第十章「秘め事」【13】
ドクが亡くなったことでどれだけ家族が傷ついたのか、キオにもようやくわかってきました。こんな話を聞いた後では長の名前の事を言い出しづらくなってしまいました。もし長にドクという名前が付いたら、皆は長を見るたびに辛い記憶を思い出す事になるのです。黙ってしまったキオの肩をルドはしっかりと抱いてやりました。ゴルと同じように温かい手でした。
「何でもいいから言ってみろよ。ちゃんと最後まで聞いてやるから。」
自分がわがままなことを考えていたと思い、キオは喉が詰まりました。やがてキオは途切れ途切れに長の名前の事についてルドに話しました。長に与える名前はドクしかないと思っていたのに、それは思った以上に重く深い話しでした。でもルドはキオの話を最後まで何もいわずに聞いてあげました。震えている弟の体をさらに強く抱き寄せました。
「…ごめんなさい。僕、何もわかってなくて…もうわがまま言わないよ。」
「確かにお前は最近こいつのことばかり考えていた。でも今は家族のこともちゃんと考えてるよな。俺は反対はしないけど、賛成もできないよ。もう一度自分でよく考えてみるんだ。」
それから、ルドは鼻をすするキオのそばにいつまでもいてやりました。その夜、キオは毛布を持って納屋へやってきました。そしてぐったりと横たわる長のそばに寝転がりました。もう長に生きる気力を与える方法が思い浮かびません。キオは長の首筋をそっと撫でてやりました。長は目を閉じたままです。このまま長が力尽きるのを待つしかないのかと思うと、キオは苦しくて眠れませんでした。
物見の塔を降りてきた二人は、馬に乗って城から出ました。塔の窓からはタルティアスが見ています。ゲジョルは馬に揺られながらそれとなく辺りをうかがっています。ゲジョルがちっ、ちっ、ちっ、と三回舌を鳴らすと、ボウカは少し後ろに下がりました。すると彼と入れ替わるようにどこから現れたのか、馬に乗った男がすっとゲジョルの横に付きました。その男はゲジョルの右側にいながらゲジョルを見ようとはせず、真っ直ぐ前を向いています。ゲジョルもまた彼のことを見ることなく馬を歩かせています。彼らは小声でこんなやり取りをしていました。
「ぎぃ…ずいぶんと遅くなったもんだねぇ…城に入る前に合流できると思ったんだけどねぇ…」
「申し訳ございません。」
「ぢぇ…で、当然何かわかったんだろうねぇ…びぃ…」
「場所はパラーラの森です。」
「ぜふぉ…どこに消えたのかと思ったら、そんな所にねぇ…おげげぇ…で、数は?」
「確認したところ、多くとも五千。」
「数が合わないねぇ…じゃざぁ…あのお坊ちゃんはいったいどこへ兵隊さんを隠しちまったんだろうねぇ…べふぅ…」
ゲジョルの隣にいる男は名をヌッパといって、最高機密隊の十六班に所属しています。つまりは彼もゲジョルの部下なのです。彼はフェリノア第五王子の直属軍の動向を探っていました。直属軍はフェリノアの四人の王子がそれぞれ抱えている軍隊です。王子は直属軍を自分の好きな時に動かすことができるのです。兵士の数はカドゥーバが五万、セモネアンは三万、オセアスは二万、そしてタルティアスは一万五千です。マレアを手中に収めるべく出征した五百の兵士は、このオセアスの直属軍から出ています。今から百日以上前、タルティアスの直属軍一万五千が忽然と姿を消しました。その話を聞いたゲジョルはすぐヌッパに命じて、複数の部下と共にタルティアス軍の行方を捜索させたのです。
「ヌッパ…あんたその脚のケガ…誰にやられたんだい?…ばぶ…」
ヌッパはゲジョルの方からは見えない右足の負傷を言い当てられて、うろたえました。
「面目ございません。パラーラにヨグドーが来ておりまして…奴に見つかってしまったのです。こちらの正体まではばれておりませんが、逃げる際に一人斬られました。」
「せいぜい気をつけるんだよぉ…全滅させられては元も子もないんだからねぇ…」
「御意。」
そして二人はしばらく並んで前に進みました。後ろではボウカが周りを警戒しています。
「ゲジョル様、実は少し気になることがございまして…」
「ぴゃあ…いいよぉ…言ってごらんよぉ…」
「パラーラで伐採された膨大な量の木の行き先についてでございます。」
ゲジョルは思わず目玉をぐりっとヌッパのほうへ向けました。
「○×■▽☆…」
ヌッパが聞きなれない言葉を使いました。それはフェリノアでも周辺の十一カ国でも使われていない言葉でした。ゲジョルは視線を正面に戻しました。そして考えを巡らせました。
「じぎゅ…そこだけかい…全部ぅ?!」
「間違いなく。しかし理由まではまだ掴めておりません。」
「ふふん…へぇ…何があるって言うんだろうねぇ…」
やがて道が二股に別れた所までやって来ました。
「…お前さんは…ざぁ…パラーラと木材の監視を続けておくれよ…人を増やしてもかまわないからさぁ…でも無茶する必要はないからねぇ…遠巻きに眺めていりゃあいいよぉ…しゃあ…」
「ゲジョル様は?」
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