« 2006年3月 | トップページ | 2006年5月 »

第二章「マレアとイオニーネ」【7】

昼食を終えたマレアたちは、買い物を続けました。周りには野菜や果物が並んでいます。そこでマレアはふと立ち止まりました。彼女は何かを探すように辺りをきょろきょろと伺っていました。そして彼女はある一転を凝視したかと思うと、突然弾かれたように走り出しました。フィレントは一瞬眼を離していましたが、ノドモスがそれに気付いてフィレントに叫びました。
「フィレント!マレアを追うのだ!!」
ノドモスが言い終わるより速く、鋭い反応でフィレントはマレアを追って人ごみの中へ駆けていきました。レゴも急いでフィレントに続いていきました。イオニーネとノドモスはこの場にとどまる事にしました。
「どうしましょう!マレアは一体どこへ行ってしまったのかしら?」
「大丈夫じゃ。あの子はそんなに遠くまでは行きはせんよ。」

ノドモスは落ち着いていましたが、イオニーネはさすがに不安そうな表情をしていました。何か悪い事が起きそうな、そんな胸騒ぎがしていました。

                   

マレアは一軒の露店の前で立ち止まりました。そこにはたくさんの種類の果物が山のように積まれています。その中にカリスの実もあったのです。彼女はこれの香りを嗅ぎつけ、そして走り出したのでした。マレアはそこで働いている中年の女性に話しかけました。
「あの…、このカリスの実はどこで採れた物ですか?」
その女性はマレアの赤い眼を見て内心驚きましたが、素知らぬふりをして答えました。
「カリスの実かい?それはね、白森の村で採れた物だよ。」
白森の村、マレアは遠く離れた故郷の名をこんな所で聞くとは思いもしませんでした。村を出たのは数日前のことでしたが、彼女にはもっと長い月日が経ってしまっているかのように思われました。村のことを思い出してしまった彼女は、そこに立ち尽くしてしまいました。
「あんた、白森の村から来たのかね?」
ふいに彼女に声をかけたのは見知らぬ男性でした。その顔はにやけていました。昼食を取った店でレゴが出会ったあの男です。ですが、マレアはその事を知りませんでした。
「はい…、白森の村に住んでいました。白森の村をご存知なのですか?あの、あなたは、…どなたですか?」
その男の汚れた格好とにやけたまま変わらない表情に、マレアも不気味な印象を覚えたのでした。しかしそれでもその男の顔はにやけています。
「私かね?私はゲジョルというのだがね、私も昔白森の村に住んでいたんだよ。おそらく、あんたが生まれるずっと前のことになるんだろうがね。だから私もこのカリスの実を見ると故郷を懐かしく思うものさ。今もこの果実の香りに誘われてここにたどり着いたんだよ。すると、あんたがカリスの実の前で立っていたじゃないか。これはきっとあんたも白森の村からやって来たんだと確信してね、それで声をかけたんだよ。あんた…お名前は?」
「あ、私はマレアと言います。」

その男の顔が一瞬だけ真顔になりましたが、またすぐもとのにやけた顔に戻りました。
「そうかい、マレアというのかい。よい名前だね。」
ゲジョルは1人で納得するように頷いていました。その時、人ごみを掻き分けてフィレントがやって来ました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

第二章「マレアとイオニーネ」【6】

今日の彼女は、明るく朗らかで、時にはフィレントやノドモスの手を取ってはしゃいでいます。彼は、マレアを護衛する兵士という自分の役目を忘れてしまいたいと思うようになっていました。そしてイオニーネを守るレゴもまた、幸せな時を過ごしていました。イオニーネは、これからの旅に備えて、食料をたくさん買っています。レゴはその荷物を大きな袋に入れて背負い、両手にも持っています。レゴは本当に、バドに帰ったらイオニーネと結婚するつもりでいるのです。彼にとっては彼女とこのような生活をするのが夢となっていました。ノドモスは、この2組の男女を温かいまなざしで見守っていました。マレアの楽しそうな顔や、イオニーネの生き生きとした表情、レゴとフィレントのいつもとは違う安らいだ雰囲気に満足していたのです。こういった旅なら悪くないと思っていました。ただレゴには悪いのですが、イオニーネだけは自分の息子と結婚させるつもりでいました。

