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第四十九章「スノとスゼ」【3】

「もしかしたら、徒労に終わるかもしれないな…」

サッテリはそんな言葉を一人つぶやきました。

いくら自分の父親が頼んだ所で許可は下りないだろう、
そんな風に考えるよう
になりました。

次の条件として、兵士の隠れる場所が多い方がいいというもので
す。

街中で行われる処刑には、当然野次馬が多く集まってきます。

そんな所へ、必要以上の兵士を配置
するのは、いくら警備のためとはいえ、重
苦しく映ります。

政府は何を怖がっているのか、といい物笑
いの種になってしまうのです。

「族は隠れられず、兵士は隠れる、そんな都合のよい場所が
あるものか。

政府は現場の苦労を知らなさすぎる。」

またもサッテリは愚痴を呟きました。

それに、隠れるなら建物の陰より野次馬の中に潜んだ方がよさそ
うに思われま
した。

枝を隠すなら森、という訳です。


「いや、どうせ良いではないか。

どうせこの街で処刑が行われる事など無いのだから。」


そうやって自身に言い聞かせたサッテリは、適当な広場を見繕い、帰宅の途に
就くのでした。




その頃、静かな森の中にあるサッテリ邸のウィレオの元には、特殊遊撃隊の少
年兵二人が訪れていまし
た。

これは定例の行動であり、特殊遊撃隊に援助をしている彼女へお礼の挨拶に来
ているのです。

日、順番が巡ってきたのは、リアンとインザでした。

いつものようにウィレオの前に跪き、二人は交互
に感謝の口上を述べました。

ところが、ウィレオは物憂げな表情のまま、口を閉ざしていました。


「いかがなされました、ウィレオ様?」


リアンの問いかけに、ウィレオは沈んだ瞳を少し上げました。


「リアン、あなたはこの数日というもの、
ラスゼン様の為に奔走していましたね?」

「はい、その通りです。

ですが副隊長から命ぜられれば、従うのは当たり前です。

なぜに、そのような事を?」

「ユスデノ様とラスゼン様の間に何が起きているか、
聞かされていはいないのですね?」


ラスゼンからは“いつか話す”と言われているものの、未だに教えてもらえま
せん。

それにしても、寝
耳に水です。

確かにリアンはラスゼンに頼まれ、スロンゼルの件で色々と調べを重ねていま
した。


「でもそれが、隊長と副隊長の間に関係しているとは、
思ってもみませんでした。」


いいえ、心当たりが無い訳ではありませんでした。


「インザは、何か知っていますか?」


口をつぐむインザですが、知らないはずはありませんでした。

リアンが正直に告白しました。

裁判の前
日、ユスデノとラスゼンが斬り合うのではと、リアンはインザとソマ
に協力を仰ぎ、二人の間に割って
入ったのです。

「でも、理由は知りません。

いつもの喧嘩が、熱くなりすぎただけなのだと思っていました。」


インザも、否定はしませんでした。


「教えて良いものかどうか、とても迷いました。

あなたたちの、隊長に対する信頼が揺らいでしまうかも
しれないから。

でも、あなたたちは、特殊遊撃隊は一つの家族のようだと
私は思っています。

だから、知る権利があると考えました。

一つずつ、ゆっくり話しますから、慌てずにじっくりと
考えながら聞いてください。

いいですね?」


リアンとインザはウィレオに釘付けとなりました。

いつもなら慈愛に満ちた笑顔を、十三歳ながらまる
で姉のように母のように少
年兵たちへ向けているウィレオが、今だけはひどく冷淡に思われました。

れはおそらく、この話があくまでもユスデノとスロンゼルのものであり、自
らは傍観者にすぎないと自
覚しているからでしょう。

感情を露わにした話し方をしても、リアンとインザには浸透していかないと

断したからかもしれません。

これは長くなりそうだと、フーバがお茶を用意してくれました。

その
間、ウィレオたちはとても静かでした。

それから、ウィレオはたっぷりと時間をかけて話し、彼らが理
解できるように
努めました。

当のリアンとインザも、彼女の話を淡々と聞き入れるしかありませんでし
た。

信じられたかどうかは別として、事実は彼らの胸の奥へ刷り込まれたのです。

ウィレオの話が終
わった所で、感想を求められる訳でもなく、また浮かんでく
るはずもありませんでした。

「リアン、インザ、お疲れさまでした。

隊へ戻っていいわよ。

その話をどうするのか、自分たちでよく考えてちょうだい。」


フーバに見送られ、リアンとインザはとぼとぼとサッテリ邸を後にしました。

二人とも、一旦は乗って
きた馬の前を通り過ぎてしまうほど呆然としていまし
た。

第四十九章「スノとスゼ」【2】

「どうかしら?

ひょっとして、全てを受け入れる覚悟があったのかもしれないわ。

ねえ、確かめたくならない、お父様の本心を?

ここであれこれ想像を語り合った所で、何も始まらないんだし。」


ラスゼンは、はあ、と息を吐きました。

「ああ、そうだな。

お前と話して、今、聞いてみたいと思ったよ。」


するとコフィナはラスゼンの右手を自分の両手でしっかりと握りしめました。

「だったら、今から言う事をよく聞いて。

お父様が、もし嘘をついて大悪党を騙ろうとしているなら、
とても悲しい事だわ。

ユスデノ様はその事に気がついていないのよ。

得する人なんて誰もいない、心が傷付くだけだわ。」

「お前の言う通りだ。

でも、今さらどうにもならない。

俺に出来るのは、処刑をこの街で…」

「そうね、それは是が非でも叶えてもらわなくちゃ。

お父様の本心を確かめる、最後の機会になるかもしれないんだから。」

「正直に話してくれるだろうか、心配だ。

どうやって聞き出せばいいんだ?」

コフィナは静かに微笑んでみせました。

「方法があるのよ。」

「方法?

