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第一章「初恋とカリスの実」【19】

子供たちの周りには、何匹もの野犬がいました。野犬の中には、その場にしっかりと立ち人間どもを見据えているものもいれば、せわしなくウロウロと歩き回っているものもいます。キオとルイル、パティンの3人は互いに身を寄せ合い、松明をかざした状態を保っています。野犬たちは今にも3人に飛び掛ってきそうな雰囲気です。獣の低いうなり声が子供たちを責め立てます。その殺気だった空気の中、彼らの恐怖心は少しずつ彼らの体を蝕み始めていました。体が固くなり、息苦しささえも覚えました。そんな状況を吹き飛ばそうとルイルはこう言いました。
「こ、この火を持ってればこいつら近づいてこないよ!!」
ルイルは手をいっぱいに伸ばして松明の火を野犬たちに向けました。野犬は確かに火を恐れているようです。しかし、そこを立ち去る気配はありませんでした。彼らは少年たちを恐れてはいませんでした。むしろキオたちの怯えを感じ取り、優位な立場にあったのです。キオたちはこのままでは進む事も引く事もできません。
「どうしたらいいの?僕たちここにずっといなきゃいけないの?!」
「明るくなったら、きっとこいつらもいなくなるよ。」

パティンの疑問に対するルイルの答え、それはしかしうんざりするような先の長い話でした。夜になってからどれくらいの時間がたったというのでしょう。朝になるまで、少年たちの心は重圧に押しつぶされずに耐え切れるかどうかわかりませんでした。その時パティンは祖母の言葉を思い出していました。
「いいかいパティン、夜の森に入ってはいけないよ。動物たちにかみ殺されてしまうから
ね。夜の獣は、とても凶暴なんだよ。大人でさえかなわない時があるからね。昔、お前の
おじいさんも獣に危うく食われてしまいそうになった事があったんだよ。その時のケガが
もとで、おじいさんは早く死んでしまったんだよ。森は危ないところなんだ。」

パティンはこの言いつけを守らなかった事を後悔していました。
「だから行くのはいやだって言ったのに…。」
「何だよ、うるさいな!今さらそんなこと言っても仕方ないだろ!!ほら、ちゃんと松明を持ってろよ!」

ルイルとパティンの言い合いをよそに、キオはただ一点を見つめていました。その視線の先には、一匹の野犬がいます。その野犬は他の者よりも一回り大きく、その両目は鋭くキオをにらんでいました。キオは一度彼と目を合わせてから、目をそらす事ができずにいました。キオは、その野犬の目に吸い込まれてしまいそうな感じにとらわれていました。キオの顔には脂汗がにじみ、息遣いは荒くなり、立っているのもやっとでした。しかし、ルイルやパティンにも友人の異変に気付く余裕はありません。一瞬たりとも気を抜けない状態がじりじりと続いています。

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第一章「初恋とカリスの実」【18】

間違いないでしょう。彼らがいつもマレアと遊んでいたのはゴルたちも知っていました。キオたちは村を出て、山道を下り、大きな森を抜け、ラムラス村へ行ったに違いありません。親たちの心配は、隣村までの距離の遠さではありません。あの大きな森を、しかも夜に通るなどとは、大人でもあまりしない事なのです。そこは暗い森とも呼ばれ、文字通り大きな木々が太陽をさえぎり、昼間でも薄暗くなってしまいます。夜ともなればそこは真っ暗闇となり、隣にいる人の姿さえも見えなくなるのです。さらにそこには野犬の姿も見られます。数は少ないのですが、人を襲うという話もあります。                       「急いで探しに行こう!だが俺たちだけでは無理だ。村長に言って協力を仰ごう!!」
大人たちは素早く行動に移りました。事態は一刻を争います。やがて村長の家の前には多くの男たちが集まりました。その中には騒ぎを聞いて駆けつけたディスマン氏の息子たちの姿もありました。村長は村人たちに事情を話し、森の探索を頼みました。村の男たちは一斉に森へと向かいました。

                          