                  

5人は買い物を途中で済ませ、昼食を取るために1軒の店に入りました。あまりぜいたくはできませんが、それでもたくさんの料理がテーブルの上に並んでいました。彼らはゆっくりと、そして賑やかに食事をしていました。レゴはお酒を飲もうとしましたが、それはさすがにフィレントにたしなめられました。
「フィレント、お前は真面目すぎるよ。ま、しかししょうがない。俺は水でももらってくることにしよう。」
レゴはそう言うと席を立ち、カウンターの方へ歩いていきました。店の中は昼食時ということもあり、人でごった返しています。彼は店の人間に水を一杯頼みました。すると、彼の横に1人の男が近寄ってきました。初めレゴは気にも留めていなかったのですが、その男はさらにレゴのそばに来て、こう言いました。
「あんたたち、どこから来たんだい?実に楽しそうだね。」
レゴはちらりと男を見やりました。男は貧しい身なりをしていました。顔はずっとにやけています。レゴは胡散臭く感じましたが、気分がよかったので話をすることにしました。
「俺たちはバドから来たのさ。用事が済んだのでバドに帰るところなんだが、ここの市場は有名だろ?だから寄ってみたというわけさ。」
「ああ、なるほどねえ。バドから来たのかい。なるほど、どうりで、あんたたちの言葉はバドの訛りだったんだねえ。…しかし、1人だけ、一番若いお嬢さんだけにはその訛りがなくて、むしろこの辺の人間のように見えるんだがねえ。」
「ああ、あいつは俺の妻の妹なんだが小さい頃こっちで暮らしていたからな。今になってもこの国の訛りが抜けないのさ。」
「そうなのかい。しかし変わった眼をしているね。あの赤い眼、あれは病気なのい?」
「おいお前、一体何が言いたいんだ?」

レゴはこの男の言葉に少しかっとなり、威圧するように男に顔を近づけました。男は驚いて一歩下がります。
「いやいや、何でもないんだよ。気になったので聞いてみただけさ。悪かったよ、怒らないでくれ。」
男はそれでもにやけていましたが、そのままそそくさとレゴから離れていきました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

第二章「マレアとイオニーネ」【5】

夜が明けました。朝食を済ませたマレア達はニスベアへと向かっていました。ニスベアまでは馬車での移動となりました。馬車の中には女性2人が乗っています。マレアとイオニーネの護衛には、ノドモス、レゴノートン、そしてフィレントの3人がつきました。レゴとフィレントは馬を操るノドモスの隣に座っています。レゴとフィレントは鎧をはずして村人の姿に変装していました。2人の武器は懐に隠した短刀だけでした。マレアとイオニーネは姉妹、ノドモスは娘たちの父、レゴはイオニーネの夫、フィレントはマレアの恋人と、役割をそれぞれ決めました。それを喜んでいたのはノドモスとレゴだけでした。
「イオニーネばかりか、マレアまでわしの娘になってくれるとは思ってもみなかったよ。」
「じいさん、娘になると言ったってニスベアにいる間だけの話だぜ?」
「そんなこと言って、レゴよ、お前さんも顔がにやけておるぞ。イオニーネと夫婦になるのがそんなに嬉しいのか?」
「もちろんさ。俺の場合は将来の予行演習みたいなものだからな。」

ノドモスとレゴがのんきに話している横では、フィレントが神妙な面持ちで座っていました。このまじめな青年兵士は、大事な任務を負かされた事と、マレアの恋人役という事に緊張していたのです。
「フィレント、何をむすっとしてるんだ?お前も素直に喜べよ、マレアが嫁さんになってくれたんだから!」
「僕は自分の任務に従っているだけです、茶化さないでください!」

