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第一章「初恋とカリスの実」【11】

デグジン村長は自分の家に戻りました。そして自分の帰りを待っていた村民たちにディスマン氏から聞いた話を伝えました。あの兵隊たちはバドのとある人物に雇われて来たという事。その目的はサグ家のマレアを養女として迎え入れ、バドまで連れて行くという事です。それを聞いた村民たちは物騒な話ではなかったのでホッとした反面、マレアを知っている者にとっては複雑な心境でした。キオの父ゴルもマレアとは子供たちと仲良くしている少女としてよく知っています。これを聞いてあの子たちはどう思うだろう、その事がゴルを少し困らせました。

                 

キオとルイル、パティン、シノンの4人はサグ家から少し離れた広場にいました。そこではシノンが今朝の出来事について話をしていました。「昨日の夜にディスマンさんの召使の人が家に来たの。明日の朝お父さんに用事のある人が訪ねてくるから午前の収穫は休んでいいって言われたの。それで今日になってあの人たちが家に来たのよ。」「最初からあの3人だけだったのか?」「そうよ、3人だけだったわ。」尋ねたのはキオです。マレアの元に来たのがあの3人だけだったとすれば残りの人たちはディスマン氏の館にいるはずです。ならばあの3人もまたディスマン氏の館に戻ったとわかります。「始めはお父さんとお母さんが話を聞いていたわ。私とお姉ちゃんは自分たちの部屋でいっしょにいたの。でも話し声が聞こえてきて、それでお姉ちゃんがいなくなっちゃうってわかったの。その後お姉ちゃんが呼ばれて、私は外に行ってるように言われたの。それからすぐにパティンの家にいったわ…。」シノンが少し間を空けたので、パティンが話を始めました。「シノンがいきなり走ってきて、マレアがいなくなるっていうもんだから最初は何がなんだかわからなかったんだけど、とにかくキオやルイルの所に行こうって事になって、それで急いでキオの家に行ったんだよ。」そこまでの話はわかりました。でもマレアは一体なぜ、そしてどこに連れて行かれるというのでしょうか。シノンもそこまでは聞いていませんでした。実際にはわからない事だらけだったのです。しばらくの間、重い空気が4人を包みました。「そうだ、うちの父さん話を聞きに行くって言ってた!」みんなの顔を見ながら叫んだのはルイルでした。そういえばキオも自分の父親がディスマン氏に話を聞いてくると言って家を出て行ったのを思い出しました。「僕の父さんもそう言ってた!もう帰っているかもしれない、行ってみよう!!」4人はとりあえず、キオの家に行くことにしました。

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第一章「初恋とカリスの実」【10】

「お前たち、そこで何をしている?!」テーブルのイスについていた兵隊やデムたちも一斉に窓の方を見ました。眼を閉じていた兵隊も顔を上げ、そちらに眼をやりました。マレアは素早く席を立ち玄関から外へ出ました。そしてマレアはそこにパティンだけではなく、自分の妹といつもの少年たちの姿があることに気付きました。「どうしたの、みんな?!」「お姉ちゃん…。」最初に彼女に振り向いたのはシノンです。次いで顔を向けたルイルとパティンは黙ったままマレアを見ています。でもキオは窓から顔を出している兵隊をじっと見上げていました。キオはそして、ゆっくりと声を出しました。「マレアを…」「あん?」「マレアを連れて行くな!!」マレアの後ろにはいつの間にか無精ひげの人が立っていました。そしてはっと思い出したようにつぶやきました。「君たちか…。」キオもその人の気配に気付いて玄関の方を見ました。彼もキオを見ています。でも今日はキオは怖くありませんでした。その人をにらみ返しています。先に視線をそらしたのは無精ひげの男でした。でも顔は笑っているようでした。そして家の中にいる仲間に向かってこう言いました。「マスグ、トーレン、一度帰るぞ。」マスグ、トーレンと呼ばれた兵隊たちは帰るといった彼の言葉に驚いています。さらに彼はデムとミロアにはこう言いました。「よく考えておいてください。決して悪い話ではないはずです。」最後に子供たちを見ました。今はみんな彼をにらんでいます。そのままくるりとキオたちに背を向け、ディスマン氏の館へ向かって歩き出しました。あわてて他の2人も彼の後を追って出て行きました。そして彼に追いついた兵隊が話しかけました。「どうしたんですか?あんなガキども、追っ払えばいいでしょう!」「いや、それはよくないな。あそこで子供相手に乱暴なことをすれば騒ぎが大きくなる。デムたちも怖気づいてしまうかもしれない。あくまでも我々は使いとしてここに来たのだ。それを忘れるな。」そして今度は独り言のようにつぶやきました。「…やはり変装して村に入るべきだったかもしれん。これではあの子をさらっていくように思われても仕方あるまい。目立たないようにしなければいかんな。」彼は自分たちが来たことによって、この村の空気が張り詰めたものになっていることを肌で感じ取ったようでした。それからまた後ろの2人に向かってこう言いました。「私は館に戻ったらディスマンと話をする。その間にお前たちは、後の者に館の外には出るなと伝えておいてくれ。」「はい。」「わかりました。」それだけ言うと、彼は黙って館へ歩いていきました。

