て来ました。その男は他の者よりも一回り大きな剣をきらめかせ、動物の皮でつくられた丈夫そうな赤い服を身にまとっていました。その男はマスグたちの前に立ち、マスグに向かってこう言いました。
「俺は“朱色の盗賊団”の頭領でデバイロだ!ここの頭はどいつだ、お前か?」
そこでマスグはヤスブと入れ替わり、ヤスブがデバイロと向き合いました。
「私がリーダーのヤスブだ。貴公たちは何の用であるか?」
「ではヤスブよ、早速用件を言わせてもらう。お前たちのところに赤い髪と眼をした女がいるだろう?渡してもらうぞ。」

デバイロはマレアの事を知っていました。レゴとフィレントはそれまで以上に心臓が高鳴っていくのを感じていました。レゴは体中から汗を噴出し、逆にフィレントは寒気すら覚えていました。ヤスブは臆することなくデバイロを見据え、堂々とこう言いました。
「デバイロよ、残念だがそれは聞けぬ願いだ。貴殿は何か思い違いをしているようだが、我々のところにはそのような赤い髪をした女はいない。その物騒な物を収めて早々に立ち去ってはくれぬか?」
「おいヤスブよ、とぼける必要はないぞ!お前の後ろのテントの中にその女がいる事はとっくに承知の上だ。立ち去るのはお前たちの方だ。赤毛の女とそのご立派な剣と弓を置いてゆけば命ばかりは見逃してやろう!」
「デバイロよ、私にはこのテントの中を貴殿に見せるつもりも、武器を差し出すつもりも毛頭ないぞ!」

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第二章「マレアとイオニーネ」【12】

3人の話し合いは夜遅くまで行われました。奇襲を受けた時の作戦や、あらゆる状況に応じた進路のとり方など、延々と続きました。

                   

その翌日の夕方、ユレイスはヤスブからこの先の進路を偵察するという任務を命ぜられました。夜のうちに出発するため、ユレイスは旅支度を始めました。マレアとイオニーネは彼の荷造りを手伝っています。しかしマレアには、この斥候という役目の事がよくわかっていませんでした。
「ユレイスさんは1人で行かれるのですね。寂しくありませんか?」
マレアの問いかけにイオニーネは笑っています。ユレイスも初めは面食らった顔をしていましたが、それでも淡々と話し出しました。
「大丈夫ですよ、マレア。私は寂しくはありません。確かに私は1人で行かなければなりませんが、この仕事は大勢で行ってはうまくいかないのです。私の任務は、この先みんながどのように進めばよいのかを見てくるという重要なものなのです。危険な事が待ち受けてはいないか、行きに使った道をまた通ってよいものか、色々な事を見てこなければいけません。寂しいなどと言っている暇はありませんし、何しろ私はこの仕事を誇りに思っているのです。」
イオニーネは彼のこの言葉を聞いて驚いた表情をしていました。ユレイスといえば隊の中でも1,2を争うほどの口数の少ない男なのです。イオニーネも彼と長く旅を続けてきましたが、彼が一度にこんなに多くのことを語ったのを聞いたのは初めてだったのです。
「わかりました、ユレイスさん!ユレイスさんはとても大事なお仕事をしに行かれるのですね。私、ユレイスさんの旅のご無事を祈っています!あ、そうだ!ユレイスさん、ちょっと待っていてくださいね、私すぐ戻りますから!!」
マレアはそう言うと自分のテントのほうへと走っていきました。
「ユレイスはいつの間にそんなにおしゃべりになったのかしら?」
「イオニーネ、からかうのはやめてくださいよ。自分でも驚いているのですから。ただ、マレアを見ていると、任務中であるにもかかわらず心が穏やかになるのを感じます。彼女の一所懸命で明るい所がそうさせているのでしょうか。」
「確かに、あの子が一緒になってから紳士様が増えたわね。」

その間にマレアが2人の元へ戻ってきました。彼女はユレイスに小さな丸い石を手渡しました。
「これは私の村の石なんです。私が生まれた時にもらった物なんです。村の人はみんな一つずつ持っていて、お守りにもなるんですよ。今までずっと私を守ってくれていました。きっとユレイスさんのこともお守りしてくれるはずです。」
「そんな大事な物を、いいのですか?」
「そうなんです、とても大事なものなんです!だから、今度のお仕事から無事に戻ってきたら、ちゃんと返してくださいね!」
「わかりました。必ずまたみんなの所に戻ってきます。そしてこのお守りをマレアに返しますよ。」

そしてユレイスは夜の闇の中へと旅立っていきました。

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