レゴがからかうと、フィレントはむきになって反論していました。マレアとイオニーネは、そんな男たちの様子には目もくれず、楽しそうに話をしています。イオニーネがマレアの髪を染めたあの日から、2人はさらに仲良くなったようです。そして馬車は目的地に到着し、5人はニスベアへと入っていきました。

                    

ニスベアの中心部である市場に向かうにつれて、どんどん人の姿が増えていきました。マレアはこんなに賑やかな所に来たのは初めてです。彼女が行った事のあるメイベリエ町の市場も人の多い所でしたが、ニスベアの市場はそれとは比べ物にならないほどの大きさでした。子供から大人まで大勢の人でごった返しています。人々はそれぞれ色々な服を着ていました。それはつまり、ここに集まっている人がマセノアの人間だけでなく、他の国からもやって来ているのだということを物語っていました。マレアは時折人にぶつかりそうになるのを必死によけながらイオニーネの後を付いていきました。レゴやフィレントは彼女たちを守るように歩いています。ノドモスは左足が不自由なのですが、そんな事はまったく感じさせずに彼らの後ろを歩いています。道端に所狭しと並んでいる露店には、マレアがこれまで見た事もないような商品が山のように積まれていました。光り輝くような豪華な織物や、きらびやかな刺繍の施された服、流れるように緩やかな曲線で作られた花瓶などがたくさん置いてありました。中には、マレアが使い道を思いつかないような不思議な物さえも、ずらりと並べられていたのです。マレアは次第に気持ちが高揚していきました。店を1軒1軒覗くたびに、何があるかわからないという驚きと興奮に胸が高鳴るばかりでした。自然と笑顔があふれているマレアに、フィレントはこれまでとは違う気持ちを抱くようになっていました。今までの暗く沈みがちな彼女の姿は、今日は見当たりませんでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

第二章「マレアとイオニーネ」【4】

「気持ちはわかるわ、でもその事なら心配無用よ。旅の初めにも言ったけど、すべてこのイオニーネ・デイロウに任せなさい!」
そう言うとイオニーネは自分の荷物の中から、鏡と取っ手のついた大きな箱を取り出しました。箱の中身は、大きめの櫛と少し汚れのついた、人の背丈ほどの布、そしてこれも少し汚れのついた器、最後にガラスの瓶が入っていました。このガラスの瓶には絵の具のような液体が入っていて、その色は金色でした。それからイオニーネは手拭いを二枚取り出して、その一枚でマレアの鼻と口が隠れるように包み、彼女の首の後ろで結びました。もう一枚で同様に自分の鼻と口を隠しました。それから箱に入っていた布をマレアの首の周りに巻きました。マレアの首から下はその布ですっぽりと覆われました。マレアは一体何が始まるのかとどきどきしながら座っていました。イオニーネはガラスの瓶を彼女に見せながら言いました。
「この薬が体の中に入ったり、着ている物につかないようにしたのよ。それから私がいいと言うまで目を閉じていなさい、いいわね?」
マレアははい、と返事をして目を閉じました。イオニーネはガラスの瓶の液体を器に注ぎ、それを櫛に付け、その櫛でマレアの髪をとかし始めました。2人のいるテントの中はその液体のつんとした臭いが広がりました。マレアは目をつぶっているために、何が起きているのかわかりませんでした。イオニーネが自分の髪をとかし、嫌な臭いで頭がくらくらしているという二つの事だけは感じられました。
「今は少し臭うけど、乾けばこの臭いもおさまるから我慢してね。」
イオニーネはそう言って、さらに作業を続けました。金色の液体をていねいにマレアの髪の毛に塗りこんでいきました。

            