何をする気だ?」

「そう、方法は一つだけよ。」




落ち着きと少しの元気を取り戻したラスゼンは、チゴネスの屋敷へ向かいまし
た。

もちろん、スロンゼルの一件を頼むためです。

チゴネスの書斎で、二人きりです。

ラスゼンから話を聞いたチゴネスは、もう一度言うように命じました。

ただ、ラスゼンは同じように願い出るだけです。

「本当に、そのような真似をするつもりか?」


信じられないといった様子で、チゴネスは尋ねました。

「はい、お許しを頂ければ。

この街で処刑を行うのは、チゴネス様も気が咎めましょうが、
ぜひにお願いしたい所存であります。」

「どうしても、そうしなければならんのだな。

しかし、その意図は?」

「ユスデノに、自分のした事を最後まで見届けさせたいのです。」

チゴネスは、眉間にしわを寄せました。

「ふむ。

お前たちの溝は、とてつもなく深いものになってしまったようだな。」

チゴネスは長椅子に体を投げ出しました。

目の前のテーブルに両足を乗せ、手を組んであれこれと呟いています。

「いいや、違うか。

お前は兄を思いやるからこそ、そこまでしようというのだろうな。」

「本心を話すのはチゴネス様だけです。

どうか、お聞き入れ願いたい。」


ふと、ラスゼンは笑みを漏らしました。

「チゴネス様と俺の初対面は、大変失礼なものでしたな。」


チゴネスも、思い出したように笑います。

「ふふ、あの時は、なんとも厄介な男が来たものだと呆れたよ。

挙句の果てに説教までされてしまったな、あれは時々夢に出てくる。」


ラスゼンは恐縮するように頭を下げました。

「だが、そんな俺をチゴネス様はこの街に受け入れてくれた。

だからこそ、俺はチゴネス様になら全てを話せる。

ユスデノの他に、ここまで信頼できるのはチゴネス様だけだ。」


普段なら、世辞など受け付けぬチゴネスでしたが、今日だけは素直に嬉しく思
いました。

「まあ、難しい話ではないだろう。

ユスデノがいるこの街で行うというのであれば、裁判所も
二つ返事で許可を出すだろうからな。」

「その際、そしてその後も、チゴネス様には多大な迷惑を
おかけします。」

「案ずるな、ラスゼンよ。

しかと引き受けた、お前の最後の願い。」




一夜が明けました。スロンゼルの処刑は明日の朝です。

リグ・テーテの貴族ヴェクレス家当主チゴネスは、馬車を走らせ、リグ・ウ
トートへ向かいました。

目的はもちろん、ラスゼンの頼みを叶えるためです。

そのためなら、自尊心を捨てて何度でも頭を下げるつもりでいます。

その頃チゴネスの息子サッテリは、街にあるいくつかの広場を見て回っていま
した。

嫌な役回りだとため息をつきながら。

スロンゼル斬首の為の処刑台を設置する場所を探しているのです。

まだ正式決定した訳ではありませんが、決まってから探すよりも、先手を打っ
ておこうという訳です。

これまでにも、父チゴネスからはあれこれ雑用を言いつけられた事があります。

しかし、今回のような仕事は初めてでした。

スロンゼルと面識はありませんが、気分の良いはずがありません。

処刑場所を求めるにあたり、国が定めている、いくつかの条件を満たさなけれ
ばなりません。

まずは見通しが良い事。

盗賊を処刑する場合、仲間が助けに来ないとも限らないのです。

建物や木々の影に隠れ、こっそりと近付かれては厄介です。

特にスロンゼルにおいては、仲間がいると公言しているのです。

かなりの人数が集まるかもしれない、政府の警戒意識は非常に高くなっていま
す。

それならば、テーテよりウトートで行えば良いのではないか、サッテリならず
とも誰もがそう考えます。

第四十九章「スノとスゼ」【1】

今日の裁判の様子をサッテリが伝えると、チゴネスは憮然とした表情になりま
した。

何もできなかった自分に納得がいかないのです。

この知らせは当然ウィレオにももたらされました。

彼女自身も責任を感じ、ひどく落ち込んでいました。

ユスデノを心変わりさせるどころか、ネラまでも傷付ける結果を招いてしまっ
たからです。

親友の姉であるマレアにも顔向けができません。

こんなふがいない自分を見たら、シノンは何と言うだろう、それが心配でした。




いつの間にか、ラスゼンは自分の家の前に立っていました。

中へ入るでもなく、ただ玄関の前に立ち尽くしていたのです。

道行く人も、特殊遊撃隊副隊長の姿に首をかしげています。

夫婦喧嘩でもしたのかと。

たまたま買い物から帰ってきたコフィナが彼を見つけ、慌てて駆け寄りました。

二回ほど彼女に名を呼ばれ、ラスゼンはようやく我に帰りました。

顔色が真っ白のラスゼンを家の中へ押し込み、コフィナは扉に鍵をかけました。

とんでもない事態が起きたのだと、彼女は直感していたのです。

ラスゼンはテーブルを前にして立ち尽くすままでした。

「判決が出たのね?」


コフィナの問いに、ラスゼンは唇を震わせました。

小さな声が途切れ途切れに彼の口から出てくるのですが、ほとんど聞き取れま
せん。

大きな声が彼の代名詞でもあるのに。

覚悟はできていたはず、なのにどうしてここまで打ちひしがれるのか、コフィ
ナは違和感を覚えました。

「どうしたの、何があったの?」


彼女はラスゼンの口元に耳を寄せました。

「ユスデノは…殺すのだ…自分の父親を…」

「!」

「罪など無い。

父さんは罪など犯していない。

金の為に俺たちや母さんを捨てたと、それが事実だったとしても、
母さんが殺されたのは父さんのせいではない。

逆恨みの挙句、裁きを人の手に委ねるなど、断じてあってはならん。

自分の手を汚さず、人に殺させても、結果は同じ。

ユスデノは人殺しだ。」


コフィナはラスゼンを落ち着かせるため椅子に座らせ、温めた牛乳を飲ませま
した。

それでも、しばらくは彼の震えが止まる事はありませんでした。

心底凍えているようです。

それからしばらくして、ラスゼンはようやく詳細を語り始めました。

スロンゼルの斬首が決まった事、その裁判にはユスデノも証人として出席して
いた事。

ラスゼンは断言しました。

全てはユスデノが仕組んだのだ、と。

コフィナは淡々と夫の話を聞いています。

最初の取り調べでスロンゼルが父親だと悟ったユスデノは調書に嘘を書き連
ね、一人の悪党を作り上げました。

彼は“猛き烈火”を討伐したという自分の功績を武器に政府へ働き掛け、盗賊