森に入る直前、キオたちは松明に火を灯しました。火が点くまでに少し時間がかかりましたが、それぞれ一本ずつ明るくなったそれを持ち、少年たちは暗い森の中へと進んでいきました。辺りは彼らが想像していた以上に真っ暗でした。目を凝らしても道の先は暗闇に包まれています。足元にも気をつけなければ、自分たちがちゃんと道の上を歩いているのかどうかさえもわかりません。3人は森の中をかなり歩いたようです。既に自分たちの後ろも真っ黒い壁ができていました。
「真っ暗だね。…本当にこのまま歩いていって森から出られるのかな?」
パティンが心細くなって尋ねました。
「大丈夫だよ、パティン。ここは一本道なんだから、道から外れないようにしていけば外に行けるよ。」
キオがパティンを安心させるように答えました。
「だけど、もし一本道じゃなかったら…僕たち迷っちゃうよ。」
「どうしてパティンはそんなに怖がりなんだ?!周りが暗いだけで足がすくんじゃうのか?それでもタラサ家の1人息子か?笑っちゃうよ!そんなんだから、いつもシノンに馬鹿にされるんだよ。」

ルイルがあきれて言いました。
「でも!夜の森には野犬が出るって言うし…。」
野犬、と聞いてキオもルイルも少し黙ってしまいました。その静寂に乗って、かすかに獣の遠吠えらしきものを3人は耳にしました。辺りは再び静まり返りましたが、彼らの心臓の音は大きく、そして速くなっていきました。キオは松明を持った方の手を伸ばし、自分の周りを照らしてみました。松明の火がパチパチと燃える音以外には何も聞こえません。
「野犬はきっと遠くにいるんだよ。早くここを出て行こうよ。」
そう言ってルイルが脚を前に踏み出そうとした瞬間、キオが彼の腕をつかみました。
「いるよ…!!」
はっとしてルイルも前方に神経を集中させました。するとそこには松明の炎に反射する二つの目があったのです。しかしもっとひどい事に、目は二つではなかったのです。パティンは自分の後ろから、獣の低くうなる声を聞きました。ただ後ろを振り返る事は恐ろしくてできませんでした。その気配は右からも、左からも感じられるようになりました。どうやら、囲まれてしまったようです。

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第一章「初恋とカリスの実」【17】

ルイルとパティンは自分の耳を疑いましたが、キオの顔を見るとどうやら聞き違いではなさそうです。キオは本気でマレアを連れ戻そうと考えているのです。「隣村まで行くの?!いつ行くんだよ?!」「今すぐだよ、ルイル!明日になったらもう追いつけないよ!!マレアはバドに行っちゃうんだぞ。そんな遠くに行ったら、もう会えないよ!!」「でも、連れ戻すって、どうやって?兵隊がいっぱいいるのに。」「あいつらだって夜になれば寝ちゃうよ。その時にこっそりマレアを連れ出して、みんなの知らない所に隠れればいいんだ。そうしたら兵隊たちもあきらめるよ。」パティンの質問にもキオは自信ありげに答えました。「よし、キオ、行こう。マレアを取り戻すんだ!!」ルイルはキオに同調したようです。初めは行きたくないそぶりを見せていたパティンも、最後はしぶしぶついていく事にしました。「わかったよ。でも、もう真っ暗だから松明だけは持っていこうよ。」家の物置からそれぞれ1本ずつ松明を持ってきた3人は、いよいよ隣村へ向けて出発しました。隣村とはラムラス村のことです。白森の村からラムラス村へ行くにはまず山道を下り、そして大きな森を抜けなければいけません。ただし村同士は一本道でつながっています。キオたちはそれを知っていたので、道なりに歩いていけばラムラス村に着けるとわかっていました。幸いこの日は空も晴れていたので、星明りだけでも周りの様子が見て取れます。ですから松明はそのまま持っていき、森に入ってから火を点けようという事になりました。子供たちは山道を元気よく歩いていきました。今から自分たちはマレアを助け出すのだという気持ちになり、少し興奮しているようです。時に早足になったり、走ってみたりもしました。3人は快調に山道を降りていきました。そして目の前には次第に暗く大きな森がキオたちの視界に広がっていきました。

