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第一章「初恋とカリスの実」【6】

「お父さんの言うとおりよ。ディスマンさんの所には色々なお客様がいらっしゃるわ。この前は隣の隣の町から偉いお医者様が来ていたわ。その前にも大きな教会から牧師様が来た事もあるわ。だから兵隊さんが来たのだって何も不思議な事じゃないのよ。」不安げなミアを母のシアが落ち着かせます。そう、確かにディスマン氏はこの村だけでなく近隣の町や村にも知人の多い人物でした。その中に軍の人間がいたとしても別段変わった話ではないでしょう。しかし今日のその兵隊の数は少なくとも10人はいたのです。今まで兵士などを見た事のない者にとっては、この知らせは不安を掻き立てる以外の何ものでもありません。15年前の戦争の話はこの村の子供たちもよく聞かされていました。ただそれは昔話として聞いてきた事でした。しかし現実に今兵隊がこの村にやってきたのです。ミアの心配ももっともです。実は内心、ゴルやシアもその不安は少なからずありました。しかし自分たちまでが動揺してしまっては子供たちを落ち着かせることはできません。「ミア、心配するな。明日になったらお父さんが確かめにいって来てやるから。それでいいだろ?そのかわり畑の仕事はみんなでやっておくんだ。キオ!!明日はサボるんじゃないぞ!!」そう言ってゴルはこの話を切り上げました。でもやっぱりルドは興奮して、ミアは心配でたまらない様子でした。そしてキオにも妙な胸騒ぎがしていました。でも彼のそれはルドのものともミアのものともまったく別物でした。何か違う、キオにとってもっと大事な事件が起きそうな予感がしていたのです。

                 

一夜が明けると、騒ぎはさらに大きくなっていました。例の兵隊たちを見たのはキオたちだけではありませんでした。兵隊たちがディスマン氏の館へ向かう姿は、村の大勢の人に目撃されていたのです。それで即、戦争かという事を言い出す人はさすがに多くはいませんでしたが、みな少なからず何があったのか知りたいという気持ちになっていました。そして村の何名かが集まって、まず村長の所へと相談に行きました。その中にはキオの父、ゴル・マシュルの姿もあります。村長の耳にもその話は入ってきていたので、彼も知らん振りをしているわけにもいきません。かといって村長もむやみに事を荒立てたくなかったので、ここは村長一人でディスマン氏の館へ赴き話を聞いてくるという事になりました。ゴルたちは村長の家で待たせてもらうことにしました。

                   

時は既にお昼近くになっていました。マシュル家では今日も収穫の作業が行われています。今日ばかりはキオもおとなしく畑の中にいました。でも仕事が手につきません。キオは眠れない夜を過ごしたのでした。昨夜の胸騒ぎは時間がたつごとにさらに彼の心をかき乱していったのです。カリスの木に立て掛けられたはしごの上で空を見上げています。何も出来ず、どうしようもなくその場にいたのです。ルドやミアもこころなしか作業が上の空になっているようです。カリスの実を持ったままうろうろとしています。子供たちのそんな姿を見て、シアも夫の帰りを待ちわびていました。ところが、そこにやって来たのは息を切らしたシノンとパティンの2人でした。シノンはキオを見つけるなりこう叫んだのです。「お姉ちゃんがいなくなっちゃう!!!」

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第一章「初恋とカリスの実」【5】

その人は精悍な顔立ちをしていました。無精ひげがずいぶんと生えています。マントの下にちらちらと見えるのは刀の柄のようです。やはりこの人は農民でもなければ商人でもない、つまり兵隊のようです。ただ殺気は感じられません。優しい表情をして、ともすると口元には笑みさえ浮かべているようです。それでもキオたちはしばらく固まったままでした。一瞬の沈黙が流れました。でもとても長い沈黙にも感じられました。耐え切れないかのように口を開いたのはキオでした。「…むこうです…。」キオはディスマン氏の農場を背にして左手を真っ直ぐ伸ばし、その先を指差しました。「この畑はディスマンさんの畑です。通りを歩いていけばディスマンさんの家が見えてくると思います。」そう言うとキオはまたそのままの姿勢で固まりました。無精ひげの男はキオの指差す方向をじっと見つめました。そしてキオのほうに向き直り、彼の頭に軽く手を置き、「そうか、わかったよ。ありがとう。」男はにっこりと微笑み、また馬のほうへ歩いていきました。そして自分の馬に乗り、馬をゆっくりと歩かせ始めました。他の者たちも後に続きました。一行は馬車を護衛するように進んでいきます。よく見ると馬車のカーテンが少しだけ開いています。そのわずかなすき間からキオたちを見つめる眼がありました。キオたちもそれに気付きました。女性のようです。しかしすぐにカーテンは閉じられました。一行はキオたちの前を通り過ぎ、ディスマン氏の館へと向かっていきました。後に残された3人はその様子を身動きひとつせず眺めていました。その姿が見えなくなってからようやく彼らは家路に着いたのでした。

                     

それぞれの家に帰ったキオたちは当然のごとく彼らの両親にしかられたのですが、みなそれどころではなく自分たちが経験した驚くべき光景を一気にまくしたてました。10頭の馬、それに乗る兵隊、初めて見る馬車、彼らにディスマン氏の館の場所を聞かれ、それに答えたことなど全てを話したのです。キオの兄のルドはこの話に興味津々でした。この白森の村に兵隊がやって来るなど、先の戦争以来なかったのです。「剣を持ってたのか?すごい、俺も見たかったな!!」ルドは興奮してキオの話を聞いています。姉のミアは興味がない、というか少し心配なようです。もともとミアは心配性なところがあるのですが、兵隊と聞いてその考えがかなり飛躍してしまったようです。「どうして兵隊が来たの?戦争が起きるの?!」「馬鹿なことを言うな。戦争なんか起こるもんか!」こう言って、父のゴルは自分の子供たちの大騒ぎをいさめました。「でも…。」