に厳しい罰を与える裁判官カシリューをリグ・トーとまで呼びよせる事にも成
功しました。

「まさか、そこまで?」

「俺には分かる、ユスデノの事なら何でも…」


一緒に捕えた盗賊二人をすぐに釈放させたのも、スロンゼル一人が諸悪の根源
だと印象づかせるためです。

もちろん、これらはラスゼンの推測も混じっていますが。

結果、判決は禁固十年などという生易しいものではなく、刑罰としては最高
の、死刑となったのです。

さらにコフィナは、ラスゼンの決意を知りました。

チゴネスにある事を頼むつもりなのです。

「父の処刑をこの街で行ってもらうよう裁判所に進言してほしい、
そう話してみるつもりだ。」

「ラスゼン…どうして?」

「テーテでそのような事をするなら、この街の警備を担当する
我が隊も当然参加せねばならん。

隊長ならば、処刑台に最も近い場所にいなければならん。

必ず処刑の光景を目にする事となる。

父親の首が落とされる所を。

せめてそれだけでも、ユスデノの脳裏に焼き付けなくちゃならんと
思ってる。

コフィナ、俺は間違っているか?」

「いいえ。」


コフィナは首を横に振りました。

「あなたは間違っていないわ。

だって、あなたもユスデノ様と同じようにそこにいて、
同じ光景を目にするつもりなのよね。

お兄さんと同じ責め苦を背負うつもりなのよね、
これからのために。

誰が何と言ったって、私はあなたの決断を信じるわ。

大丈夫、私も処刑場へ行って、あなたの傍にいるから。」




ラスゼンは両手で顔を覆いました。

「コフィナ、俺は父親が死ぬ事より、ユスデノの方が心配だ。

そんなの、どうかしてるよな?

でも、いきなり現れた父親ってのにも実感がわかないんだ。

それよりも、ユスデノはこれで本当に満足なのかどうか、
そればかりが頭の中をぐるぐる回ってる。

どうすればいいか分からないから、チゴネス様の所に
真っすぐ行けなかったんだ。」


夫の迷いがコフィナにも伝わります。

「ねえ、お父様は本当に大悪党だと思ってる?

私はね、こう思うの。

罪滅ぼしの為に、そんな事を言ったんじゃないかって。」

「もしそうなら、父さんは馬鹿だぜ。

首を斬られるために嘘をついたようなもんだからな。

今頃、後悔してるんじゃないか。」

第四十八章「底なしの呪縛」【15】

「決まってるだろ、馬鹿野郎。スロンゼルを助け出すんだよ。」

「そんなの無理だってば!
当日までは兵士だってたくさん出てくるはずだよ、出来っこない!」

盗賊の処刑となれば、セッツァのように助けようとする者が現れるのも珍しい
事ではありません。

処刑台の警護は前日から行われ、当日になれば野次馬の整理など、兵士は大勢
必要になるのです。

「元はといえば、全て俺の責任だ。

俺が馬鹿な真似をしなけりゃ、こんな事にはならなかったんだ。」

「ねえ、ロリョートさんからも言っておくれよ、やめろって!」


しばらくの間、目を閉じて腕組みをしたままのロリョートが、次のように言い
ました。

「ヤッヴ、剣は俺の分も用意するんだ。」

「えっ!?

なんだよ、ロリョートさんまでそんな無茶する気なの?!」


ヤッヴは呆れて天井へ顔を向けました。ただ、これにはセッツァも反対の意向
です。

「ロリョート、これは俺の不始末だ。

あんたにまでやらせる訳にはいかねえぜ。」

「甘ったれんな、誰がてめえの尻拭いをするといった?

俺は単にスロンゼルを助けたい、それだけだよ。

目的はたまたま一緒かもしれねえが、動機は全然違うぜ。」

「ロリョート…」

「あのさ、動機とかどうでもいいんだよ、お二人さん。

やる事が馬鹿げてるって言ってるんだよ。」

やや見下したようにヤッヴが吐き捨てました。

「うるせえ、ぐだぐだしゃべってねえで、さっさと剣を
買ってこい。」

「それじゃあ、俺も手伝うよ。」


そう言ったレシモスの眼はきらきらと輝いていました。

「俺は最初から、どうせ何もできないと諦めていたけど、
間違いだって分かったよ。

何もやろうとしないから、何もできないんだよね?

やろうとしなくちゃ、成功なんてあり得ないんだ!」

「レシモス…てめえも成長したなぁ。」


ロリョートは感慨深げです。

「また、おかしな奴が一人増えたよ。」

「ヤッヴ、ここではお前が少数派だ。

おかしなのは、お前だぞ?」

意気上がるレシモスに対し、セッツァはこう言いました。

「その通りだぜ、レシモス。

うじうじしてたって何も始まらねえ。

欲しい物があったら、てめえで動いて奪わなけりゃならねえ。

お前には重要な役割を任せる、スロンゼルの逃走を助けるんだ。

俺たちがあいつを助け出したら、馬に乗せて西へ
一目散に走るんだ。

国境さえ越えちまえば、それ以上は追ってこないはずだからな。」




「ロリョートさんたちはどうするのさ?

まさか逃げないつもりじゃないよね?」

「馬鹿言え、俺たちだって命は惜しいから、逃げるに
決まってんだろ。

だけどスロンゼルが逃げ切れるまでは、敵兵を食い止めておく
必要がある。

それが俺とセッツァの役目だ。」

「分かったよ、ロリョートさん。

スロンゼルさんの事は任せてくれよ。

地の果てまででも逃げてみせるよ。

なあヤッヴ、お前も一緒にやってくれるよな?」

「本当にのん気な奴だよな、お前って。」

「えっ、何か言った?」


ヤッヴは首を横に振りました。

「けど、説得が無理なら、やるしかないよな。

三人より四人でやった方が、成功する確率は上がるかも
しれないからね。」

「“確率”って、なんだよ?」

「独り言だよ。

けど、ロリョートさん、セッツァさん、これだけは言っておくよ。

絶対に無茶だけはしない事、約束だからね?」


セッツァが、くっ、と笑いました。

「へっ、随分と生意気になったもんだな。」

「これ以上マスグさんやマレアに悪い報告をしたくないからさ。」

「スロンゼルさんの救出が上手くいけば、
全部いい報告になるじゃないか。」

分かっているのかいないのか、レシモスはとにかくはしゃいでいます。

「また旦那に大目玉を喰らっちまうな。」

「違えねえ。」


ロリョートとセッツァは宿の馬小屋で痛めつけられた事を思い出し、自分の足
を叩いて大笑いをしています。

まるで最近のわだかまりが全て無くなってしまったかのように。

彼らの笑いが治まるのを待ってから、レシモスが尋ねました。

「それで、いつ決行するんだい?