                 

一方、子供たちのいなくなった白森の村は大騒ぎになっていました。キオたちが夕食の時間になっても姿を現さないのです。彼らの両親たちはまずサグ家へと向かいました。そこにはデムとミロア、シノンの3人が寂しく夕食をとっている最中でした。ゴルは彼らに、自分たちの息子がいなくなった事を伝えました。するとシノンが、夕暮れ時まで彼らと一緒だった事を告げました。その事はミロアも見ています。ミロアはキオたちに家に帰りなさいと言って、そこで別れたと言いました。その場所が村の門の近くであることもゴルたちは聞きました。そこにいる一同はみな同じ事を考えていました。それを一番に口にしたのはシノンでした。「みんな、きっとお姉ちゃんの所に行ったのよ!」

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第一章「初恋とカリスの実」【16】

「初めまして、マレア!私はイオニーネよ。あなたの身の回りの世話をするために、はるばるバドからやって来たのよ、よろしくね。大丈夫、あなたは何も心配しなくていいのよ。全て私やヤスブたちにまかせてちょうだい。長い旅になるけど楽しく行きましょう!」マレアが馬車に乗り込み席に着くまでの間に、イオニーネは一気にまくし立てました。マレアは彼女を目を丸くさせてきょとんとした顔で見つめました。イオニーネは明るい笑顔をしていました。この時マレアは少しだけ暗い気持ちから開放されたような気になりました。でも出発の時は近づいていました。マレアは馬車の外に両親と妹の姿を見つけました。「マレア、向こうの方にかわいがってもらえるようにしなさい。」「体には気をつけてね。旅の無事を祈っているわ。」「お姉ちゃん…。」短い言葉でしたが、マレアには家族の思いが十分に伝わってきました。マレアはうなずくだけでした。そしていよいよヤスブが出発の合図を出しました。「ディスマンさん、今回は本当にお世話になりました。ありがとう!」数日前、この村にやってきたときのようにヤスブが先頭に立ち、馬を歩かせていきます。他の者も動き出しました。馬車もデムたちの前から少しずつ離れていきます。マレアが馬車の窓から顔を出し、家族に向かって叫びました。「お父さん、ありがとう!お母さん、無理しないでね!シノン、みんなと仲良くね!」それだけ言うと彼女は窓の扉を閉めました。シノンは馬車を追っかけていきます。キオたちも走り出しました。ヤスブたちの一向は村の大通りを進んでいきます。通りにも何人かの村人が並んでその様子を眺めていました。馬は次第にその速度を上げていきました。もう子供たちの脚では追いつけないほどの速さで兵隊たちは進んでいきます。やがて彼らは村の門を抜け、道の向こうに消えていきました。

              

日が暮れてきました。キオとルイル、パティン、シノンの4人はまだ家に帰らずにいます。彼らはヤスブたちを追って村の門の前まで来ました。そしてそのままそこにいたのです。あれからシノンはずっと泣いていました。たまに泣き止んではまた泣き出す、の繰り返しです。ミロアがシノンを探してやって来ました。「シノン、もう帰りましょう。ここにいたってお姉ちゃんが帰ってくるわけじゃないのよ。みんな、シノンのそばにいてくれてありがとう。でももう晩御飯の時間よ。お家に帰った方がいいわ。さ、シノン立ちなさい。」シノンは泣きながら母親といっしょに帰っていきました。後に残った少年たちも帰ろうとしました。キオがふと口を開きました。「マレアはもうどこまで行ったんだろう、隣の村に着いたかな?」「とっくに着いてるさ。馬に乗ってるんだから。」ルイルの答えを聞き終わる前にキオはこう言いました。「今日はそこに泊まるかな?」「キオ、どうしたの?」彼の様子がおかしいと感じたパティンが、キオの顔を覗き込みました。「僕、マレアを連れ戻してくる…!」

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