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第一章「初恋とカリスの実」【9】

「ここからが本題ですよ、村長。彼らはデムの所へ行ったのですよ。」ディスマン氏と村長の話はまだ続いていました。デムとはマレアの父、デム・サグのことです。村長はとまどいました。なぜ、剣を持った男たちが雇われ農夫のデムを訪ねたのか村長にはわかりませんでした。デム・サグは白森の村の隣、ラムラス村の出身です。ディスマン氏に雇われてこの地へ移り住みました。それからこの村の娘ミロアと結婚しました。彼の性格は少し意志の弱い部分もありますが、勤勉な男です。しかしまさか彼の過去に何かあったのでしょうか、村長は考えをめぐらせました。ディスマン氏が言葉を続けました。「デムについては心配ご無用です。それに物騒な話ではありません。彼らの本当の目的はデムの娘、マレアにあるのです。」「さっぱりわかりませんな!一体何の理由があってその兵隊たちはマレアに会いに来たのです?!」村長は少し混乱してしまったようです。思わず声が大きくなってしまいました。「落ち着いてください、村長。先ほども言いましたが物騒な話はこれっぽっちもないのですから。彼らはバドのとある大富豪に雇われて彼女に会いに来たのです。マレアを養女として迎え入れたいと申し入れるためです。」

            

キオたち4人はマレアの家の前でたたずんでいました。よく見れば窓から中の様子が伺えそうです。ただ少し高い位置にあるのでキオやルイル、シノンには背が届きません。パティンがルイルに促されて恐る恐る覗き込みます。パティンは中を見て驚きました。部屋の中には彼らがいたのです。昨日見たあの兵隊たちです。あの時は10人ほどでしたが、見る限りこの部屋の中には3人ほどいるだけでした。部屋の真ん中には丸いテーブルがあり、それを囲んでデム、ミロア、マレアが並んで座っていました。兵隊の中の1人もテーブルの前のイスに腰掛けています。昨日道を聞いてきた、あの無精ひげの人です。デムたちと何か話しています。あとの2人は彼らと少し離れて壁に寄りかかっていました。1人は眼を閉じ、もう1人はデムたちをじっと見ています。話の内容はパティンの所までは聞こえてきませんが、楽しい話題でないのは確かなようです。マレアは何も言わず黙って話を聞いていますが、とても困惑したような表情をしています。デムとミロアも驚いたような、とまどったような複雑な顔をしています。その時です、マレアはふっと窓に眼をやりました。パティンがあっと思った瞬間、彼女と眼が合ってしまいました。マレアは眼を丸くしてパティンを見ています。ところが壁に寄りかかっていた兵隊が彼女のその様子に気付き、彼もまた窓に視線を向けました。パティンはそのことには気付かず、まだマレアの方を見ています。途端にその兵隊は窓にツカツカと歩み寄りました。ようやくパティンもそれに気付き、窓からさっと離れました。兵隊は窓を開け放ち、外にいる子供たちを見つけました。

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第一章「初恋とカリスの実」【8】

ディスマン氏の館の中に入った村長は応接間に通されました。村長はソファーに掛けてサラヴィスを待ちました。しばらくするとディスマン氏が部屋に入ってきました。「お待たせしました、村長。いま別のお客様を送り出したところだったのですよ。」村長がここにやってきたワケをなんとなく気付いていたディスマン氏は続けて「別の客とは、その、例の騎士の方々なのですがね。」「いや、ディスマンさんは本当に顔の広い方ですな。…今、騎士と言われましたかな?」「いえいえ、今のは言葉のあやですよ。お気になさらずに。しかし、村長がじきじきにお出ましということは村はかなりの騒ぎになっているようですね。」ディスマン氏は穏やかに語りかけていましたが、村長はきまりが悪そうにしています。「みんなには大したことはないと言ったのだが、どうもそれだけでは納得してくれそうもなくてね。わざわざ押しかけてしまって申し訳ないのだが…。」「いえ村長、実は私も昨日の訪問は驚いていましてね。」「それはどういうことです?」ディスマン氏は村長とテーブルをはさんで向かいのソファーに腰掛け、少し押さえた声で話し始めました。「彼らはバドからやって来たのですよ。バドニアではなくバドなのです。」バドと聞いて村長も少し驚きました。バドニアはマセノアの南の隣国ですが、バドとなるとマセノア西方のトミアやリグ・バーグという大きな国のさらに西側に位置する、とても遠くの国なのです。あの兵隊たちはそこからやって来たというのです。「彼らはバドの商人が書いた紹介状を持っていました。その商人は私が鶴の湖町にいたころの知人です。ただし取引上の知り合いなので会ったことはないのですが。」「つまり彼らはその商人の使いで来たというのかね?」「私もはじめはそう思ったのですが、そうではないのです。しかも彼らの目的も私に会うことではなかったのです。」