今夜か、それとも明日?」


答えるのはロリョートです。

「いいや、今夜でも明日でもねえ、明後日だ。」

「その日は処刑日だよ?」

「だから、いいんじゃねえか。

斬首でも首縛りでも、死刑は街中で行うってのが常ってもんだ。

周りは野次馬に囲まれる。

俺たちも潜みやすい。

わざわざ警備の厳重な裁判所へ攻め込む必要なんてねえのさ。」


大勢で徒党を組んでというならともかく、この人数で力押しは無理なのです。

「すごいや、一瞬でそこまで考えちゃうなんて!

これで成功したも同然だね!」

「当り前じゃねえか。

これでも俺は、あの“手負いの熊”の頭領だぜ?」


全てが上手くいくと信じて疑わないレシモスを尻目に、ヤッヴはどこまでも
浮かない表情でした。

彼には分かっていたのです。

ロリョートとセッツァが、この計画に死を覚悟で臨もうとしている事を。

スロンゼルを助けたいというのは本心だし、それは何としても成功させるつ
もりでしょう。

しかし、そのためには何らかの犠牲を払わなくてはならないと思われました。

二人はスロンゼルと追っ手の間に立ちふさがる壁となり、命を投げ出すつも
りでいる、そうヤッヴは予感しているのです。

セッツァは、そんな彼の頭をやや乱暴に撫でてやるのでした。

 ― 第四十八章 完 ―

第四十八章「底なしの呪縛」【14】

「まあ、しかし、なあに、たったの十年ですよ。

無実の私に課せられるのは、どうせその程度でしょ?」
      
「たった十年とは言うが、被告人の年齢から考えると、
随分年寄りに近付くと思われるが?」

スロンゼルは高笑いです。

「構いませんよ。

それから一つ言っておきますが、これは
結末なんかじゃないんですよ。

ましてや、私は夢見る愚か者でもありません。

町の掲示板に張り紙をして、
“スロンゼルの部下になり、リグ・バーグを牛耳ろう!”などと、
今から盗賊を募集しようとしてる、そう思われておいでですか?」

「ぬう…?!」

「これまで大人しいふりはしていたが、その間に部下を集め
各地に配置してあるんです。

例え私が刑務所に送られたとしても、そいつらが
私の為に働いてくれます。

十年後、晴れて自由の身となった頃には、この国が
再び
盗賊の楽園となっていますよ。

いや、そうか、そこまで待たなくとも、部下に
刑務所を襲撃させればいいのですね。」


後になり、スロンゼルは自分がどうしてここまでの大芝居を打てたのか、何度
思い返しても信じられませんでした。

ただ、その時は息子の求めるままに従おうと、それだけを考えていたようです。

その証拠にユスデノはずっと黙っていた、これは彼の思い通りになったからだ
とスロンゼルは考えていました。

彼のこの発言の後、裁判長カシリューは副裁判官たちと共に、長い協議に入り
ました。

その間、被告人席のスロンゼルと証人台のユスデノが目を合わせる事はありま
せんでした。

レグリドムがそわそわし始めました。

待たせるにも程があると感じていたのです。

彼も場合によっては協議が長くなる時がありますが、ここまでではありませ
ん。

傍聴席の人々もざわつき始めました。

別室に入ったレグリドムたちが何を話し合っているのか、あれこれと憶測が飛
び交いました。

サッテリは、ユスデノとスロンゼルを交互に見比べています。

このような親子の姿を、彼は見た事がありません。

レグリドムは膝の上に拳を置き、しかめっ面をしています。

こういった流れになる場合、言えるのは一つだけです。

通常下される判決内容ではない、という事です。

少なくとも十年などではない、彼はそう確信していました。




元々カシリューは盗賊に厳しい裁判官なので、分かってはいるのですが。

そしてついに、カシリューが裁判室に戻ってきたのです。

彼は傍聴席の人々を黙らせました。

それから、えへん、と一度咳払いをしました。

「協議を随分と長引かせてしまった事、お詫びしよう。」


神妙な声で謝罪しました。

「被告人スロンゼルよ、これよりお前に判決を言い渡す。

しっかりと聞きなさい。」


スロンゼルは深々と頭を下げました。

元に戻った、そう感じる人は少なくありませんでした。

「この判決を下すにあたり、我々が思い悩んだのは、
そういった判例が皆無であるという事であった。

すなわち、未だ罪に値する行為を犯していない者に対して、
罰を与えて良いものかどうか。

もちろん、被告人の発言だけを理由にしたのではない。

本来彼の言葉は、単なる世迷い言として片付けてしまう
ところだろう。

被告人の存在が大いなる不安となったのは、やはり
ユスデノ隊長の調書があったからである。

ご存知の通り、彼の率いる特殊遊撃隊は、
あの“猛き烈火”に勝利したのだ。

盗賊団をこの国から排除しようと命を懸ける姿勢には感服する。

彼の意見なら、と私を含め他の裁判官も同意したのだ。」


穿った見方をすれば、いい訳とも思えるカシリューの口上でした。

それは彼が今日一番といえるほどの汗を、額から噴出させていた
様子からも推察できます。

ラスゼンは両膝を地面につき、目と口を大きく開けています。

サッテリも立ち尽くすばかりです。

「どうしてだ、よりによって、どうしてそんな判決を…!」


ヤッヴとレシモスも同じ気持ちでした。

「スロンゼルさん、どうしてそんな嘘をついたんだ?

国を牛耳るだなんて、スロンゼルさんに出来っこないのに!」

「俺たち、マスグさんやマレアになんて言えばいいんだよ?!