「さあ、いいわよ。目を開けて御覧なさい!」
目を開けたマレアの目の前には鏡が置かれてあり、そこに映った自分の姿を見て、マレアは思わず声を上げてしまいました。そこにいる自分の髪の毛が金色になっていたのです。それはイオニーネの髪の色と同じになっていました。まるで別人になってしまった自分を見て、マレアは言葉もなく鏡の前に座っていました。イオニーネは自分の顔を鏡に映し、マレアの髪と見比べながら話しかけました。
「どうかしら、マレア?こんな髪の色の女なら、ニスベアにもたくさんいるわ。誰もあなたを特別な目では見ないわ。美人が2人歩いているって思われるくらいね。それにもっとすてきなのは、こうやって2人でいたら姉妹のように見えない?」
姉妹という言葉を聞いて、マレアは妹の事を思い出しました。勝気でおしゃべりな、愛くるしいシノンはどうしているだろうと考え、彼女の顔には悲しみが浮かんでいました。
「妹のことを思い出してしまったのね。馬車を追いかけてきたあの子、可愛いかったわね。マレア、私にも妹がいたわ。あなたより4つ年が上だけど、戦争で亡くなってしまったの。いつも私の歩く後にくっついてきていた、とてもかわいらしい子だったわ。だからあなたを初めて見た時から、私はあなたを妹のように思ってきたわ。あなたも、私の事を姉だと思ってちょうだい。どこに行っても、私はあなたを必ず守ってみせるわ。」
それだけ言うと、イオニーネはマレアを固く抱きしめました。マレアはイオニーネの胸の中でいつまでも泣いていました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

第二章「マレアとイオニーネ」【3】

マレアの旅が始まって5日目の夜の事でした。イオニーネは、周辺の地図を眺めているヤスブの所へとやってきました。
「私、今夜はヤスブ様にお願いがあって参りました。」
真剣な表情のイオニーネに、ヤスブも何事かと身構えました。
「マレアのことです。彼女は日を追うごとに元気を失くしています。初めての長い旅で疲れているのかもしれません。私は彼女に息抜きをさせてあげたいと思うのです。」
「ほう…、例えば?」
「このまま順調に進めば、あさってにはニスベア市に到着しますよね?そこにマレアを連れて行けば、きっと彼女の気も紛れるはずですわ。」
「ニスベアか…確かにあそこには色んなものがあるな。」

ニスベアは、マセノアの南端にある大きな都市です。バドニアと大国リグ・バーグ、そしてマセノアの3国の境界線が交わっているため、交易が大変盛んな所です。そこには大きな市場があり、各国のありとあらゆる特産品が取引されているのです。
「だがイオニーネ、それはとても危険な事でもあるのだよ。人が集まるところというのは、本当に色んな人間がいるものだ。」
「わかっていますわ!その点には細心の注意を払います。…もしもこの提案が受け入れられず、このまま街道を進むだけの退屈な旅が続くなら、私は彼女の心の健康さえも心配になるのです。ですがニスベアで楽しいひと時を過ごす事ができたなら、彼女はきっと明るさを取り戻す事でしょう。ヤスブ様、どうかお願いいたします。」

イオニーネの熱心な説得に、ヤスブも折れたようです。彼は条件付きで、マレアの外出を許可しました。
「その条件とは、まず第一にマレアを目立たせないようにする事だ。何しろ彼女の髪の色は人目につきやすい。それに誰が見ているかわからないからね。第二に君たちには護衛をつける。女性二人で歩かせる事はできないよ。以上の二点だが、あとは君自身でも言ったように、細心の注意を払ってくれ。」
「ああ、最高ですわ!ありがとうございます、ヤスブ様!!」

                   

その翌日の夕食後、イオニーネはマレアに明日の朝ニスベアへ行く話しをしました。
「とても大きくて立派な市場があるのよ。歩いているだけで時が過ぎてしまうわ。あなたが初めて見るような物もいっぱいあるはずよ。バドニアのきれいな織物や、リグ・バーグの甘い果物、高級な食器、すてきな首飾りなんかもあるわよ。とにかく一度は行ってみるべきだわ!」
マレアは特に気乗りはしていませんでしたが、イオニーネに押し切られた格好で、一緒に行く事にしました。しかしマレアにはひとつだけ気になる事がありました。自分の髪の毛の色が赤い事です。このままニスベアへ行けば、間違いなく奇異な目で見られてしまうことでしょう。そんなに大勢の人から妙な好奇心で注目を浴びることは、15歳の少女にとってはたまらなくいやな事でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2006年3月 | トップページ | 2006年5月 »