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第一章「初恋とカリスの実」【4】

3人はマレアから見えない場所まで来ると走るのをやめ、トボトボと歩き出しました。いつも収穫の時期になるとマレアと遊ぶ時間が少なくなってしまいます。なので、このマレアを手伝うというのは3人にとって素晴らしいひらめきだったのです。彼女を手伝っている間は一緒にいられるのです。しかしその作戦も失敗に終わってしまいました。しかもおのおの家に帰れば両親にしかられるのは眼に見えています。マレアにも叱られ、親にも叱られるとなれば、自然と3人の足取りも重くなっていきました。「せっかく上手くいくと思ったのになぁ…。」ルイルがグチりだしました。ふと思い出したようにパティンの方に振り向きました。「お前が変な事言うからだぞ、パティン!」「だって…。」「もういいよ、ルイル。しょうがないよ…。」いつもルイルとパティンが喧嘩になりそうなのをとめるのはキオの仕事です。キオは話題を変えました。「それよりこれからどうする?本当に家に帰る?」「うちの父さん、絶対怒ってるよ。この前森で遊んだ時も帰ったらすごく怒られたんだ。収穫の道具を出しておかなきゃいけなかったのにサボったから。きっと今日はもっと叱られるよ。」と、ルイルはそこまで言ったとき辺りを見渡しました。自分たちが見覚えのない場所を歩いていることに気がついたのです。キオもはっとしました。「ここ、どの辺だろう。見たことないな。」どうやら、3人とも帰ってからの事で頭がいっぱいで違う方向へ歩いてきてしまったようです。「迷ったの?」パティンが心細そうな声で尋ねました。「大した事ないよ。どっちみちディスマンさんの畑の中なんだから。歩いていけば外に出られるさ。」ルイルがパティンの心配を笑い飛ばすように言いました。「そうだね、じゃあこのまま真っ直ぐ行こう。」キオが目の前を指差し、ルイルとパティンもそれにうなづきました。しばらくとぼとぼと歩いていると、農場を仕切る柵がぼんやりと見えてきました。3人とも少し元気が出て、早足で農場の柵まで向かいました。そして農場の外に出てみると、そこは村の入り口に近い、白森の村で1番大きな通りの道沿いでした。家からはかなり離れてしまいました。仕方なく3人は村の入り口を背にして、家のほうに向かって通りを歩いていこうとしました。

              

ところがその時、3人は聞きなれない大きな音を耳にしました。いや、よく聞くと馬の蹄の音です。でもこんなにたくさんの蹄の音は初めてです。車輪の回る音も聞こえます。3人は後ろを振り返りました。3人の視線の先には、10頭ほどの馬と、それに乗った人、1台の馬車でした。馬はそれぞれに立派な鞍をつけていました。馬には1頭につき1人ずつ人が乗っていました。その人たちは首から下はマントでかくれて見えませんでしたが、その風貌からはこの辺の村人という印象は感じられませんでした。馬車の窓にはカーテンがかかっていて中の様子はわかりません。3人は固まったようにその集団を見つめていました。どんどんその距離が近づいてきます。その人たちがキオの目の前まで来ました。先頭にいた人が馬を止め、馬を下りました。パティンは少し後ずさりをしました。その人はキオたちに向かって話しかけました。「君たち、ディスマンさんの家を知っているかい?」

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第一章「初恋とカリスの実」【3】

キオたち3人とマレアは一斉に声のする方に顔を向けました。近づいてきたのはシノンです。シノンはマレアの8つ下の妹です。負けん気が強く、マレアよりもずっとおてんばな女の子です。シノンは彼らと姉の会話を聞きつけてやって来たのでした。「3人とも、仕事サボって何してるの?!早くお家に帰ってお手伝いしなきゃダメじゃない!!」「マレアと同じ事言ってるよ。お前こそ仕事しろよ。」ルイルが言い返します。「あたしはあんたたちと違って朝からずーっとお手伝いしてるのよ!何よ、9つにもなって家の手伝いひとつ満足に出来ないなんて恥ずかしくないの?」「違うよ、今日はマレアの手伝いをしようと思って来たんだよ!」今度はキオが口を挟みます。「ふん、どーせお姉ちゃんといっしょにいたいから来ただけでしょ。わかってるんだから!」図星でした。シノンに口ではかないそうにありません。マレアが割って入ります。「シノン、みんなもう帰るから。あなたも仕事に戻りなさい。さっきお母さんが探してたわよ。どこにもいないって言ってたけど…。」お母さん、と聞いてシノンの顔色がサッと変わりました。「え、知らない。ずっと向こうまで採りに行ってたから。」「シノンもどこかで遊んでたんだろ?」キオがここぞとばかりに反撃に出ました。「違うわよ!あんたたちと一緒にしないでよ!!何よパティン、何か言いたいことがあるのなら言いなさいよ!!!」矛先がパティンに向けられました。パティンはおどおどしています。「な、何もないよぉ…。」「いつもウジウジしちゃってさ、はっきり言えばいいのよ!」最終的にはパティンがいつもいじめられるのです。「シノン!」マレアがたしなめるような口調で言いました。これにはシノンも黙るしかありませんでした。マレアは3人を促します。「みんな、ちゃんとお手伝いするのよ。」「はーい!」ルイルが大きく返事をして走り出しました。「またね、マレア!」キオも後に続きます。あわててパティンも2人の後を追いました。マレアは笑顔で3人を見送りました。シノンはこの隙にこっそりいなくなっていました。そしてマレアもまた収穫の作業に戻りました。

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