任せろなんて大見得切ったのに…」


後日面会ぐらいはできるだろうというサッテリの言葉も、
慰めにはなりませんでした。

自分とて、ウィレオにどう説明するか、悩みは尽きません。

黙り込んでいたラスゼンが声を絞り出しました。

「刑の執行は、いつ?」


その問いに答えるだけでも辛そうなサッテリです。

「これも早急です。

刑の執行は明後日。

場所は未定だが…その、…斬首のようです…」




この知らせをヤッヴから伝え聞かされたロリョートとセッツァも、初めは信じ
ようとしませんでした。

レシモスは扉の傍で固まっています。

ロリョートは笑い飛ばし、セッツァは“下らない冗談はやめろ”と一喝しまし
た。

でも、笑い話でも嘘でもありません。

ついにはレシモスも赤い顔で本当だと真剣に語ると、ロリョートたちも
“なぜ?”と絶句しました。

さらに、刑の執行が明後日だと聞かされると、いよいよここで大人しくしてい
る訳にはいかなくなったようです。

立ち上がったセッツァは次のようにい言いました。

「ヤッヴ、剣を買って、ここへ持ってこい。

目立たないようにするんだぞ。」

「セッツァさん、剣なんて、どうする気だよ?」

第四十八章「底なしの呪縛」【13】

「おい、余計な話をするな。

裁判長、本題へ戻ってください。

時間の無駄ではありませんか。」

止めたのはユスデノです。

スロンゼルの告白を、ここへ来てなぜ止めるのか、レグリドムは疑問に思いま
した。

スロンゼルが泣き出した理由を、ユスデノは悟ったはずです。

目の前の青年が息子である事を、彼は知ってしまったのです。

知らないままでいてくれた方が、ユスデノには都合が良かったでしょう。

少なくとも、判決が下されるその瞬間までは。

ラスゼンが真実をスロンゼルに明かさないだろうという確信を持っていたので
しょう。

ユスデノの仕打ちを知った父親が苦しむだろうから、伝えるはずがないと。

私怨である事をカシリューに知られるのは、判決に大きな影響を与える、ユス
デノはそれを避けたいと考えているに違いない、とも。

しかしその思惑とは裏腹な方向へ進んでいました。

「いいや、非常に興味深い。

スロンゼルよ、言いたい事があるなら続けよ。」

演技とは思えぬ泣き方と過去の話、未来の大盗賊にはおよそ似つかわしくあり
ません。

カシリューは本心から興味を持ったのです。

「大戦の混乱の中、子供二人だけで生きていくのは至難の業です。

恐らくは、二人とも死んでしまったでしょう。

少なくとも、スロンゼルの息子は死んだのです。

もしも、万が一どこかで生き長らえているとしても、
私の息子ではありません。

生まれ変わり、別の人生を歩んでいるはずです。

妻や子供たちは、この世界のどこにも存在しません。」

「それを今の今まで耐え忍んできたのに、
不意に決壊してしまったという訳だな。」

「人は、この世のほとんどの人は、真面目に慎ましく生きている。」

「まこと、その通りよ。」

「それなのに、戦争が起きた。

一部の人間が自分勝手に始めた事。」

「…む?」

「罪のない人間が巻き込まれ、
戦争を始めた連中は高みの見物。」

「何を言っておるか、スロンゼル?」

「人が小さな幸せを守りたいと思っても、馬鹿者共が壊してしまう。

まるで意味が無い。」

「本件に関係ない事は言わなくてよろしい。

聞いておるか、被告人?!」

「だったら、そんな世の中、こっちから壊してしまおう、
そう思った訳ですよ。」

「…むむ?」


法廷が凍りつきました。

スロンゼルの声が変わっていました。

穏やかだったものが、低く暗くなったのです。




「現在、人々に恐れられていた大盗賊団は、
皆敗れていったと聞きます。

私が殺したチーレイも、その頭領が一人。

この国の盗賊は、ばらばらになっています。

権利と自由を奪われ、消滅しかかっているのです。

まとめあげる者が誰一人いない。

では、誰が彼らを束ねれば良いのか?

それは私しかいないでしょう。」

傍聴席からざわめきが起きています。

いよいよ悪党が本性を現したのだと。

あの涙の後で人が変わってしまった、皆がそう思いました。

その時ユスデノは目を見開き、床のどこか一点を見つめ、微動だにしませんで
した。

それはほんの一時でしたが、サッテリは見逃しませんでした。

「権利だの自由だの、そんなもの盗賊には
元々認められてなどおらん。

消滅、大いに結構。

この世に必要のないもの、それが盗賊だ。

しかし被告人よ、これでお前の本音が聞けたわけだな。」


くっ、くっ、くっ、とスロンゼルは愉快げに肩を揺らしています。

「私は金に目が無くてね。

それが私の根っこでしてね。

ただ、いかにも卑しいと思ったので、それは胸の奥に閉じ込め、
まっとうな人間として生きてこようとしていたのですよ。

しかし、ちまちま働いて得られる金など、たかが知れています。

そうなると、自分の稼げる以上の金を鼻先にぶら下げられたら、
理性も何も吹っ飛んでしまって。

家族の事なんかも、どうでもよくなってしまいましたよ。」


そう言って自慢げに笑いました。

ありもしない破滅への道を自ら作り、スロンゼルはその上を歩み始めていま
した。

冷静な者が見れば、それが演技かどうかなど、すぐに判別できるのです。

でも、裁判室にいた者の中では、それはごく一部に限られました。

相対しているカシリューでさえも、スロンゼルの変貌ぶりに飲み込まれてい
るのです。

「悔やんでも後の祭りだったというのだな。

こうなったのは戦争の責任だと逆恨みし、
それを起こした人々を許さぬようだ。

お前はこれから国中の盗賊を率い、世の中を壊し、
莫大な財産を手に入れようと目論んでいる。

だが所詮は絵空事、お前は捕まってしまったのだぞ?

