第二十九章「ムイラン先生」【14】
日が沈み、ネーリタム市は月明かりもない真っ暗な夜を迎えました。
ヒダラムの喪に服しているため、夜でなくとも街は暗いのですが。通りを歩く人の姿もめったに見かけることはありません。
ですがムイランたちは、そんな街の一番寂しい場所へ来ていました。
「おいおい、ずい分と薄気味悪いところへ来ちまったが、ここが目的の場所だっていうのか?」
「その通り、さすがに察しがいいね。
君たちには、まずここで一働きしてもらうよ。」
傭兵たちが見上げる門の上部には看板が掲げられており、“ノダゼコ墓地”と刻まれています。
門扉は木製で、大人の胸辺りまでの高さがあります。
鍵は掛けられておらず、彼らは扉を開けてどんどん奥へと進んでいきました。
夜の墓地は人っ子一人いないどころか、物音さえ聞こえません。
馬車の車輪が回る音が、やけにうるさく感じられます。
ずらりと並ぶ墓は暗闇に白く浮き上がり、ますます不気味さを演出していました。
すると突然、ロンビが馬車を止めたのです。
「旦那、いけませんや。
ここから先は昼間しか入れませんよ。」
馬車の行く手を遮っているのは、黒い鉄製の柵でできた塀と門です。
ノダゼコ墓地の中に、さらに仕切られた場所へとやって来たのです。
今度の門扉には頑丈そうな鍵が掛けられ、人の侵入を拒んでいるようです。
ムイランの方へ振り返り、ロンビは続けました。
「わかりますでしょう、旦那。
ここはバイバール家の墓所なんですよ。
こんな時間にのこのこ入れるわけがないんです。
どうしても入りたいっていうんなら、朝になって開門するまで待つしかありませんね。」
するとムイランは馬車を下りて、次のように言いました。
「わかっていないな、ロンビは。
だったら、何のためにこんな時間にここへ来たと思うんだい?
入ってはいけない時間だからこそ、仕事がよりしやすくなるってもんじゃないか。」
ロンビは、目の前の客がまるで別人になってしまったような感覚を覚えました。
続いてキスパルが馬から飛び降ります。
「要は墓荒らしか。
医者のくせに大胆なことを企むもんだな。」
ただ、彼に反対の意志はなく、その証拠にキスパルの部下たちも次々と馬を下りていました。
老人のタムと女性のメルマが門扉の前へ向かい、何やら相談しています。
「キスパル、これなら開けられる。
壊さずに済みそうだぞ。」
「よし、とにかく急げよ。
ムイラン、どの墓を狙うのかは決まってるんだろうな?」
「ああ、場所も知っているし、問題ない。
棺を埋めたのもごく最近のことだから、掘り出しやすいはずだ。」
いよいよ人の墓を暴くことが決定的となり、ロンビは恐ろしさに固まるばかりです。
鍵穴に細い金具を差し込んでいるのはメルマで、松明で彼女の手元を照らしながらぶつぶつと指示しているのがタムです。
「違うぞ、そこじゃない。
もう少し上だ、そこに引っ掛かりがあるだろう。
そうそう…」
「わかってるよ、そこまで細かく言わなくても。」
二人の言い合いはひどくなるばかりでしたが、割とすぐに門の鍵は解かれました。
すると、いつの間にかこの場を離れていたヌージとフカリが静かに戻ってきました。
「見回りの者は誰もいないみたいだぜ。
大事なお墓のくせに、これじゃあ盗みに入ってくれと言ってるようなもんだよな。」
「こっちもだ。
この辺りにいるのは俺たちだけらしい。」
「けっこうなことだ。
メルマ、ご苦労。
お前とじいさんはここで見張りだ。」
蝶番が錆び付いているのか、思った以上に扉は重く、開いていくたびに嫌な音がします。
ムイランは再び馬車に乗り込みましたが、御者のロンビはがたがたと震えています。
「わ、私もあの中へ行かなくちゃならないのですか?」
「君は馬車を動かしてくれればそれでいい。
穴掘りはキスパルたちに任せるから。」
「いえいえ、穴掘りが嫌だとか、そんな問題ではなくて…」
「ロンビさんよぉ、ここまできたら腹を括りな。
墓荒らしをやりたくないって気持ちはわかるが、あんたをここで待たせる事も、ましてや帰らせる事も認められんぞ。
なあに、悪いようにはしないから、あんたは黙って自分の仕事をするんだ。」
キスパルの口調は高圧的でも脅している風でもないのですが、逆らうと恐ろしい結果を招くような印象を与えます。
自然、ロンビは手綱を握り、ムイランの乗る馬車をバイバール家の墓所奥まで進めることになるのでした。


最近のコメント