                  

「パティンとシノンは先に戻ってて!僕はルイルを呼んで来るから!!」キオはそう叫ぶとルイルの家に向かって一目散に駆けていきました。キオの悪い予感は的中しました。9歳の少年の小さな胸は今にも張り裂けそうです。やがてキオはルイルの家に到着し、彼を連れ出しました。「どういうことだよ、キオ?!」「わかんないよ、でもマレアがいなくなっちゃうんだよ!!」キオにも詳しいことはわかりません。シノンの言葉を繰り返すだけです。ルイルもそれ以上は聞かずに走り出しました。目指すはマレアの家です。彼女の家はディスマン氏の館の少し離れた西側にあります。そこはディスマン氏に雇われた農夫の家族たちが住む家の集落となっています。キオとルイルがサグ家にやってきた時、家の前にはパティンとシノンが立っていました。「マレアは?」キオが息を切らしながら2人に問いかけました。「中にいるわ。でもあたし達は入れてもらえなかったの。」玄関の扉を呆然と見つめながらシノンはそう答えました。パティンはうつむいています。キオとルイルは一瞬お互いの顔を見合わせ、すぐにマレアの家の方を向き、そして立ち尽くしました。

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第一章「初恋とカリスの実」【7】

白森の村の村長、マイワル・デグジンはディスマン氏の館へ向かっていました。今朝になって白森の村ではちょっとした騒ぎが起こっていたのです。先日、馬に乗った兵隊らしき人物が10人ほど、ディスマン氏の館へ入っていったという話が広まったのです。先の大戦が終わってからというもの、この村に兵隊がやって来たということは村長の記憶にはありませんでした。ただ兵隊たちの向かった先がディスマン氏の館だというので、「ディスマンさんには色々な知り合いがいるものだ」と意に介さない人も多数いました。ですが村の人間の中には、何かよくない事が起きるのではないかという心配をしている者もいました。この話は村長も先日の夜のうちに聞きました。村長はディスマン氏をよく知っていましたので、大したことはないだろうと考えていました。しかし翌日になって村の数名が村長の家を訪れ、この騒ぎを鎮めるために一役買ってほしいと頼んできたのです。村長は心の中では「何を大げさな」と思ったのですが、不安を抱えるものが少なくないと知って腰を上げました。なぜなら、この収穫の時期に村の人間が浮き足立って作業が手につかないとなれば、村長にとってはそのことの方が一大事なのです。このカリスの実の収穫の出来不出来で、村のその先の1年が決まってしまうといっても過言ではないからです。ただし、できればディスマン氏の機嫌を損ねるようなことはしたくなかったので、村長は1人でディスマン氏の館へ行くことにしたのです。ディスマン氏の広大な農場からあがる収益は村の財政を大きく潤していました。彼は村の人間が治める税金のほかにも多大な寄付金を村に贈与していたのです。それゆえディスマン氏は村の有力者であり、村長も彼に一目置かざるを得なかったのです。村長はこの騒ぎについてどのように彼に切り出そうかあれこれと思案しながら歩いていましたが、その考えがまとまる前に彼の館にたどり着いてしまいました。

                   

サラヴィス・ディスマンは村人から畏敬の念を持ってディスマン氏と呼ばれています。しかしもともと彼はこの村の住人ではありません。彼がこの地にやってきたのは20年ほど前、まだ戦争中のころでした。彼は妻のシャルンと3人の子供を連れて白森の村に一軒の家を借りました。彼は人からなぜこの村にやってきたのかを尋ねられたときは「戦火を逃れて」と答えました。彼の話によれば、彼はマセノアの北端にある鶴の湖町に住んでいたのだそうです。それまでは何とか我慢してきたがいよいよ耐え切れなくなり逃げてきたと言いました。彼のその話を疑う人はいませんでした。なぜなら彼の住んでいた場所はマセノアとフェリノアとリグ・バーグの国境が交わる戦闘の激しい所だったのです。そんなところでよく今まで家族全員無事でいたものだと感心する人もいました。こうしてディスマン氏は白森の村で生活を始めました。彼は鶴の湖町では商人でした。その時に蓄えた財産で彼は自分の家の周辺の土地や畑を買い占めていきました。そうやってディスマン氏は農地をどんどん広げていきました。そして人を雇い農作業をさせるようになりました。彼は人手が足りないと見るや、近くの村などに出向いて農夫を募りました。彼は白森の村に小さな家を何軒か用意し、その人たちに引っ越しをさせて住まわせました。マレアの父、デムもその中の1人だったのです。そしてディスマン氏の商人時代に培われた経営の能力によって農場は繁栄を続けていき、今の財力を築いたのです。

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