これが現実であり、結末だ。」


するとスロンゼルは、床に唾を吐きました。法廷を侮辱する行為に、カシ
リューは眉をひそめます。

「本当にねぇ、連れの者がへまをやらかしまして。

盗賊だ、なんて名乗ってしまうなんて。

実に馬鹿げてる。」


落胆した表情を見せたのも束の間、彼はまたすぐ不敵な笑みを浮かべました。

第四十八章「底なしの呪縛」【12】

サッテリが優しく背中を押すと、ラスゼンはよろよろとおぼつかない足取りで
廊下の向こうへ消えていきました。

裁判の日程を延期するよう頼んでくれないか、とラスゼンに言われたのは昨日
の事でした。

しかしその後の政府との関係を考えると、サッテリの父チゴネスも動く事が出
来なかったのです。

当のサッテリとて、傍聴席に座っているだけで、何もできません。

「無力なのは、君だけではないよ。

権力を持っているはずのヴェクレス家でさえ、この様なのだもの。」

既に見えなくなっているラスゼンの後ろ姿に、サッテリはそう語りかけるので
した。



真っ白に輝いていた太陽が、やや黄色っぽくなった頃、裁判所の正面玄関から
人がぞろぞろと出てきました。

それは貴族や役人や軍人、いずれもスロンゼルの裁判を傍聴していた人々です。

がやがやと興奮冷めやらぬ様子の者が多く見受けられます。

建物の壁にもたれ眠ってしまっていたヤッヴとレシモスも、騒々しさに目を覚
ましました。

「どうしたんだろ、人が一杯だ。」

「馬鹿、終わったんだよ、裁判が。」


ふとレシモスが指をさしました。彼らからもう少し離れた所に、ラスゼンが
座っています。

何も気付いていないような彼の元へ歩み寄ったヤッヴは、膝を地面に落して声
をかけました。

呆然としていたラスゼンは、ああ、と生返事をして立ち上がりました。

「大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だ。

もうすぐサッテリ様も出てくるだろう。

どんな判決が下ったのか、教えてもらわなくては、な。」


長ければ二十年は会えない、ラスゼンにもその覚悟はできていました。

このもやもやを抱えて、またユスデノとどんな顔をして任務をこなしていけば
よいのか、それも不安に感じていました。

彼らより先に正面入口へ近付いていたレシモスは、嫌な予感に襲われました。

人々が裁判の感想を口にしているのが聞こえたからです。

「いやはや、それにしてもカシリュー様には恐れ入った。

あのお人よしを絵にかいたような男から本性を引きだすとは。」

「本当だな。

しかも将来を見越して、あそこまで厳しくするなんて。」

「何しろ、これから大悪党になるかもしれないという推測だけだのに。

まさか、だよ。」

「それにしても、どうしてあの男は急に泣き出したのだろう?」


そこかしこから、同じような内容の会話が交わされています。

あらかた傍聴人が出払った後、とぼとぼとサッテリが歩いてきました。

近くに立っていたラスゼンの前を一旦通り過ぎ、それから足を止めました。

「サッテリ様、判決は?」


ラスゼンの両隣りには、ヤッヴとレシモスが不安げな表情で答えを待っていま
す。

二人がスロンゼルの仲間だと知り、ますます話しづらくなったようです。

サッテリは斜め下に視線を落したまま、こう言いました。

「信じられません。

どうしてあんな事になってしまったのか。」




大裁判室。

そこにいた人の全てが、スロンゼルの泣きやむのを待つしかありませんでした。

涙と鼻水でぐしょぐしょになった彼の顔を見ても、笑う者は一人もいませんで
した。

彼が泣く理由に気が付いたのは、サッテリとレグリドムだけでした。

他の者には見当もつきません。

サッテリが盗み見ていたのは、ユスデノの様子です。

しかし、またため息をつく結果となるのです。

ユスデノの表情はどこか冷たく、白けたようで、寒々しいものを感じさせまし
た。

いくら憎んでいるとはいえ、父親があれほど泣いているというのに、感情をお
くびにも現さないユスデノこそ悲しい存在だと思わずにはいられないサッテリ
でした。

その一方で、レグリドムは一筋の光明を見ていました。

これで裁判の流れが変わるのではないかと。

全てを悟ったスロンゼルが真相を明かせば、ユスデノの主張通りには進まなく
なるはずです。

カシリューとて、これほど多くの傍聴人の前でごり押しができようはずもな
く、方針転換せざるを得ないと思われました。

ようやくスロンゼルは呼吸を整え、濡れた目を手で拭いました。

「落ち着いたかね、被告人?」

「どうも、取り乱してしまいました。

申し訳ない。」

「ここにいる全ての者の疑問を代表して尋ねよう。

どうして今、お前は泣いたのだ?」

「二十年ほど溜め込んでいたものを吐きだす事が出来たからでしょう。」


殊の他、スロンゼルの表情は憑き物が落ちたかのように晴れ晴れとしていました。

「私は罪深い人間です。

ここにいる誰よりも。

自分の息子に大きな傷を与えてしまいました。

私は正真正銘の、大悪党です。」

「息子だと…いったい、何の話かね?」

それは調書に記されていない事実です。

「私は大戦の折、金に目がくらんで家族を捨てました。

そのせいで妻は殺され、息子たちは行方不明となったのです。」

第四十八章「底なしの呪縛」【11】

「チーレイなら、殺されても良かったと?」

「いいえ、決してそういう訳では…」

「被告は、たとえ相手が盗賊でも殺してはいけない、
そのようなことを申しておるな?」

「ええ、もちろん、その通りです。

ただ、その罪は人としてやってはいけないという事で、
法律で罰せられる事ではないと…」

「ふむ、よかろう。

実際にチーレイ殺害を罪に問う事など出来ん。

横道にそれてしまったな。」


カシリューは意地悪そうに笑いました。




「チーレイだけだと、本当にそうか?!」


続いてスロンゼルに投げかけたユスデノの声は憎しみに揺れていました。

カシリューでさえも驚いたように、彼へと目を向けました。

「貴様によって三人の者が人生を狂わされた。

一人は死に、二人は死んだも同然だ。

それでも殺していないと言えるか?!」

ユスデノが言わんとしている事は、スロンゼルにもすぐに伝わってきました。

でも、それをどうしてユスデノが責め立てているのか、それは分かりません。

「妻と子供の事を言っているのだな?

だが、ここはそれを悔いる場所ではないのではないか?」

「場所が変われば都合よく忘れるのか。

いい加減で情けない奴だ。」


その事までここで糾弾するのかと、レグリドムは腕を組んでユスデノを睨みつ
けました。

たとえこの裁判自体が彼の復讐の場だとしても、それを法廷で口にするのは許
されない、そう憤りを感じたのです。

「待ってくれ。

私の息子二人が死んだも同然だって?

どうしてそんな事が分かるんだ?

あんたは何か知っているのか?

だったら教えてくれ、スノとスゼは…」


ここでスロンゼルの口が止まりました。

口を開けたまま、ユスデノをじっと見つめています。

サッテリが身を乗り出しました。スロンゼルの口から、ぼそぼそと聞き取れぬ
声が漏れたからです。

ユスデノは、すっと視線を外しました。

その時です、傍聴人席と廊下を結ぶ扉が勢いよく開け放たれ、ラスゼンが入っ
てきました。

ユスデノが裁判所に入ったと聞かされ、後先考えずに飛び込んできたのです。

彼は証人台に立つユスデノを見つけました。

「ユスデノ、何をやってる?!

そこまでして追い詰めたいのか?!」


ラスゼンの大声が響きました。

室内にいる警備兵が彼の前へ集まり、廊下から追っかけてきた兵士も彼の背後
へ駆けつけました。

するとユスデノは彼にこう言いました。




「ラスゼン、お前こそ何しに来た?

お前がここへ入る資格は無い。

さっさと出て行け。」


七、八名の兵士がラスゼンを外へ連れ出そうとしますが、彼は必死に踏ん張り
ます。

「許されるのか、こんな事が!

俺たちはこんな事の為に生まれ変わろうとしたのか!

ユスデノ!!」


兵士たちに引っ張られ押し込まれ、ラスゼンは徐々に廊下へ体が出てしまいそ
うになります。

「ええい、放せ!

話をさせろ、ユスデノ!」


しがみつく兵士を振り払おうともがく中、ラスゼンはこちらを見つめるスロン
ゼルの姿に気がつきました。

途端、ラスゼンの体から力が抜けてしまいます。

スロンゼルの顔がくしゃくしゃに歪んでいたからです。

彼は一気に廊下へ連れ出されてしまいました。

気付かれてしまった、ラスゼンはそう思いました。

裁判室の扉は閉められ、再び静寂が戻りました。

その静けさを破ったのはスロンゼルです。

彼は泣き始めました。人目もはばからず、嗚咽を漏らしたのです。

しばらく待っても泣きやむどころか、次第に彼の声は大きくなり、皆を戸惑わ
せる羽目となりました。

その様子を尻目にサッテリは傍聴席を抜け出し、廊下へ出てきました。

ラスゼンは廊下の床に座り込んでいます。

取り囲む兵士もうんざりした様子です。

スロンゼルの鳴き声はここまで響いており、ラスゼンはうなだれたまま聞いて
いました。

「私はリグ・テーテのチゴネス・ヴェクレスの二男サッテリです。

彼は特殊遊撃隊の副隊長ラスゼンで、私の友人です。

決して怪しい者ではありません。

此度の彼の行動は法廷を侮辱するあるまじき行為ですが、法を
守ろうとした事が裏目に出てしまったのです。

悪意はありません、許してやってください。」


サッテリはラスゼンを取り巻く兵士たちに頭を下げ、事なきを得ました。

「無茶をしたね?」

彼はラスゼンの肩を叩き、立たせました。

「分かっちまったみたいなんだ、全部。」

「そうだね。」

「こんな事なら、もっと早く俺の口から知らせてやるべきだった。

俺は無力なだけじゃなく、やるべき事さえ見失ってた。」

「あまり自分を責めないように。

あなたが懸命にお父上を救おうとする姿は、
ちゃんと見ていましたから。

とにかく、外で待ってて下さい。

裁判の内容については、後で私が話してあげますから。」

第四十八章「底なしの呪縛」【10】

「しょうがないさ。

ありのままを伝えるしかないんだ。」

「俺たち、結局何もできなかったよな。

ロリョートさんたちに食い物を持っていくぐらいで。」

「よくよく考えてみれば、俺たちに何ができるっていうんだ?

ただのガキだぜ。」

「挫折だね。」

「そんなの、今までだってあったろ。

それに、これからだって山ほどあるぜ、きっと。」


そんな彼らの耳に馬の蹄の音が聞こえてきました。

振り返ると、彼らは焦るように立ち上がりました。

ラスゼンが来たのです。

彼は立ち尽くすヤッヴたちに気付くと、優しく声をかけました。

「スロンゼルの事が心配か?」

「あ、うん、いや、はい。

そりゃあ、そうだよ。

スロンゼルさんはいつも俺たちに美味い料理を
作ってくれてたんだ。

なくてはならない仲間だったんだ。」

「どうしてこうなっちゃったのか分からないけど、とにかく
スロンゼルさんに最後まで付き合うよ。」

「スロンゼルは幸せ者だな。

お前たちのような仲間だいるのだから。」


それに引き換え、と喉まで出かかりましたが、ラスゼンは飲み込みました。

「ラスゼンさんもいい人だよ。

盗賊の為にここまで来てくれるなんて。」

レシモスの無邪気な発言が胸に刺さります。

真相を彼らに伝えられない自分が歯がゆいのです。

それに、ユスデノがリグ・テーテにいない事もラスゼンには気がかりでした。

彼もここへ来ているかと思ったのですが、違うようだと辺りを見渡していまし
た。

「そう言えば、ユスデノさんも来てくれたんだっけ。」

「何?」

「そうそう、怖い顔してたよな?

俺たちにも気づかなかったみたいだし。」

「それで、ユスデノはどこへ行ったんだ?」


そう尋ねるラスゼンの顔は、とても険しいものになっていました。

ですから、ヤッヴとレシモスは何かいけない事を口にしてしまったのかと恐縮
しました。

そして言葉を発する事も出来ず、指だけでユスデノの行き先を示したのです。

それは、裁判所でした。

「中へ…?

馬鹿な…!」




特殊遊撃隊が“猛き烈火”を倒した事は首都にまで知られている程で、この地
域の役人や軍人なら、さらに多くの者が知っているはずです。

それほど大きな功績なのです。

その隊長であるユスデノが証人として出廷してきたので、人々はますます注目
しました。

「スロンゼルは大変危険な男です。」


これがユスデノの第一声でした。

一拍おいて、彼は続けました。

「先ほど、カシリュー様が読まれた調書の通り、スロンゼルは
奸計を巡らしてチーレイを捕え、これを殺しました。

彼は決して苦しめられている人々の為とか、正義の鉄槌を
振りかざした訳ではありません。

あくまでも個人的な利益の為、そのためなら、あのチーレイで
さえも仕留めてしまえるほどの能力を携えた人物なのです。」


まるで、別人の声でした。

取調室で、息子たちの事を聞いてくれたユスデノ隊長とは別人だ、スロンゼル
にはそう思えて仕方がありません。

騙されたのか、何か考えがあっての事か、騙されたのか、騙されたのか…ぐる
ぐると黒い渦に巻き込まれていくようでした。

「この風貌には、私ですら善人と信じ込んでしまう所でした。

スロンゼルの中に巣食うのは、得体の知れぬ化け物です。

そのかぎ爪は、女子供をも容赦なく引き裂いてしまうでしょう。

私にはそれが手に取るように分かるのです。

スロンゼル率いる大盗賊団が、リグ・バーグを蝕んでいく様が。

こ奴を野放しにしておく事は、せっかく終わりかけている盗賊の
時代を、再び呼び起す危険を見逃してしまうのと同じ事です。」


証人と言いつつ、これが全て推測であるのは、傍聴席の人々にも分かっていま
す。

ただ、国家の敵とも言うべき“猛き烈火”を討伐した男の言葉なら、と疑いを
持つ者はほとんどいなかったのです。

真実を知るサッテリやレグリドムを除いては。

裁判官カシリューはスロンゼルに問いかけました。

「どうかな、被告人よ?

ユスデノ隊長の証言は、お前の本性をずばり言い当てておるのでは
ないかな?

先ほどは否定したようだが、それは忘れよう。

そして今一度、自分の口から告白する機会を与える。

被告は、リグ・バーグを揺るがす悪党になり得るか否かを。」

裁判室内の空気をスロンゼルも感じ取りました。

このままでは国家に反逆する大悪党に仕立て上げられてしまうと。

しかし、なぜ自分なのか、とも。

「ユスデノ隊長があんな事を言うなんて、信じられません。

でも、私の答えは変わりません。

真っ赤な嘘です。

確かに私は盗賊団に身を置いていたが、務めはただの料理人だ。

来る日も来る日も腹をすかせた仲間たちに飯を作っていた。

本当にそれだけなんです。人を殺したのもチーレイだけなんです。」

第四十八章「底なしの呪縛」【9】

「被告は、かの盗賊団“猛き烈火”の頭領チーレイを
その手で仕留めた猛者である。」


再び傍聴席がどよめきました。

チーレイの姿を知る者はほとんどいません。

襲われれば皆殺しになってしまうからです。

少なくとも、そう信じられてきました。

ですから、人々の噂の中で生き、恐怖を与え続けてきた“猛き烈火”の頭領が
死んだだけでも驚きなのです。

しかも、そのチーレイを倒した人物が被告人席にいる、人々は大いに興味を駆
られました。

一体何者だろうかと。

カシリューを見に来ただけの野次馬的な者も数多くいましたが、今やその眼は
スロンゼルにも向けられていました。

彼の風貌に殺気など感じられないと思いつつも。

ならばいったいどうやって、チーレイの息の根を止めたのか。

この段階においては、スロンゼル自身にというよりは、やはりそちらの話を聞
きたいというのが本心でしょう。




彼らの期待の応えようとしたのか、カシリューは書類を片手に語り始めました。

ユスデノが作成した調書です。

「チーレイという女盗賊は、同性を嫌う性分であった。

特に、若い女性に対して異常なまでの憎しみを抱いていた。

手下を男ばかりにしていたのも、無関係ではない。

スロンゼルは、それを利用したのである。

まず彼は小さな村を襲い、名も知らぬ若い娘を拉致した。

元々は自らの慰み者としてさらったのだが、チーレイが近くに
いる事を知るや、娘を囮にしておびき寄せようと企んだのだ。

チーレイはまんまとスロンゼルの計略にはまり、
捕えられてしまった。

そして、見せしめであるかの如く、チーレイの首をはね、
野にさらしたのだ。

これが武勇伝と呼ぶにふさわしいであろうか?」

「なんと…」

「恐ろしい…」


傍聴席の役人らしき塊から、怯えたようなざわめきが聞こえました。

「そんな馬鹿な、違います。

確かに私はチーレイを殺した。

だが、村を襲ったり、見知らぬ娘をさらうなど、
まるででたらめです。

一体どこの誰が、そんな作り話を?!」


さすがにスロンゼルも黙ってはいられません。

のしかかってくるカシリューの圧力にもめげず、彼は反論しました。

「いきなり襲ってきたのはチーレイの方なんです。

私の仲間は抵抗し、何とか返り討ちにしました。

そんな中、ふとしたはずみで私はチーレイを気絶させた。

だから、捕まえる事が出来たんです。」


カシリューはしかめっ面のまま、鼻で笑いました。

「天下に名高い盗賊団の頭領が、ふとしたはずみごときで
捕まるはずもない。

それに、これは被告人が口にした話ではないか。

私は調書を読み上げただけだぞ?」

「そんなもの、誰かが捻じ曲げた嘘の調書です。

特殊遊撃隊のユスデノ隊長に聞いてください、
彼なら全てを知っているはずですから!」


激しい剣幕のスロンゼルを、カシリューはじっと見つめました。

傍聴席の人々は、固唾を飲んで見守っています。

サッテリも口の中がからからでした。

カシリューの読み上げた調書の内容がそのまま通ってしまったら、なるほどス
ロンゼルは非道な悪人という事になってしまいます。

そしてカシリューは次のように言いました。

「ふむ、よかろう。

少々早いが、この調書を作った者を証人として呼んである。

被告人の言う、全てを知る者であるぞ。

証人を、これへ。」


カシリューが座る左側に別の扉があり、そこから一人の男が入ってきました。

それがユスデノであるのは言うまでもなく、スロンゼルは目を見開き、サッテ
リは“そこまでするか”と呟き、レグリドムはため息をつきながら首を左右に
振りました。

「被告人、お主の望み通りだ。

特殊遊撃隊が隊長ユスデノ殿から真実を聞くがよい。」


自体を飲み込めるはずもないスロンゼルは、証人台に立つユスデノを凝視しま
した。

二人の間にだけ、先ほどまでとは違う緊張感が流れていました。




裁判所の玄関前には、ヤッヴとレシモスが地べたに座り、判決が出るのを待っ
ていました。

もはや楽観できないのは、この少年たちでさえ分かっています。ど

うしてなのかは、結局知らされぬままでした。

スロンゼルの処分が決まったら、それを持ってロリョートたちと共にマレアの
後を追う予定です。

だから、スロンゼルとはもうすぐ、本当にお別れなのです。

小枝で地面に落書きをしながら、レシモスがぽつりとつぶやきました。

「マレアに何て言えばいいんだろう?

任せておけ、なんて調子いい事言っておいて。」

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